第27話 追跡
<1854年12月20日>
【沢村保祐(甚三郎)】
「こんな風貌をした女子を見かけておりやせんか!?」
「ちょっと抜けた子なんだ!見かけてないかいっ!?」
「優しいけど、ちょっと、ちょっとだけ抜けてるの。」
町に入り、手当たり次第に声をかける。
やっとここまで来た。
地揺れが起こった日、藤堂様をはじめ、庄屋夫妻もてんやわんやだった。
地揺れが起こるまで、自分を含め、
心のどこかに『起こるはずがない』という気持ちがあったのだろう。
実際には起きた、起きてしまった。
火消し組のところに鐘を鳴らす合図をしに行ったうい殿は、
その後一人で各所を巡って、倒壊した家に下敷きになったものを助けて回ったらしい。
が、奴らに襲われそうになったそうで、
明け方、我らに姿も見せずに逃走したそうだ。
『東に向かった』ということはわかったが、
その後の足取りを追うのにこれだけ時間がかかってしまった。
当初は自分一人で追いかけるつもりだったが、
お登勢やてるも行くと言って聞かず、
庄屋の妻、たか殿も『自分の代わりに』と言って、
藤堂殿と併せて金策までされたもんだから、
連れてこざるを得なくなってしまった。
とはいえ、少ないながらも一緒に過ごした時間が自分より長く、
同性としての勘は冴えわたり、
思った以上にここまで追いついた。
少し抜けていると言っては申し訳ないが、
そんなうい殿の直近の足取りが掴めたのは一昨日のこと。
新居関所で奇異な装いをした若い女子を見かけたという。
その先にあるこの町で、
人相書きを見せながら町人たちに声をかけていると、
一人の女性が声をかけてきた。
「ご一家で人探しなんて、その方とはどういう関係なんです?」
「恩人なの!返しきれない恩があるの!」
てるが間髪入れずに答える。
「そうなんだよ!あんた、どっかで見かけなかったかいっ!?」
「うい殿が成したことを教えてやらにゃならんのです!」
お登勢に続いて、ついついその女性に迫るように言ってしまった。
「うぅ~ん、そんな凄いことをしたんです?
見かけたら、お知らせしますね?」
「お願いしますっ!」
てるが地面に頭が付くかという勢いで頭を下げたのを見て、
女性は去っていった。
「お登勢、てる、今日はそろそろ切り上げっか。
先に宿に行っててくれや。」
「あんたはどうすんだい?」
「せっかくここまで来たんだ、
酒と肴でもちぃと買ってくらぁ。」
「藤堂様と庄屋様の金だろっ!?
いいのかいっ!?」
「庄屋様は聞いちゃいねぇが、
藤堂様からは『根を詰めすぎるな』とも言われてるんでな。
お登勢もいるかい?」
「…、ったく、あたしゃいいよ。行ってきな。」
「おうよっ!」
さっきのあの女、嘘を言ってたな…。
うい殿がつかまったりしてなきゃいいんだが…。
後をつけてみるか。
【溝口薫】
道の角を2、3曲がってから駆け出す。
さっきの人たち、探していたのはういちゃんよね!?
誰かに狙われてる??
先生や真琴さんに相談しなきゃ!
「ただいま戻りました!
真琴さんか先生はいらっしゃいますか!?」
「先生は詰所の用意に行っております。
八之助殿と克之助殿はうちの門下生を連れて、
他の道場に畳の配達に行っておられます。
真琴殿とうい殿は…、古書店へ行ってから山に行ってくると。
皆、そろそろ戻るころかと…。」
私の様子に戸惑いつつ、作次郎君が答えてくれる。
「わかった!
迎えに行ってくるから、言伝よろしくっ!」
人気のないあそこよね。急がなくちゃ!
【根本うい】
結局、私の『購入』にある『惣菜』は真琴ちゃんは接触していても使えなかった。
真琴ちゃんの方が残金に余裕があるのに…。
あれから、真琴ちゃんと一緒に資金繰りに奔走した。
先生たちにもお願いして、道着・畳の販売をした。
最初は、『こんな切羽詰まった時期に何を言うんだ』
とポカンとされたけど、お金が必要なことを説明して理解してもらった。
あと、先生にお役人さん方へ『惣菜』を差し入れしてもらって、
資金を捻出してもらったりもした。
そのお金を元に、古本屋をしらみつぶしに回っていく。
あと3日。
そろそろ、後手に回ってしまいそうな遠くの避難所へ
保存がききそうなものを分配するべく、真琴ちゃんと山に来た。
最近は他の道場から頻繁に人が来るため、
昼間に道場で『収納』『売却』は不味いだろうという真琴ちゃんの提案。
そう言っておいて、自分はみんなが不在時に道場に畳敷き詰めたくせに。
まぁ、言っていることは至極全うなので従っている。
「まぁ、こんなもんかな。」
「そうだね~。」
一息ついて帰ろうかとしていると、町の方からこちらへ誰か来る。
「…下がって。」
真琴ちゃんは私の王子様?
って、それどころじゃない。
「真琴さん!ういさん!」
現れたのは薫さんだった。
焦った様子で、いつもの凛とした出で立ちではなく、
息も装いも乱れている。
「薫さん…。いったいどうしたの?」
「…はぁっ、はぁっ。
町の方でういさんらしき人を探している人がいたんです。
少し気になって、先に知らせに来たんです。」
「…、私を…?」
もしかして、あの虚無僧軍団???
いや、そこまで暇かな?
そもそも撒いたはずだし、途中で車を使ってるから追いつけるはずないし…。
「『成果を伝えないと!』とか言ってましたけど…」
「…。どうしよう…?逃げる?
もう三日しかないのに?」
「に、逃げないでくだせぇっ!!」
藪の奥から聞いたことがあるような声が聞こえる。
「お、俺です!甚三郎です!!
覚えていらっしゃいますかっ!?」
っ!!
「お登勢とてるも来ておりますっ!
まずはお話だけでもっ!」
「甚三郎さん!」
藪から甚三郎さんの姿が現れた。
よかった!
生きてたんだっ!!
助かったんだ!
甚三郎さんの元気そうな姿を見て涙があふれる。
「…よかった、よかった…。」
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