第55話 055 少年の夢



 あれから5日後、俺達はライナスの酒場で打ち上げを行うことになった。



 場所はヘスティア隊がよく使う酒場で、俺達が入るとガイゼル隊と、ヘスティア隊の大半が既に席に着き飲んでいた。


「来たか」


 ギルがガイゼルに二言三言挨拶し、俺達は着席する。

 ガイゼルの隣にはテミスと、その先にはパンも居る。


「あとは二人だけですね」


「二人は遅れるので先に飲んでて良いそうだ、ギル隊も構わず飲んでくれ」


 今日の"主役"の二人はまだ着いておらず、俺達は世間話や今回の任務内容で談笑する。


「先日はすまない、本当に助かった」


「いやいや、もういいですよ」


 俺とパンのやり取りを聞き、しかめっ面をするガイゼルは未だ勝手な行動を取ったパンを心から許してはいないようだ。あれから俺とガイが結果として危機を救った彼への感謝を述べて擁護し、ガイゼルは一応はその行動を不問にすることとなった。


「…今回限りだぞ」


「はい、本当にすみませんでした」


 屈託の無い笑顔で臆面無く謝るパンはあまり反省しているようには見えないのだが、それは結局上辺での判断でしかなく、まだ交流の浅い俺達にはその実際の心根の判断は出来ない。これで心底反省している可能性もあるし、逆に憤慨している可能性さえある。

 人はそのうちの感情や思考を隠し、表向きを取り繕える。

 もちろんそうした事が苦手な、不器用な者も多いのだが、大半は社会や人間関係を維持すべく内面を薄皮に包み生活するものだ。

 一見冷静なガイがその実、激情家である事を俺は知ってるし、若いリナや柔和なレノスがその芯に強い物を持っている事も知っている。


「ようっ!みな元気かっ!?」


 勢いよく入り口の扉を開け、入って来たのはジェストだった。


「…文字が読めなかったのか?今日は任務上がりの貸し切りだ」


「そう言うな、俺ァの"親友"だぜ?おまけに元ギル隊ときたもんだ。ここに居る資格は十分だろう、なあ?ザック!」


 ジェストはガイゼルの問いかけに答えながら俺の肩を抱き、当然のように席に座る。顔の広いジェストはガイゼルとも馴染みであるらしい。


「やれやれだな。…まったく、お前のおかげで今日の主役が入りあぐねてるだろう」


 ガイゼルがそう言って目を向けた先には、ヘスティアとサーンが立っていた。


「はっはっ、主役より目立つ親友は居ないんじゃないかな?」


「遅れて済まない」


 サーンは蘇生に成功した。

 そして今日、ヘスティアはサーンと共に冒険者を引退するのだ。


「よし、じゃあ乾杯だ」


 今日の打ち上げは二人の送別会を兼ねている。

 任務の成功と、二人の前途を祝しての乾杯だ。


 俺は正面に座ったサーンに声をかける。


「済まなかったな、サーン。俺がもっと早くヤツに気付いていれば、きっと死ぬことはなかった」


「良いさ、ザック。俺は今生きている。それに、もし一度死ななかったらこうして夢を叶える事は出来なかっただろう。俺は遂に愛するヘスティアと…」


「や、やめてくれサーン…」


 ヘスティアが顔を赤らめサーンの口を止める。

 ライナスで名の通った冒険者"巨山のヘスティア"は、その名声と裏腹に内心冒険者を続ける事に迷う事も多かったそうだ。去就を決めたのは己を慕う幼馴染の死だった。そして今日ヘスティアは、恐らく多くの者が知らなかったであろうその内を見せている。


「うう、う"ぅうぅ…姐さん…おめ"でどう"ぅ」


 少し飲み過ぎたのか、セイナが机に伏し号泣している。

 理知的に見えた彼女もまた、その内を隠して生きているのだろう。

 ヘスティアがセイナの肩を抱いて慰めている。

 すこぶる上機嫌なサーンとジェストは親友同士で話が盛り上がってるようだ。


「なんか良いね、夢を叶えるって」


 カルがそんな様子を見て呟く。


「夢か」


 俺が昔見た夢は、ザラタン打倒へと変わった。

 そしてカルは打ち明ける。


「俺も夢があるんだ」


 カルの夢。リナ達と比べまだ付き合いが浅い彼のうちを、俺はまだ知らない。


「どんな夢なんだ?」


「ガゼルに憧れてるんだ。盗賊王になりたい」


 小鬼こおにのガゼル。聖王ファシウスを助け、ライナス冒険者協会の前身となった盗賊ギルドの設立者。大戦後黒海北東で建国した、八英雄の1人だ。


「俺、子供の頃は結構荒んだ生活してたんだ。どうしようもない生活だった。それを、師匠とジェストのアニキが助けてくれた。俺に夢を示してくれたんだ」


 そう言ってカルはジェストを見つめる。


「盗賊王か。大変だぞ?」


「大丈夫、このパーティなら叶えられると思う」


 迷宮踏破のパーティならば、盗賊王の箔としては十分だろう。


「そうか、叶えれらるといいな」


「ああ、絶対叶えて見せるよ!」



 そう言ってカルは、まだ少年のあどけなさが残る表情かおで笑った。




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