第20話 ヒュドラ討滅

「がああああああ痛でえええええうらああああああああ!」


 俺は今なおひたすらにヒュドラの噛みつきをそらし、首を殴りつけ続けていた。


「っしゃおらあああ!」


 やっと首がもげたぞ!残り3本だ!


 もげた首を再度殴りつけて遠方へ飛ばす。


「ハアハアハア」


 荒く息をつき、呼吸を落ち着ける。


 やっと首半分を奪ったが、俺の体力はすでに半分を大きく割っている。


 しかも気のせいかと思っていたが、このヒュドラ、首を一つ失うごとに動きが素早くなっている。


 3本首になった今、明らかに6本首のころとは違う俊敏さを見せている。


 案の定攻撃をそらしそこなった。


 右腕がひしゃげ、メイスが明後日の方向へ吹き飛ぶ。


 メイスはかなりの重量なのだが、重さを感じさせないほど吹っ飛んだ。戦闘中の回収は難しいだろう。


 左手に持つメイスを回復した右に持ち変える。


 しかし、武器一つだが、大きく不利になった。


 メイス2本あればこそ、同じ個所を連続で殴ることが出来、首を落とすことができたのだ。


 メイス1本では連続攻撃にタイムラグが発生してしまう。その間にヒュドラに移動されてしまえば同じ個所を攻撃し続けることが出来なくなってしまう。それでは首を落とせない。


 詰んだかな?


