第6話 乗っ取り説
しばらくのなでなでタイムを終えて、
「そろそろ教えてくれ。飲んだってのは?」
「それはですね――」
<キーンコーンカーンコーン>
最悪なタイミングで昼休みが終わる。
すぐさま斎藤が立ちあがる。
「あっ、おい、ちょっと」
「先輩方、失礼します。新JKなり立てでサボる勇気はございません」
ぺこりと可愛らしく演じながら頭を下げて走り去っていった。
「わたしたちも戻らないと」
「そうだな」
渋々、俺たちは教室へと戻った。
放課後になってすぐ、俺と天音は同時に素早く立ちあがりダッシュする。佐倉が不思議そうな顔をしていたが、今は一刻も早く一年の教室に行かなくては。
急いだ甲斐あって、まだ一年生はどのクラスもHRが終わっていなかった。
ものの数分で終わり、一気に生徒が押し寄せる。
何組か分からないため、二人掛かりで斎藤を探した。
「居た!」
「ほんとだ! おいっ! 待て!」
他の生徒とは違うお洒落なピンクリュックを背負った小柄な女子に声を掛ける。
「あー先輩方ですか。なんですか? 部活があるんですけど」
くるりと振り返った斎藤がそう言った。
「そうじゃないだろ! なでなでしてやったろ!」
「あーそーでしたそーでした。それじゃあ場所変えますか?」
そう言って校門の方に歩いていく斎藤に俺たちは黙って付いていく。
「なあ部活があるんじゃないのか? これじゃあ学校から出ちまうぞ」
「大丈夫です。帰宅部という名の立派な部活ですから」
「おいっ!!」
更に黙って歩くこと十五分。
繁華街に到着。
「ここにしますか」
「えっ、ここって」
困惑した顔をする天音。
「どうした? 知ってんのか?」
「うん。テレビでね。有名なパティシエさんがいるんだって」
「へえ。見るから高そうだもんな」
「それじゃあ頼みましたよ、先輩♪」
店先のメニュー表からひとつの商品を指差す斎藤。
『当店オススメ 至宝のデザートタワー!! お値段二千八百円』
「アホかっ!! 払えるかっ!!」
キレる俺に目も触れず、ふたりはメニュー表ばかり。
「わたし、コレ食べたいかも」
「いいですね! ハル先輩が単品コーヒーだけにすれば五千円以内で収まります」
「収まってたまるか! 破産するわ!」
「ねえハル。折角来たんだしさ」
「天音! お前までなに言ってんだ! 目的を忘れたのか?」
「あっ」
そうだった、という顔をして天音が正気を取り戻す。その横で「ちぇ」と舌打ちする斎藤がいた。
俺たちはすぐ近くにあった安さが売りのチェーン店に入った。
「安けないですね」
「コラ、聞こえるだろ」
KYな斎藤を諭しながら俺たちは注文を済ました。
そして、席に着いて本題に入る。
「それで、だ。なにを飲んだって?」
「知りません」
「はあ!?」
机を叩きつけて立ち上がった俺を、店内の客たちが見てくる。「すみません」と軽く会釈をしながら座り直す。
「話が違うだろーが」
「せっかちだなぁ、ハル先輩は。最後まで聞いてくださいよ。ナニかは知らないですけど、それを飲むと力が漲るらしいですよ。人格も変わっちゃうそうです。ある種の麻薬的な何かですかね?」
「それだと木下が豹変した理由も頷ける。でも、何か引っかかる……」
「あのひと、木下って言うんですか? 佐藤って言ってましたけど」
「はあ?」
分からない。
確かにアイツは木下のはず。
なのに、なぜ佐藤。
もしかしたら親の離婚で姓が変わったのか。
「けど、ありきたりですよね、佐藤なんて。鈴木と並んでマンモス苗字だし」
「それってあれじゃない? 本人は苗字が分かってなかったってことじゃない?」
天音が突然、とんでもないことを言い出した。
認知症でもあるまいし、自分の苗字を忘れるヤツなど……。
いや、まさか……。
誰かが操ってる……のか?
「アバター的なヤツですか? 乗っ取りみたいな」
そう斎藤が言った時、店員が「お待たせしました」と言ってパンケーキとプリンアラモード、それに飲み物三つを運んできた。
「どんだけ頼んでんだ! つーか、いつ頼んだんだ!」
「先輩が神妙な面持ちで考え事してる時です」
「くっ……」
不覚だった。
飲み物だけを頼んだつもりだったのに。こんなものまですかさず頼んでいやがったとは。これじゃあ安いチェーン店でもそこそこする。
「ケチな男はモテませんよ?」
「うっさい! それよりだ。さっきの乗っ取りって説、あながち間違っちゃいないんじゃないか?」
俺は思い出した。懸命に一年の教室まで走っていた時、二年の教室からトボトボとした足取りで帰っていく木下の姿を。
「根拠あるの?」
「ああ。木下が帰っていく姿をチラッと見掛けたが、かつて通りの陰キャ振りだった。あんな粗暴な感じじゃなくなってた」
「へーそれじゃあ」
「甘いですね、おふたりさん」
少し笑みを浮かべていた俺たちに斎藤が言う。
「なんだよ?」
「演技ですよ、演技。普段から変態面して歩くアホが居ますか? そんなの『こちら変態、逮捕よろ』って言ってるようなもんじゃないですか」
「確かに……。逮捕よろは止めろ」
「ところで、おふたりはなんでその何たら怪奇を捜査してんですか? 被害にでも?」
パンケーキとプリンアラモードを交互に食べながら斎藤が聞く。
俺たちはお互いの顔を見て、少し黙る。
「あれー、まさか、あれー? おふたりともエッチぃご経験がおありで?」
確信はないものの、後ろめたさから目を合わせられない。
カフェの店内が寒くなってきた様に感じた。
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