第28話 突上げ

<1854年12月20日 夜>

【根本うい】

山から戻ってきた。


お登勢さんとてるちゃんは宿にいるということで、

甚三郎さんが迎えに行き、道場に来てもらった。


お登勢さんには怒られてしまった。

「なんであたしらのほうを頼らなかったんだいっ!」と。

巻き込むのが怖かったんだ、

良くしてもらった分、迷惑をかけられない、と。

「ばかっ!」と一言もらって、きつく抱きしめられた。


それにしても、てるちゃんまで来るなんて…。

とはいえ、私の跡をたどるのに一番助けになったそうで。

「おねぇちゃんの考えてること、分かりやすいんだもん」

と。

そんなに分かりやすいだろうか?



先生たちも交え、真琴さんに事情を説明してくれた。

そして、甚三郎さんが一つの書状を出してくれた。

『謝状』と書いてある。

慣れない草書体で、先生に代読してもらう。

藩主様から、地震の被害を抑えたことへの謝状であった。


そして、分かっている限りの被害がまとめてあった。

『伊賀上野 死者・行方不明者235名、負傷者895名』


やっぱり、もっと助けられたんじゃ…


「しっかりしな!

 あんたが最初出した数字はこの倍以上だろう!

 それだけあんたが助けたんだ!」


「そうよ!

 誇ることはあっても、蔑むことはしちゃダメ!

 後悔するぐらいならすぐそこの次を見据えなさい!」


お登勢さんと真琴ちゃんに励まされる。

そう、そうだよね。

目の前にがあるんだ!


「ちょ、ちょいとまったっ!

 『すぐそこの次』ってのは一体どういうことだいっ!?」


あぁ、そうだ。

その説明を甚三郎さん一家にしないと。



【お登勢】

…。

あんな地揺れ、人生に一度巡り合うかどうかだと思ってた。


もう一度お目にかかるとはっ…。

てるを置いてきた方がよかったかと考えたが、

話を聞く限りここより西は似たようなもんで、

伊賀もどうなるかわからないと聞いて、

連れてきたことに安堵した。


あんときの恩もある。

女の見せ所かねっ!?




<1854年12月23日 朝>

【根本うい】

ついに来てしまった。

前回より日程には余裕があった。


甚三郎さん達が来てくれたおかげで、

町民の皆さんにも深刻さは伝わった…といいけど。



とはいえ、完璧なんかないし、自信もない。

前回はいなかった真琴ちゃんが隣にいてくれるのがせめてもの救い。


少しでもいいから、助かって!!



【磯貝真琴】

とうとう当日。

ぶっちゃけ、地震なんかこなけりゃいいと思ってる。

ここまで対策したことが無駄になって、

私が責められる方がどれだけましか。



甚三郎さん一家が来たことで、一気に進んだ面もある。

とはいえ、まだまだできたであろうことはいっぱいある。


隣でじっと海を見つめるういちゃんを見ると、

いろんな思いを乗り越え、厳しい現実を見てきたんだろうと想像がつく。


ういちゃんと共に物見櫓の元に来て、火消し組の組長さんに声をかける。

今回は時間が結構正確にわかっているとはいえ、

みんな活動している時間。



「いいんだな?」

「はいっ!」

ういちゃんがしたであろう伊賀でのやり取りを想像しつつ、合図をする。


「カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!、…!」

その音を合図に、お寺の梵鐘も鳴り響く。


「…ごぉーんっ!…ごぉーんっ!、…!」

ここまで来たら後には戻れない。


みなさんがしきりに物見やぐらに注目する。



とはいえ、遠い向こうに見えるのは…、

あぁっ…。

これは…っ。


土煙がたち、近づいてくる。


「地揺れだぁっ!!!!

 逃げろっ!!!!!!」

精一杯の声を張り上げる。



【根本うい】

突上げるような縦揺れの後、長い横揺れが続く。

ほとんどの人が立っていられず、地面に伏せるが、

倒壊した家屋や、屋根の上のものなどが襲い掛かる。


まずは地震対応!

信じてくれた人には悪いけど、

信じてくれなかった人のほうが重篤になるんだ!

そういう人の家ほど崩れる!


!』

揺れが収まったら、ケガをする前に救助!


倒壊した家を回る。

泣き声や叫び声は、要救助者のサイン!

瓦礫を


次っ!!



【磯貝真琴】

頼りなさそうだったういちゃんが、人が変わったように救助に赴く。

助けるべき私が、一瞬唖然としていた。


ういちゃんから教えてもらった能力をきちんと使わなきゃ!


ういちゃんに先生と八之助さんがついてもらい、

克之助くんと倒壊した建物を回る。


「大丈夫かっ!?歩けるなっ!

 この先にある溝口道場はわかるか!?

 そこで救護と炊き出しをしておるっ。手伝えるならそこへ行けっ!」

克之助くんが案内してくれる。


薫さんと門下生のみんなは、道場で被災者支援の準備をしてくれているはずだ。

作次郎くんがいるなら、混乱も少ないだろう。



そろそろ津波の到達するころっ!


「ういちゃん!行くよっ!」

ういちゃんと視線を合わせ、頷き合って、車に乗り込む。



【根本うい】

背筋が凍り付く。

遠くからとどろくあの低い音は恐怖を掻き立てる。


真琴ちゃんが隣で呟く。

「いやぁ、あれは何遍見ても慣れないわ。。。」


何遍も見るもの??

確かに映像を持ち歩いてたみたいだけど…、

そんなことはいい。

打合せ通り、やれることをやるんだ!


「ういちゃん、いくよっ!」

「「『取出し』!」」




<1854年12月23日 昼前>

【根本うい】

次は津波!


遠州灘はなだらかな砂浜が広がり、避難する場所が少ない。

お役人の人たちも、沿岸部の避難には動いてくれたけど、

漁業の中心、浜名湖には手が回らなかった。

直接津波が襲う危険性は少ないということで、事前に周知するしかなかった。


身近な建物の倒壊を救助しつつ、合流地点に向かう。



真琴ちゃんと合流して、私たちが移動してきたのは、『今切口』。

太平洋に面する浜名湖入口。

ここで入ってくる海水が浜名湖に入ってこないよう、土砂を『取出し』てせき止める!


事前にできたらよかったけど、なかなか分かってもらえず、

当日、地震発生後の対処になってしまった。


あぁ…、遠くから水しぶきが押し寄せてきてるっ…。



【磯貝真琴】

ういちゃんのは、私よりかなりあるってわかってた。

実際に目の当りにして、山が現れたのは驚いた…、

けどっ…。

方々から押し寄せる津波を収納するのは無理っ!


唖然とするういちゃんを引っ張り、一時撤退!

しのびないけど、『畳』をなげておくからっ!



【根本うい】

真琴ちゃんが私をの後部座席に詰め込み、

私は先生たちに抑え込まれながら現場を離れ、

アクセル全開で町に戻ってきた。


途中に見かけた人たち…。

津波に襲われるんじゃないかと思って、

車から何度も身を乗り出そうとしては真琴ちゃんに止められた。


車を止めた真琴ちゃんがこちらを向いて、私の胸ぐらをつかむ。

「一人でも多く助けるんでしょ!

 前を向きなさいっ!!」

そういって運転に戻っていった。


「お主が死ねば、助かる命も助からん!

 今できることを!」

町に戻った後も、失われそうな命を想像してしまって、

あふれる涙がこらえきれなかったところを、先生に諭された。


「…っ、はいっ!」

そうだ!

皆がいる!

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