第32話 朝過夕改

<1854年11月7日 朝>

【楠瀬乙女】

「さぁて、どうしようかね。」

かのを井戸に送った後、布団をたたみ、朝食について考える。

いまからご飯を炊くのは時間がかかる。

そもそも、買い出しに行く日にこの世界に来たため、生鮮食品は限られている。


「手抜きで申し訳ないけど…。」

道場の奥から『備蓄食料』と書かれた段ボールを開ける。


「あったあった。

 これ、意外といけるんだよね。」

取り出したのは、水でも戻るごはん。

お湯で戻せばすぐに食べられる。


「んで、乾燥味噌汁に、さんまのかば焼きでいいかな?」


次々と災害備蓄食料を取り出す。

これほどに揃っているのは、『地域防災拠点』として道場を整備したから。

井戸があるのは、水道断水の対策。

都市部は何系統も送水経路があるけど、山間部は数か所しかない。

それも土砂災害などで断絶する可能性も高いことから、こういった井戸の整備の補助も進むようになっている。

道場の水回りは井戸水にして、ポンプが動かない時のために、ガチャポンプもつけてもらった。

だから、道場の飲料水はレンタルサーバーにしている。



レンタルサーバーのお湯を入れてお椀に移し替えているころ、

庭からはしゃぐ声が聞こえる。

窓越しに見てみると、ガチャポンプを使っている龍馬の姿が見える。


「まぁ朝から楽しそうに遊びやがって…」

とため息をつく。


「顔は洗ったのかぃっ!?遊んでないで食事にするよっ!」

「今いきますっ!」

声をかけた後、長机に朝食を並べていく。



「いただきますっ!」

戻ってきた龍馬と共に朝食をともにとる。


「姉貴!あれは何でございますか!?

 取手を取りて動かしてみれば、水が溢れてくるではございませぬか!」


「姉貴!?わたしゃあんたの姉貴になった覚えはないよ!

 それに!口の中のモノを食べてからしゃべりな!」

元気なことはいい証拠だが、口にモノを含んでしゃべるのはいただけない。

自分が18歳というのが本当なら、史実の彼も同い年…、

年上扱いはこりごりだ。


「失礼!

 されどわぁを打ち負かしたのも事実!

 お許しくださらんか!?」


…。

まぁ、こういうのはいっぱいいたから、しゃあないか。

「はいはい、分かった分かった。」


「で、あの井戸でございますがっ…!」

「龍馬っ!食べてからっ!」

「は、はっ!」


黙らせてきちんと朝ごはんを取らせる。



【坂本龍馬】

うぅむ…。

乙女殿の言葉に、なぜ反論できぬのか…。

というか、反論してはならぬ空気がある。


が、聞かねばならぬこと!


「姉貴、あの井戸でございますがっ…!」


「あぁ、あんたが遊んでたあの井戸?」


「はっ!あれはいかなる仕掛けにございますか!?」


「あぁ、あのポンプ?ただ水をくみ上げてるだけでしょ?」


「は?」


「はぁっ?」


このお方はわぁが知らんもんを知っちゅうらしいの。




【楠瀬乙女】

なんかやらかしたっぽい…。

ガチャポンプごときで…。


実家にあったから簡単な構造の説明をすると、龍馬は目を輝かせていた。

史実に余計な改変を与えたんじゃないかと、冷や汗を垂らす。

とはいえ、市民に役立つ技術である以上、拡散にはOKを出した。


「これは姉貴に恩返しせねばなりませぬなぁ!」

楽しそうなこいつに対し、頭が痛い私。


「そのうち返してもらうから、気負わないの。

 とはいえ、食料を買いに行きたいんだけど、どっか知らない?」

備蓄食料があるとはいえ、これからの使命である震災対応のためには手を付けられない。

そして、こいつのおかげで壮行会の食料は尽きてしまった。

震災まで時間がある以上、食料確保は優先上位の項目。


「商人に当てはあります!が、金子きんすのご用意は?」


「無いね。

 だけど、売れそうな品ならある。」


「左様でございますか!

 なら、ご案内いたします!」


笑顔で答えているけど、本当にあてはあるんだろうか?

