第54話 054 追憶2


 日曜日の少年達はいつもより少しだけ長く、共に過ごせる。



「生意気なんだよ、お前らっ!」


 この界隈の、所謂ガキ大将であるそばかすの少年が数人のともを連れ、やはり同じ歳頃の3人の少年に詰め寄る。

 3人は特に目立つわけでもなく、路地裏で遊んでいただけである。

 何時だったか、どういう経緯であったか皆忘れてしまったが、彼らは互い敵対する事となり月に一度はこうして難癖を付けてくるのだ。


「僕達は貴方達に干渉しません、放っておいて頂けると助かります」


 銀髪の少年は決して煽る気は無く、真面目に言っているのであるが、その生真面目な物言いが慇懃無礼に取られ、結果、常にそばかす達を挑発する事となる。


「そういうとこなんだよっ!」


 そばかすが銀髪の少年を押すと同時に、黒髪の少年が押し返す。


「ギルが何したってんだ!」


 覆面の少年はギルの従者ではあるのだが、決して、無暗に手を出さぬよう厳命されている。

 そしてそばかすと、その共と、ギルと黒髪が入り乱れ乱闘となる。

 いつもと何もたがわず予想された成り行きであり、数で負けるギルと黒髪が敗勢となるのもいつも通りであった。


「そろそろ」


 覆面の少年が相手の1人を軽く投げ飛ばした。


「ちくしょうっ、卑怯なんだよお前らっ!」


 そばかす達はやはり、いつも通りの捨て台詞を吐き撤退を始める。

 真正面から正々堂々瞬時に捻じ伏せる力量を卑怯と称するは些か不条理ではあるのだが、本格的な武芸を習得する覆面の少年のその強さは、一般的な少年達と比すれば、やはり卑怯と言えるやもしれない。


「くそっ、どっちが卑怯だ!」


 黒髪の少年の顔はボロボロである。


「すまない、ガイ」


 銀髪の少年も負けじとボロボロだ。


 覆面の少年は決して助けられる事が当然と思わぬ主と、同じく決して自分に頼る気はない黒髪の少年に心から敬意を抱いていた。


『心から通じ合える友との思い出を作れるのは今だけなのだ』


 それが市井の、黒髪の少年との交際を許したギルの父、ライナス公の言葉であった。


 西風なびく港町の路地裏の、その片隅の資材置き場で暮れゆく夕日を眺める。


 覆面の少年の卑怯とも称されるその助けは別として、ほぼ一方的にやられる今日の日もいずれ良い思い出になるのかもしれないし、そばかす達にとっても、やはりそれは同じであるのかもしれない。



「歴史学を修める。それが僕の夢なんだ」



 唐突にギルが呟く。


「そう遠くへは行けないと思うけど。マイス島の遺跡迷宮。いや、あれは考古学の分野かな?行けるのであれば、行ってその目で見てみたいな」


 少年の未来の道筋は既に決まっている。それはその夢を両立するには少々困難なものであった。


「夢かぁ、俺には…無いなあ」


 黒髪の少年が波間を眺めながら呟く。

 彼にとっては親の家業を継ぐのが普通であるし、それを疑うこともなかった。何よりそれは父を尊敬する彼の希望でもあったかもしれない。


「ガイ、お前は?」


「私の夢は既に叶ってます、仕え甲斐のある主に仕える事ですので」


 黒髪の少年の問いに間髪入れず返す言葉の一切の淀みの無さに、ギルが顔を赤らめる。


「ははっ、そうか!」 


 黒髪の少年は座る材木から飛び降り、一度伸びをし、そして振り返り二人に打ち明ける。


「じゃあ俺は冒険者を目指すかな。いや、やっぱ難しいかな?」


「冒険者?やっぱグレインか?」


「ああ、そうだな。上級冒険者になれば、親衛隊の採用制度があるだろ?それで、俺もガイのようにギルを守るグレインみたいな…そんな騎士になれるのなら、いいな」


「グレインは戦士だろう?」


「まあ、そうなんだけどさ!…でも、きっと難しいだろうな、上級冒険者になれるのは…」


 少年は言い淀み、緋色の空を見つめる。


「ここで、何がなんでもやってやる!絶対なる!って、言えるヤツなんだ、きっと。夢を叶える人ってのは、多分そういうもんなんだ」



 秋の夕日は全てを緋に染め、既に黒髪の少年の、彼らの表情は見えなかった。



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