015【感謝祭】

 この日は特に忙しかった。

 セレステは、朝早く起きて食材を準備し、イヴァンも何度も出かけていって、必要な食材を買ってきた。

 何しろ今日は感謝祭、そして、二人にとって最後の晩餐だったのだ。


「イヴァンさん」

 イヴァンがまた素手でオーブンからローストチキンを取り出そうとしているのに気づいたセレステは、厳しい口調で呼びかけた。

 イヴァンは慌てて両手を上げて降参のジェスチャーをした。「ピリピリするなよ、まだ触ってないよ」

 セレステは、しょうがないとため息をついた。イヴァンは、自分がほんの少し注意を怠るだけで、危なっかしい真似をしてしまうのだ。少し不満げに口を尖らせる愛らしい少女を見て、イヴァンは俯いて、愛おしそうに口づけをした。

「まあ……ため息つくな、お嬢さん、明日からは、ため息をつく機会はいくらでもあるんだよ」

 口元を撫でながら、セレステは力なく笑った。

 そう、明日自分が死んだら、イヴァンさんとずっと一緒にいられる。

 苦くて、甘い。

 夕方、ドアを激しく叩く音が二回した。イヴァンはドアに出ると、ドアの前にいる手ぶらの女性を見て、またドアをバタンと閉めた。

「ちょっと!イヴァン・マンガーノ!人を呼んでおいてドアを閉めるとはどういうつもりよ」

 オーロラの叱責に対して、イヴァンは冷ややかに言った。「人の家を訪ねておいて、酒を持ってこないとはどういうつもりだ。それに、お前を招待したのはうちのお嬢さんであり、俺が招待したわけじゃないけど」

 昨夜、ベッドで寝支度をしながら、セレステがオーロラとスパークを招待して感謝祭を過ごしたい、と言っていた。それを聞いたとき、イヴァンの心は少しも乗り気でなかった。

 イヴァンは寝返りを打ち、セレステにキスをして話を終えた。

 しかし、キスをすればするほど、イヴァンは燃え上がり、ついにはセレステを抱き上げ、まるで子猫のように自分の腕の中に運んだ。

「う、ん……イヴァンさん、先に答えてよ」セレステは、もがきながらイヴァンを叩いた。

「無駄さ」イヴァンは笑って、セレステの耳にしゃぶりつき、セレステの体はぶるぶる震えた。「俺はお前さんとは違う。これを感じられないの、忘れたのか?」

 その返答はハッキリしたものであったが、悲痛なものであった。

 オッケー……昨夜のことに免じて、確かに些細なことを許すべきだった。何しろ昨夜のセレステの喘ぎ声が最高だった。

 イヴァンは妥協して再びドアを開けたが、その怒った表情は変わらなかった。

 四人でテーブルを囲むと、テーブルの上にある最も平凡な料理はケールのグラタンだった。濃厚なグレービーソースをかけた熱々のマッシュポテトに、お腹に野菜とフルーツを詰めた皮がサクサクした七面鳥の丸焼き、マッシュルームスープ、デザートにはパンプキンパイのほかにくるみパイも用意されていた。豊富な料理で食卓が急に狭くなったので、スパークが気を利かせて七面鳥を切り、最後の晩餐を始めた。

「明日どう死ぬか決めたの?」

 オーロラは、赤ワインを飲みながら、明日のお出かけ先について尋ねるようにそう言った。

「うちのスターは、バスタブで手首を切るらしいわ」オーロラは愛嬌たっぷりに微笑み、スパークの手の甲を指先でなでた。スパークは柔らかく軽い笑みを返した。

 イヴァンは吐きそうな顔で、「なんだその気持ち悪い趣味、それが愛情表現なのかよ?」と言った。

 セレステの困惑した顔を見て、スパークは「オーロラさんもバスタブの中で手首を切ったんだ」と補足した。

「だからね……お嬢さんも」オーロラの狐のような細目でセレステを見た。「ロマンチックな死に方がお望みなら、頭に弾丸をぶち込めばいいわ。あなたの頭を切り落としてやりたいんだけど」

 目を細めた紫の瞳は、まだ殺気を放っており、まだ諦めていないようだった。冷たい舌打ちと共に、イヴァンはオーロラの椅子を蹴った。その力はとても強く、もしスパークが素早く椅子の背もたれを押さえていなかったら、オーロラは椅子から転げ落ちていただろう。

「おしゃべりが過ぎるんだよ、クソ女、目までくり抜いてやろうか」

「紳士的じゃないんだよ!イヴァン・マンガーノ!」

 オーロラは怒りのままにテーブルを叩いて立ち上がり、皿からフォークを掴んでイヴァンに突きつけた。テーブルに肘をついたままのイヴァンは、立ち上がろうとせず、手にしたナイフでのらりくらりと攻撃をかわした。二人は子供っぽくじゃれ合う様子を見て、二人の契約者はいつものように苦笑いを浮かべていた。

 この先もこんな場面をずっと見続けることになるだろうという予感があった。

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