第14話 折角開けた金庫が空っぽだなんて、夢の中まで湿気た話よ。

「あー、もう! 夢にまで侵入された感じ。自分が嫌になるわ」

「おいらまで引っ張り出すことはないだろうによ」


 事務所で顔を合わせるなり、ジェニーは昨夜の夢について清十郎に語った。

 そういうことはすぐに吐き出すタイプである。


「何が『清十郎三世』だっての! パクる元ネタが古いのよ」

「おいらに言われてもな。最近2組が対決するって映画があったんじゃねェのかい?」

「映画じゃないわよ。動画配信ね」


 その宣伝が頭にあり、昼間の空き巣事件で呼び覚まされたのだろうか?


「しかし、折角開けた金庫が空っぽだなんて、夢の中まで湿気た話よ」


 やんなっちゃうと、ジェニーはふくれていた。

 それを見ながら清十郎は考え込む。


(お嬢はグレート製薬の財務諸表を読み込んでる。熟成済みの情報だ。そいつを頭に詰め込んどいて、見た夢が金庫泥棒だと? ひょっとして……)


「嬢ちゃん、こりゃァひょっとすると……」


 清十郎の携帯が鳴った。取り上げてみると、大日本尾瀬からの電話であった。


「尾瀬からだ。昨日の今日で、何の用だ?」

「尾瀬さんは『白』なのよね? だったら話だけでも聞いてみて」


(聞けばしがらみができちまうんだがな)


 そう思いながら、清十郎は通話ボタンを押した。


「吉竹だ。用事かい?」

「昨日はすみませんでした。あの契約条件は私の指示ではありません」

「そうかもしれねぇが、会社としての公式オファーに違いねェ。見てませんでしたは通らねェぜ」


 パートナーとして同席していたのだ。尾瀬の性格からして、発注条件には必ず目を通していたはずだ。


「……抵抗したんですが、止められませんでした。申し訳ありません」

「パートナー様より上から指示が出てるってことかい。そいつァ難儀だな」


 尾瀬に命令できる立場と言えば、代表とシニアパートナーしかいない。片手に収まる人数だ。

 会社の最上層部が圧力交渉を仕掛けてきているということになる。それを清十郎は「難儀」と言ったのだ。


「事情は分かったが、おいらに何の用だい?」

「改めて監査業務の受託をお願いします」

「昨日の条件なら願い下げだぜ?」


 清十郎は尾瀬に釘を刺した。昔馴染みであろうとも、曲げられない節はある。


「わかっています。適正な工数見積もりに修正し、特急料金も加味した条件表を用意しています」


 尾瀬は吉竹の考えを先読みしていた。


「大丈夫なのか? 決裁は下りるんだな?」

「シニアパートナーは1人じゃありません。私の進退をかけて口説きました。横槍は入れさせません」

「そうかい。信用するぜ」


 尾瀬はまだ50になったばかりのはずだ。引退するにはまだ早い。

 それなりの決意をもって筋を通したということだろう。


 清十郎は尾瀬を信じる気持ちになっていた。


「ちょっと待ってくれ。ウチのパートナーに意見を聞く」


 通話を保留にして、清十郎はジェニーに会話の内容を説明した。


「昨日の一件は気に入らねェが、わびは受けた。首を懸けて筋を通して来たことを、おいらとしちゃァ買ってやりてェ。嬢ちゃんはどうだ?」

「そうね。商売をしていればいろいろあることぐらい知ってる。水に流して、なかったことにしよう」

「わかった。この話受けるぜ」


 清十郎は通話を再開し、尾瀬に契約受諾を告げた。


「お前さんを信用して、この話受けるぜ。どうしたらいい?」

「礼を言います。それでは申し訳ありませんが、改めて契約取り交わしと打ち合わせのためにそちらに伺って良いですか?」

「わざわざ来てくれるってか? こっちは構わねぇが……実は昨日ちょっとした取り込みがあってね」


 清十郎は事務所に空き巣が入り、盗聴器が仕掛けられていたことを告げた。


「警備会社を入れてきれいに・・・・してもらったところだ。それで良ければ待ってるぜ」

「そんなことが……。しかし、昨日の今日で仕掛けて来ることもないでしょう。情報はうちの方から漏れているようですし」

「そんな気がしてたぜ。社内がバタバタしているんじゃねェかってな。で、何時に来る?」


 清十郎は壁の時計を見上げながら聞いた。


「それでは11時に伺います」

「わかった。待ってるぜ」


 スマホを置いた清十郎は、話の結末をジェニーに告げた。


「向こうから打ち合わせに来てくれるそうだ。時間は11時」

「そう。気を使ったのかしらね?」


 仕事とあれば、日比谷まで出向くことぐらいなんでもない。昨日無駄足を踏ませたことを気にしているのかと、ジェニーは考えた。


「それもあるだろうが、大日本の社内の方をむしろ気にしたんじゃねェか?」


 片桐会計事務所を雇うことは社内の反対を押し切った形になっている。いつまた横やりを入れられるかわからない。

 清十郎たちの前でそんなもめ事を起したくなかったのだろう。


「情報は向こう側・・・・で漏れているらしいしな」


 社内が一番安心できないとは、情けない状況であった。


「何だったら、リモート会議でも良かったんじゃない?」


 今更だが、ジェニーは直接顔を合わせるよりもネットワーク経由の会議の方がふさわしかったのではないかと指摘した。


「直接会って詫びたかったんだろうよ」

「ああ……。もう良いのにね」


 あれだけ憤懣やるかたなかったジェニーであったが、自分の中で整理がついてしまえば、もう気にしない。

 謝罪は電話で十分だと感じていた。


「後は打ち合わせの中身次第だな。フラグって奴を立てるわけじゃねェが、ウチの役割は面倒くせぇ内容だろうからな」

「ああ~、下請けに厄介を押し付けるってわけ? やっぱり断っちゃダメ?」


 ジェニーは露骨に嫌な顔をした。


「断れねェこともねェが……。空き巣の件はやられっ放しになるぜ?」

「えっ? あいつ捕まえられるの?」

「そこまで保証はできねぇが、そいつを送り込んだ奴を放っておくつもりはねェよ」


「だったらやる!」


 ジェニーはそう叫んで唇を引き締めた。

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