第37話 037 黒色のルガール2


 俺達は小鬼ゴブリン達の居た広場を抜け通路を行く。

 ここからもう一つ小さな広場を挟み、地下1階の階段までほぼ通路のみだ。


 『広場・敵無し』


 カルが手話で示す。

 幸運だ。階段近くの通路で会敵する可能性は低い。1階までははさみ撃ちになる可能性が著しく減った。しかし。


 最後尾の俺が広場に入った瞬間、奴が駆けて来る。

 予想はしていた。広がった、俺一人で防ぎきれない所でリナを狙ってるのだ。


「ザックさん下がって!」


 広場にレノスの声が響き渡る。一瞬躊躇ちゅうちょしたが信じて、身を引く。


「【大炎】!」


 既にリナが呪文を詠唱していたのだ。タイミング的に広場に入った直後だろう。

 奴が広場に入った瞬間、リナの魔力の炎が再び直撃した。


「あああクソがああぁ」


 黒い狼人は素早く闇に身を引く。


「よし!」


 思わず叫ぶ。


 階段までは一直線の通路のみだ。これで1階までは逃げきれるだろう。

 前方からカル、ギル、リナ、レノスとガイの順で、俺が殿につき再び通路を進み始める。



 半分ほど進んだ所で、俺は唐突に、何かを見落としてる気がした。



教書訓練所きょうかしょガッコー通りにいかねえのが現実ってもんだし、それに備えるのが冒険者ってもんさ』


 ふいに、今は亡きゼスの言葉を思い出す。


 俺は今、油断している。

 奴がリナの初撃を喰らい後退し、再び襲うまで10分弱。二撃目を喰らった広場から階段まで5分強で着く。

 だから俺は階段まで奴は襲ってこないと考えた。奴が怪我を押して襲いかかる可能性を考えていなかった。想定外のことに、備えるべきなのだ。


 奴が今、この通路で襲い掛かるとすれば。


 チャチャチャッと、奴が走る音がした。しかし、遠い。足音を殺さず、遠目から駆けて来る。


「来るぞ!」


 俺は叫ぶと同時に、奴の次の手の、その発想に至る。しかし。


 予想をたがえれば、窮地に陥る。だが迷う暇などない。


 奴の駆け足がジャッ、という音と共に途切れた瞬間、俺は上へと跳躍した。

 闇の先から現れたその影も通路上方から現れ、空中で派手な音を立て俺と激突する。


「ぐあぉっ」


 その衝撃は予想以上に強く、俺と奴は互いに吹っ飛び倒れる。こいつは獣人のその高い運動能力で助走をつけて跳躍し、空中から直接リナを狙ってきたのだ!


 激突を想定してなかった奴のダメージは意外に大きいようで、奴はふらつきつつも落とした曲刀を拾いざまに、三度闇の先に消えた。

 そして俺達はようやく1階への階段に辿たどりつき、昇り始める。


 迷宮の魔物達にも領域テリトリーがあり、基本的に階を超えて追ってくるような者は居ない。だが奴がそんな定石セオリーに従うとは到底思えない。


「追ってくるだろうな」


 階段を登りながら俺はそう呟く。

 ここは螺旋らせん状になっており奴の姿は灯があっても視認出来ない。

 階段からエントランスまでは約150エール。

 1階の魔物はもはや敵ではないが、既にガイは動けない。後衛は無傷だがギルも負傷している。まともに動ける前衛は俺だけだ。依然いぜんとして危機的状況は続く。


 階段を登りきる頃に、奴の足音が聞こえてきた。早足だ。

 階段の下から襲うのは不利であるので耳を疑う。奴の考えが全く掴めない。


「来る!急げ!」


 俺以外の皆が1階に登り切るその時、奴が階段下から姿を現す。

 刃を受けようと剣を揮った瞬間、奴は大きく身をかがめて避け、そのまま跳躍して側壁を蹴った。更に跳躍し、俺の背丈より上へ跳ね上がる。飛び越えるのは無理だが、そのトリッキーな動きに俺の反応は完全に遅れてしまった。


 奴の空中より振り下ろされる曲刀は正確に俺の首に狙いを定めている。


 ───死んだ。


 避けられない。


 俺は決して避けようのない、己の死を確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る