第15話 乗り越えるべき一番低い壁

 一方、黒い大熊と戦うソルはまだ苦戦していた。


 いつも戦う大熊よりも数段強く、体に生えている黒い水晶によって身体中に黒いモヤがまとわりついた途端、さらに強くなった。


 「くそ、いつももっと簡単に勝てるのに!同じ大熊じゃないのかよ!!」


 大熊の攻撃を躱して剣で一撃を入れるが、硬い毛皮に弾かれる。黒い狼と同じだった。


 「黒くなると毛皮が硬くなるんか、てめぇらは!?」


 悪態をつきながらも大熊との攻防は変わらず続く。

 しかし、ソルの攻撃によるダメージはあまり効いていないようだった。一方で、黒い大熊の一撃は強力。ソルは上手に躱したりいなしているが、捉えられるのは時間の問題だった。


(早くシンハとアリスを助けにいかなきゃなのに……。こんなところで何苦戦してんだ、俺は!!)


 ソルは自分に苛立っていた。自分が今回の捜索に立候補したからシンハとアリスを巻き込んでしまった。

 アリスは乗り気だったがシンハは不安を感じていた。それでも自分に付いてきくれた。


 シンハはいつもそうだった。自分やアリスが好き放題やって、無理をしても最後には仕方ないと言って一緒に来てくれて、フォローをしてくれている。


(シンハはいつも俺を信頼してくれている。今回もそうだった。なのに……。)

 「俺は……手こずっている暇はないんだよ!!」


 そう叫んだ瞬間、黒い大熊の横殴りがソルに直撃した。強烈な力がソルに襲いかかる。

 しかし、ソルは衝撃を活かして体を回転させて受け流した。

 だけではなく、回転の勢いを利用して大熊に近づき、眼球を突き刺した。硬い体毛に守られていない眼球に剣を深く刺すことに成功した。


 ギャガァアアアアア!!!?


 強烈な痛みに黒い大熊は絶叫をあげる。そして、攻撃の後にバランスを崩して倒れ込んでいたソル目掛けて本気で蹴っりとばした。


 「がぁあ!?」


 体勢を整えることができなかったソルは防御もできず蹴りが直撃してしまい、思いっきり吹き飛ばされた。今までに味わったことのない強烈な痛みに苦悶の表情を浮かべたが、ソルは何とか意識をつなぐことができた。


 ソルは立ち上がり、剣を構えて黒い大熊を睨んだ。

 大熊も痛みで息遣いが荒くなっているが、残った目はソルを睨んでいた。その目からはソルに対する明確な殺意を感じた。去年のソルならば、その殺意に身がすくんで動けなくなってしまっただろう。


 しかし、今のソルは大熊の殺意のこもった目を睨み返すことができている。


(去年森であったじいさんのおかげだな……。あのじいさんの威圧を受けていなかったら、怯えてうまく動けずにとっくに殺されていた。……あの経験が俺を強くしてくれたんだ。)



 ——恐怖を感じながらも近づくために勇気を振り絞って『動き出し』、近づきながらも勝機がないか『考え』、無謀に突っ込もうとせずに勇気をもって降参を『選択した』。これは実力ある戦士でもなかなかできぬことじゃ——



 かつて老人が言っていた言葉を思い出していた。自分はちゃんと勇気を出して考えて行動している。

 そして、今回は強敵でも逃げられない。戦ってみて分かったが、この黒い大熊は村の人間では何人束になっても勝てないだろう。


 自分の敗北と逃走は、シンハやアリス、そして村の危機に繋がる。

 だからこそ、何としてでもこの黒い大熊をここで自分が倒す、という選択をした。



 ——実力と勇気の心、そして折れぬ信念を持つ者に人は惹きつけられ、こう呼ぶ。――勇者や英雄と——



 老人は続けてこうも言っていた。

 自分は勇者や英雄ではない。でも、憧れの“伝説の英雄”のように誰かを救える人間になりたい。

 

(今、俺は勇気を持って戦っている。そこは自信をもっていい。あと足りないのはきっと『実力』!なら、今ここで――。)


 「お前を倒す『実力』を手に入れてやるよぉ!!!……俺史上、最高の覚悟だぁあ!!!!」


 覚悟の咆哮をあげて大熊へ走っていくソル。それに呼応するように大熊も駆け出して迎え撃つ。先程以上の激しい攻防が始まった。

 さらに、お互いが防御よりも相手を打ち倒すために攻撃に集中するようになった。そのため、ソルも黒い大熊も傷を増やしていった。


(確かにこの大熊は強い!特にあの黒いモヤが厄介だ!!ただの身体強化じゃない気がする。アリスの使う魔力とは違う、何か別の『力』があるみたいだ)


 激しい攻防の中、突破口を見つけるために考え続けたソルは、大熊の黒いモヤに注目した。まずはあのモヤを消すことが先決と考えた。


(だったら真っ先に試すことは……黒い水晶の破壊だ!)


 先程から隙を見て何回か剣を当てていた。しかし、かなりの硬さで傷一つつけられなかった。そんな硬い水晶の破壊方法として、ソルはシンプルな方法をとった。


(壊れるまで、何度もたたく!!)


 他に方法が浮かばなかったことも理由の一つだったが、もう一つの理由が大きかった。


(こいつはこの村で見ると異常な強さをもつ怪物だ。

 ……だけど、きっと世界全体で見たら特別強いってわけではないはず。あのじいさんの話にでてた怪物はもっと……国を滅ぼす次元なのだから)


 そんな世界に自分は出ようというのに、こんな水晶一つ壊せないようでは先が思いやられる。

 ソルは大熊から距離をとって精神統一をした。大熊は追撃しようとしたが、ソルから感じ取った圧を警戒していったん距離をとった。


 「……お前はこれから世界へ出る俺にとって、乗り越えるべき最初で、『一番低い壁』のはずだ。だから……必ず断ち切ってみせる!!!」


 世界へ旅立つ実力づくり、そのために大熊を打ち倒す――。


 ソルが放つ心の底からの意思の力が覇気として伝わったのか、剣がまるで応えるかのように光った。

 意思の力による覇気と剣の淡い光の気配に大熊は恐れ慄いて怯んでしまった。その影響か、黒いモヤが少し弱ってきている。


 ソルは大熊へ、今出せる最高速度で駆けて近づき、全身全霊の一撃を黒い水晶めがけて繰り出した。


 ズパン!!!


 ――老人からもらった剣は刃が欠けてしまった。しかし、黒い水晶は大熊ごと真っ二つにして消滅した。

 

 見事にソルが壁を乗り越え、さらなる成長を遂げた瞬間だった。

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