 ヒュドラの頭部が口を開けて迫ってくる。見慣れてきたが、速度がどんどん早くなってきている。


『ヴぉらああ!』


 ヤケクソ気味に殴るとグゥイイインと今までと違う音がした。


 ヒュドラの牙に直撃したのだ。


 奴の牙は口腔へと消えていき牙があった場所から血が吹き出ている。シャーシャーうるさく鳴いている。


 どうやらまだやれることはあるようだ。


「とりあえずテメエの牙をすべて抜く!」


 この巨体だ。牙があろうとなかろうと突撃を食らったり、口腔内に入れられてしまえば俺の負けだが、弱体化にはつながるだろう。


 可能なら目つぶしもしたい。


 武器を一つ手放した時は軽く絶望したが、まだ出来ることは多い。


 などと考えていた時だった。


 ヒュドラ3つの頭部の根元が膨らみ、そして3つの首全てから炎を吐き出してきた。


「ブレスかよ!」


 もう無理。俺は十分に頑張った。


 俺は何とかブレスを躱すと胸いっぱいに空気を吸い込み、恥も外聞もなく叫んだ。


「ハクモー!あとは頼んだぁあああ!」


 数秒後、ヒュドラと同サイズの白い蛇が2体、ヒュドラに飛びつき噛みついた。




 数分前。


 ハクモはちぎれたヒュドラの頭部の眼前にいた。


 ちぎれた頭部はまだかろうじて生存しているが流血により虫の息だ。しかしその瞳は確かにハクモを捕らえていた。


『惨め。神の眷属と崇められたその身が土と血にまみれて横たわり、消滅を待つばかり。今なら私でもお前を滅ぼせる。』


 感情の宿らぬ瞳でハクモは言う。


『助けてほしいか。』


 その声には抑揚がない。


『私ならお前を生き永らえさせることが出来る。』


 一歩一歩ちぎれたヒュドラの頭部に近づく。


『ヴァジュラマを裏切り、アスワン教に帰依しろ。』


 ハクモの魅了の恩寵は調伏という恩寵へと変質した。


 人を魅了する恩寵を失い、代わりに闇の眷属を調伏し従える力を得た。


『私に隷属しろ。従うなら救おう。』


 白く濁り始めたヒュドラの瞳にはすでに知性の欠片も感じない。


『調伏。』


 ハクモは眼前のヒュドラに触れながら唱えた。


 目が眩むほどの白き光が辺りを包んだ。


 光が収まり、ヒュドラの首の位置に視線をやると純白の小さな白蛇が地を這っていた。


 調伏が成功したのだ。


 白蛇の姿は小さいが、ハクモが命じれば、巨大化し、力を振るってくれるだろう。


 ハクモにはそれがわかった。


 だが、まだフランシスコの助勢に行くのは時期尚早だ。


 フランシスコがハクモを呼ぶまでは待機と命じられている。


 恩寵、感覚拡張により遠方からフランシスコの絶叫が聞こえた。視線を上げれば偶然フランシスコの戦闘が目に入った。フランシスコの戦闘を目にするのは初めてだった。


 メイスを打ち付け、なぜか自身までダメージを受けている。見間違えでなければ肘から骨が飛び出している。鬼のような形相で痛みに悲鳴を上げながら戦うことをやめない。


 あれが神に仕えるということか。


 ハクモはその凄絶さに息をのんだ。


 待機している間にさらに2つヒュドラの首が飛んできた。


 1つは調伏に成功したが、もう1つは調伏する前に絶命してしまった。


 落胆していると声がした。


 フランシスコの声だ。助勢を求める合図だ。


 ハクモは2匹の白蛇に命じた。


『フランシスコに助勢し、闇の眷属を討滅せよ。』


 2匹は巨大化し、ヒュドラに襲い掛かっていった。






 白い巨大な蛇2匹がヒュドラと壮絶な戦いをしている。怪獣大戦争だ。


 どうやら生贄幼女は調伏に成功したらしい。遠くで白く光っているのは視界に捉えていたから成功しただろうなと思ってはいたが確信はなかった。一安心だ。


 俺だけでは討滅が難しい時のため、念のために連れてきのが功を奏した。


 よくやった生贄幼女!お前を助けてホント良かった。


 情けは人のためならずって本当だ。ちゃんと自分に恩恵が返ってきた。


 しかし、飛ばした首は3匹だったはずだが、1匹失敗したのだろうか。


 おかげで白蛇は劣勢にある。


 頭数の多いヒュドラが優勢だ。


 焦りながら、メイスを探す。あれがあれば戦線復帰できる。


 何とかメイスを見つけた。


 メイスを握ると戦意が充実する。


 ヒュドラと白蛇の戦いに割って入る。


 今にも白蛇に噛みつきそうだったヒュドラの首目掛け、解放骨折覚悟の打撃を放つ。


 打撃を受けて、もんどりうつヒュドラのその首は標的を俺に変えた。


 しかし、白蛇にくみつかれていることで今まで程自由に動けない。胴体を締め付けられている影響でブレスもうまく吐けないようだ。


 俺は奴らの体を足掛かりに移動し、ヒュドラの頭部を地面にうちつけそのまま頭部を殴り続ける。


 気づけばその首は動かなくなっており、他の首も白蛇に頭から丸呑みにされていた。


 力を失った胴体は白蛇とともに地面に倒れ、大きな地揺れを起こした。


 ヒュドラ討滅に成功したのだ。





 ヒュドラが討滅されるのをハクモは遠方から見届けた。


 ハクモの部族ハハ族が何百年もハン族への復讐のために数多の命を捧げ用意してきた神の眷属。


 ヒュドラが召喚されたため周囲の森は魔素が充満し一族の寿命は著しく縮んだ。健康だったのは魔人くらいだが、ほとんどすべて生贄とされた。


 生贄を免れたのはハバキリのように強い力で抵抗し、生を勝ち取った者だけ。


 そうまでして準備した復讐を、その核であるヒュドラを、ハン族の一人も殺せずに討滅された。


 一族の数百年にわたる忍耐は今、ハクモの手によって無に帰した。


 これを知ったら母を死に追いやったハハ族の者達はどう思うだろうか。


 それを思うと昏い笑みがこぼれる。


 しかし復讐はまだ終わっていない。


 力を手にした。強い力だ。


 ハハ族が神の眷属と崇めたこのヒュドラの残骸で復讐を果たそう。


 ハクモは天に召された母の復讐を再度心に誓った。

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