昨晩あんなに食ったのに、2合目の白米をお代わりして楽しそうに食ってやがるが…。


<1854年11月7日 昼前>

【楠瀬乙女】

ガチャポンプを取り外し、龍馬に構造の説明をした。

龍馬は『街に出る前にそれを描き写す』といって、部品ごとに絵を描き始めた。



その間。自分の部屋に戻り、売れそうなものを物色していた。

20代のころに贈られたかわいらしい服やドレスやキャラクターグッズ、

30代のころに贈られたキャリアウーマン調の凛々しい服にワンポイントの装飾品、

40代になって贈られてきた和服にスキンケア用品の数々…。


当時はこめかみがブチギレるような怒りを覚えることもあったが、

今はのトップ項目。

感謝しないと。


龍馬に邪魔されたけど、『収納』の簡単な使い方は把握していたから、

どんどん収納しておく。


風呂敷と大きなリュック、スーツケースにも詰めれるだけ詰めてカモフラージュをする。



がっつり用意ができたころ、龍馬が声をかけてきた。


「姉貴ーっ!写し終えましたっ!」

ほう、なかなか早い。

しかも、アイソメ図で描かれている。

噂の象山先生の影響だろうか?


「うん。正直、私より上手いと思う。

 街に行ったら役立てるんだよ。」

病理スケッチはしてきたが、機械の図面とは違うからね。


「はいっ!

 姉貴も用意ができたようで?

 行きますかっ!?」


「よろしく頼むよ。」


「こちらですっ!」


…。

さっそく獣道じゃないか…。

先が思いやられるよ。




<1854年11月7日 昼下がり>

っとに、苦労したよ。

2時間かけて山を下り、龍馬の案内で町を進んでいる。

私が本来の年齢だったら、途中で一泊願い出ていたよ。


目立つスーツケースを龍馬が担ぎ、自信満々に道を進んでいる。

できるだけ目立たないような恰好をしてきたとはいえ、

街中をずんずん進んでいくことに、なんだか心配になる。


「なぁ、食料を買いに行くんだよね?」


「はいっ!」


「その前に、金策で私のモノを売りに行くんだよね?」


「はいっ!」


本当にわかっているのだろうか?

着いたのは…、

道場?


『坂本道場』!?


「こりゃ、あんたの家じゃないのかい!?」


「はいっ!我が家は商家でもあります!

 お力になれるかと!」


あぁ、そうだった。

坂本家はかなり裕福な家だったんだ。


「ささ、こちらへっ!

 ただいまもどりましたっ!!」



【坂本権平】

ったく、あやつはどこに行ったのだ!

昨日の朝方に、山に向かって駆けていったと聞く。

しかも山に向かっていくのに、防具もしょっておったと?


しかも、一晩経っても戻ってこん!

父上が病に伏す、お家の一大事なのだぞ!

その話し合いをすっぽかすとは何を考えておるのか!


「兄上、あまりカリカリせぬ方が…。」


「帰ってきたらお仕置きしておきますよっ!」

栄が茶を出してくれ、千鶴がむんとその腕を示す。

他家に嫁いだ千鶴まで戻ってくれたというに、いったい何をしておるのやら。

茶をすすりつつ栄に父上の容態を聞く。


「父上はいかようであるか?」


「伊予殿によると、安定していらっしゃるようで、庭の様子を眺めていたりしておられます。

 様子は変わらぬようで、床に臥せっておるそうです。」

まぁ、父上も年が年であるしの。



「ただいまもどりましたーっ!」

この声はっ!

うちのうつけ者かっ!

千鶴が一目散にかけていく。


「ちづねぇ!ただいまもどりましたっ!!」


「言わんでもわかるわっ!

 何をしてたのっ!?」


「いやぁ~、一手御指南を頂きに!」


「お家の大事な話し合いをすっぽかしてかいっ!?」


「それだけの得るものはございましたっ!」


…。

晴れ晴れとした表情でぬかしおる。

龍馬のことだ、それほどのものがあったのであろうな。


「で、そこの女性は誰か?」

後ろに立つ女性に目が行く。

着物とは違い、装いが異なる。


「こちらはご指南たまわった…、」

「楠瀬乙女です。よろしくお願いします。」

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