第10話 噂の時計塔

 仕事場から帰路についている住人。ワイワイしながら料理店や酒屋に入っていく住人。

 夕焼けに染まった賑やかな街を眺める男は——。

「ふう、もうこんな時間か……」

 目を細めながら満足げに呟いていた。


 宿屋から街に出て何時間が過ぎただろうか。

 露店の食べ歩きに、買い物に、観光。

 休憩を忘れるほど動き回った結果、時間を忘れるほどに充実した時間を過ごすことができていた。


 あまり疲労を感じなかったのは、乗り移った人物のステータスがトレジャーハンターの平均より少し上、という位置づけであるからだろうか。


(ほぼ記憶にある街並みだけど、これはこれで楽しめたな……)

 今回の感覚を例えれば、聖地巡礼をしたかのよう。

 この街の空気も雰囲気も、より立体感的で繊細な街並みも、ゲームでは体験できない要素だからこそ、新鮮な気持ちで没入することができた。


「楽しめてよかったな、本当」

(明日は最悪追放だしなぁ。なにも悪いことをした記憶はないけど……)

 洒落にならない状況に乾いた笑いを浮かべる男は、気の重さを紛らわせるように頭を掻く。


「さてと、そろそろ宿に帰るか……」

 一つ心残りを挙げるなら、この街の全てを回ることができなかったという点だが、こればかりは仕方のないこと。

 宿屋の店主とは話をつけたのだ。『先伸ばしにしない』と。

 これ迷惑をかけないためにも、駄駄だだねるわけにはいかない。


「はぁあ……。不安だ」

 今日最後のため息。

 それでもなんとか気持ちを切り替える男は、宿屋に戻るために体の向きを変える。

 ——その瞬間だった。


「あ……」

 男は見る。

 夕日に照らされ、より一層の存在感を放つ時計塔を。


(俺があの塔を登ったのも、確かこのくらいの時間帯だったっけなぁ……)

 無論、時計塔を登ったのはゲームをプレイしていた時。

 当時の記憶と今の光景が合致したからこそ、思い出すこと。


「……」

 逆を言えば、ゲームをやり込んだこの男ですら、そのくらいのことがなければ思い出にも残っていない場所。


 F  Fファンシーファンタジーの世界では、作り込みが凄く、登れるように設定された時計塔だったが、全ユーザーに不評だったのだ。

 なに一つとして人気がない『クソ場』として有名だったのだ。


 その理由は単純明快。

 入場料がかかり、上まで登ってもアイテムが設置されてないどころか、時計塔からの景色もパッとするようなものではなかったから。


 ただ時間を無駄にするような場所であったため、

『なんのために作られたんだ?』

『外観だけでよかっただろ』

『そもそも時計塔なんかいらねえよ』

『こんなところに容量使うな』

 なんてことをボロクソに書かれ、ゲームの評価にまで影響した負の場所でもある。


「んー。どうせなら最後に立ち寄ってみるかな……。もうこの街に入れなくなる可能性もあるらしいし」

 男とて時計塔に登ったのはアイテム確認の一度だけ。

 なんの思い入れもなく、最後を飾る場所には頼りないだが、あとは宿に戻るだけなのだ。

 言葉にした通り、『どうせなら』という気持ちに掻き立てられる。


(時計塔の中で謎のキャラと会えるみたいな噂もあったけど、結局なんの情報も出てこなかったからなぁ……)

 最終的に『なぜクソ場が作られたか』なんて大喜利に発展していたり、どれだけ面白いデマを流せるかなんてプレイユーザーの完全なオモチャとなっていた。


 少しでもFFの話題を呼び、FFの注目を集めるために作られた場所なのだとしたら、相当な策士である。


「……ま、まあこのゲームを楽しませてもらった身として最後に労ってやるか……」

(登れるかわからないけど)

 期待もなにもしていない時計塔だが、当時のことを懐かしみながら一歩一歩近づいていく男だった。



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