第11話 スタートライン


 アンジュリーンは、シュレイノリアに投げられた事が気に入らなかった。


 その事から、今度は、自分が投げようと必死に技を掛けていた。


 見た目は、アンジュリーンもシュレイノリアも同じような10代半ばに見えるが、アンジュリーンは、エルフ属と言うこともあって、年齢的には、40歳を過ぎている。


 そして、数十年の冒険者として、弓を使っていたこともあって、体つきは、アンジュリーンの方が逞しく見える。


 そんな体格の違いがあるのに、シュレイノリアには投げれたのにアンジュリーンには出来ていない。


 どちらも格闘技は初めてなのだが、冒険者としてのキャリアがあるのに、筋力を必要としない魔法職のシュレイノリアに先を越されてしまった事が、アンジュリーンには許せなかった。


 しかし、それは暫くしてアンジュリーンの体力が尽きるところで終わった。


「ご、ごめん、ハァハァ、……、シュレ。ハァハァ、……。ちょっと、ハァ……、休 憩、……、させて」


 アンジュリーンは、シュレイノリア達とは違い、格闘技のコツを掴めていなかった事と、魔法職であるシュレイノリアに続けて投げられてしまったため、カッとなっていたこともあり、相手を崩すことも、重心を相手より低くすることもなく投げようとしていた。


 一方、シュレイノリアは、腹に力を入れる事によって、下半身が踏ん張れるようにしつつ、受ける瞬間に体重をわずかに後ろにかけていた。


 投げる側が体が伸び切った状態だったので、受ける体勢になっていた相手には、全く歯が立たなかった。


 そんな事に気が付かず、感情のまま力任せに技を掛けていたアンジュリーンは、流石に体力が持たなかった。


 シュレイノリアは、アンジュリーンの様子を確認すると、ジューネスティーンの方に向かって歩いて行ってしまった。


 そして、近くに居たレィオーンパードの後ろに隠れるようにしていたカミュルイアン達を見た。


「おい、カミュー。アンジュを見てやれ!」


「……」


 カミュルイアンは、返事をしようとしなかったので、仕方なさそうな表情でレィオーンパードを見た。


「レオン。すまないが、カミューと一緒にアンジュを見ておいてくれ! 限界まで技をかけて、疲れているだけだ。要求されたら水でも飲ませてやってくれ」


 カミュルイアンが動こうとしてなかったので、レィオーンパードに仕事が回ってきたのだ。


 レィオーンパードは、少し嫌そうな表情をしたが、仕方なさそうにアンジュリーンの方に行くと、その後ろをカミュルイアンがついていった。


 その様子を見送ると、シュレイノリアは、ジューネスティーンを見た。


「おい、教官に叩きつけられて伸びてしまったジュネス!」


 その棘のある言い方を聞いて、ムッとした表情をするが、反論する様子は無かった。


 ただ、アリアリーシャは、少しビビったようだ。


 この言葉をキッカケに、2人が大喧嘩になるのではないかと思い、2人の表情を確認していた。


「今の私の投げと、アンジュの投げられなかった事について、考えはまとまったか?」


 ジューネスティーンは、最初の伸びたという言葉にムッとしたが、次の質問には、少し自信が無いという表情をした。


「ああ、うん。まぁ、ね」


 それを聞いて、シュレイノリアは勝ち誇ったような表情をした。


「あれは、最初に相手を前のめりになるように重心を移動させる。それは、初動の動きで自分の腕で引っ張る事から始まる。そして、後は、腰の位置を相手の腰の位置より低くするように膝を曲げて入る。その時、相手の足と足の間に入ると丁度いいだろう」


 シュレイノリアは、機嫌が良さそうに説明をした。


 最初の方は、自分でも気がつき、そして、アリアリーシャから仕入れた内容も含まれていた。


 ジューネスティーンは、納得するような表情をするのだが、その様子をシュレイノリアは覗き込むように見ていた。


「おい、ジュネス。今の説明だけで、分かったつもりになっているんじゃ無いだろうな!」


 ジューネスティーンは、ドキッとしたようだ。


「ふん、あれは、技を覚えるための練習にはいい。正確な型の手順通りに体を動かすから基本を覚えるのに最適だ。だが、実戦ではどうなる。相手は、腹に力を入れるだけで技を受けてくれるか?」


 シュレイノリアの言葉に、ジューネスティーンは、ハッとした。


 今までは、基本動作について技についての考え方が理解できたに過ぎないのだ。


 実際に格闘技で戦うとなったら、そんな基本的なことだけでは終わらない。


 技をかけられたら、体全体を使ってあがなうのだ。


「分かってきたようだな」


 その様子をシュレイノリアは心地よさそうに見ていた。


「実戦で格闘技を使おうとすると足りないものがある」


 ジューネスティーンも何か気がついたような表情をした。


「ああ、シュレの言う通りだ。技を覚えたとしても、それを使って相手を倒すには、足りないものが有るな」


 そう言うと、ジューネスティーンは、教官の方に視線を向けた。


 そして、自分の体を見ると、右腕を上げて、二の腕の内側を覗き込むように見た。


「そうだな。圧倒的に足りてないものがあるな」


 ジューネスティーンは、足りないものが何かを理解したというように答えた。

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