おなじあじ
ソファで本を読んでいると、心地よい鼻歌が聞こえてきた。
「最近楽しそうだね」
「えっ?」
ネオは、剣を磨く手を止めた。
「だって、今まで剣を持つのも避けていたでしょ?」
ネオは、あー、と剣を見ながらバレてたかと苦笑いした。
「筋がいい子がいたんだ、オレが教えたくなるぐらい」
「へぇ、見てみたいな。もしかしたら、ネオも超えちゃうんじゃない?」
あははとお腹に手を当てて、ぼくの方を向くと目に少し溜まった涙を拭った。
「王様は強いんだ、誰にも負けないさ」
凛とした声ではっきりと言った。
「そっか、楽しみだね」
「うん」
彼本来の青さが色濃く感じられる笑顔だった。
少し遠くで、ジュウと肉を焼く音が聞こえる。
もう少しでハルが呼びに来るだろう、それまで少しこの温度を感じていよう。
いつのまにか眠っていたのだろうか、胸元にページが変わってしまった本が開きっぱなしで置いてあった。ネオは出歩くようになり、ハルはよくわからないけど今は家に1人だろう。
不意にトントンとドアのを叩く音が聞こえた。
慌てて立ち上がって、ドアを開いた。
「よお」
「ジンナーさん」
「ハルのやつはいるか?」
「いないと思う、いつもどこか行っているから」
「まぁいいや、ほい、お前の戸籍と冒険者証だ」
手提げから出てきたのは、手に収まる程度の朱色の手帳とカードだった。
「ありがとう」
「はいよ」
受けとると、ジンナーさんは帰ろうとしていたので呼び止めた。
「あの、ハルにどんな用があって来たの?」
ジンナーはポリポリと頬を掻いた。
「手伝って欲しいことがあってな」
「ぼくでよければ手伝うよ」
「草むしりだけどいいのか?」
「任せて」
「ありがとな」
「ここ周辺を頼む、俺はあっちの方でやってるから、困った事があったら遠慮せずに来い」
「わかった」
「じゃあまたな」
「またね」
連れてこられたのは、ジンナーさんの家の裏にある庭だった。草むしりする範囲は百坪ほどで、ざっと2時間ぐらいだろうか。試しに草を引っ張ってみるとあの家に生えていた雑草よりも簡単に抜く事ができ、楽しいくらいぱっぱ、ぱっぱといつもの半分くらいの時間で抜く事ができた。
すべての雑草を抜き終わり、汗を腕で拭いほっと一息つくと、後ろから足音がした。
「おつかれさん」
「あ、ジンナーさん」
「手際がいいな、ハルなんかもっと時間がかかるぞ」
ジンナーさんは高笑いをしながら、ありがとよ、と声をかけながら背中を軽く叩いた。
「家の周りの雑草をよく抜いてたから」
「そうか、じゃあ疲れただろうし、俺の家で汗を流すといい」
「ありがとう」
汗を流し終え、タオルでぽんぽんと毛先を叩くと美味しい匂いがしてきた。
「おっ、ちょうどいいな」
手でひょいひょいとやられたので、テーブルに向かうと、豚汁のいい匂いがした。
「おいしそう」
「おう、座って食べな、腹減っただろ」
彼は快活な笑顔で木製の茶碗をテーブルに置いた。肉が多めで、大きめに切られた色とりどりの具材から湯気が立ち昇っていた。
「いただきます」
大きめの具材とは思えないほど、口に入れるとほろほろととけ、じゃがいもはお味噌の味がじんわりとしみていておいしかった。
「おいしい」
心なしか懐かしい味わい、塩味が疲れた体に染み渡り、ふぁと声が思わず出てしまった。
「なんか、ハルの味にそっくりかも」
「え?」
ジンナーさんは目が点になっていた。
「仲良しだから、教えたのかと思った」
「ちゃんと教えたことはないが、沢山食べさせた事があるからかな。そうか、味が似ているのか」
ジンナーさんは手に持った茶碗をしばらく見つめ、ぐいっと飲み干した。
「どうだ、あいつの料理は美味しいか?」
「うん、特にハンバーグが」
「そうか、……そうか。そりゃ嬉しいな」
「…?」
首を傾けると、ジンナーさんはガシガシと頭を撫でた。
ハルとは違う撫で方だけど、同じくらい暖かった。
「今日はありがとな」
「こちらこそ途中まで送ってくれてありがとう、豚汁おいしかったよ」
「ほい、駄賃だ、受け取っとけ」
「ありがとう、でも」
手の中に入った硬貨を見やり、ジンナーさんの方をみると彼は手をひらひらと振り、家に向かってしまった。ばいばいと手を振り、家へと目指した。
いつのまにか外はきれいなマジックアワーになっていた。いつもは誰かいるはずの大通りには誰も居ず、家に灯りが灯っていた。なんだか、はやく帰りたくなって駆け出した。
少し遠い、茂みの奥、森の中、やっと見えた家。
外に負けないくらい美しい橙色のランプが内側から輝いている。
もうそろそろでドアに手が届く。
ガチャとドアが開いた。
「ユキさん、おかえりなさい」
誰かに似ている笑顔、同じ暖かさの手、なんだかさっきまで会っていたみたい。
「ただいま」
「手を洗ったら、ご飯にしましょう!」
「うん」
はやく君のご飯がたべたいな。
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