第21話 感想戦

<1854年11月12日 夕方>

【磯貝真琴】

薫さんと食事の準備をしていると、門下生たちの賑やかな声が聞こえる。


「茂太いけっ!」

「そこで引いたらダメだ!」

寅次郎くんと治五郎くんが茂太くんを応援している。

作次郎くんは端で道着を整えている。


対するのは4人抜きした克之助くん。

1対4で乱取りかな?

年下相手とは言え、連続で回されると厳しいだろう。


「年下だからと油断するな!お前の悪い癖だぞ、克之助!」

「疲れてからこそが本当の試練。自分の力が試されるぞ。」

八之助さんも先生も、なかなかスパルタだねぇ~。



食事の準備もできたし、声をかけようかな?

あ、遂に治五郎くんが一本取った。

克之助は汗だくだくで、肩で息をしている。

どれだけやったんだろう…。

4対1とはいえ、子供たちもどれだけタフなんだ…。


「挨拶っ!」

先生が喝を入れる。

そうだよね。

武道において、礼節は大事。

克之助さんは息も絶え絶え、フラフラになりながら挨拶する。

子供たちも気持ちいい挨拶を返す。


「ありがとうございましたっ!」

最初に4人抜きされた分、大将首でも取ったようなハツラツとした挨拶。


「…っ、ありがとうっ…、ハァハァッ…、ございました…。」

対照的に疲労困憊、落ち込む克之助くん。


「ちょうどよかった。

 夕飯も支度ができましたよ。」

 皆も食べて帰る?」

薫さんが門下生に問うと、

『ご褒美だー!』とさらに賑やかになる。



「…っ、本当にあと少し粘れておれば…。」

「そういうところぞ、克之助。」

八之助さんが克之助くんを諫めている。


どうやら先生は、無敗とか無茶な条件を課してはいなかったみたい。

まぁ、それに次ぐぐらい無茶な、

『晩御飯の用意ができるまで無敗』だったようで、

最後の最後で一本取られたのが悔しいみたい。



その間に、薫さんがテキパキと食事の用意を進めていた。

献立は、ぼくめしと豚汁、山葵漬け。

ぼくめしっていうのは、ごぼうと鰻を甘辛く煮たものをご飯に混ぜた、

まぜご飯。

山葵漬けは、先生たちが酒の肴に買ってきた。


ん?何を手伝ったのかって?

野営訓練では炊き出し担当ですよ?

料理ができないわけじゃない、わけじゃないんだからね?

いい?『炊き出し』の言葉を検索しないこと。



誰に訴えかけてるのか、自分でツッコみつつ食事に戻る。

先生たちは夕食と酒と共に、今日一日の試合肴にして、

振り返り楽しそうにしている。

「克之助にはちょうど良い薬になったな。」

「あれだけ試合えばそうなります!」

「確かにお主の柔術は目を見張るものがある。

 じゃが、戦場ではちぎっては投げ、ちぎっては投げしても、

 相手が引くまでは戦わねばならぬぞ?

 敵は弱ったものから狙うものじゃてな。」


どこぞの朝のご意見番ばりに手厳しい。

けど、『戦場』となるとそうなんだよね。

現代の日本で一番身近だった身からするとね。


「ですが先生、克之助殿は最初に私たちを4人抜きするなど、

 十分お強かったではありませんか。」

「作次郎じゃったかな?

 たしかにこ奴は強い。頭もよいし、学もある。

 もしかしたら、八之助にも勝つやもしれん。」

落ち込んでいた克之助くんの目が輝く。

「じゃがの、それがゆえに心に緩みが出てしまう。

 今日の最後のような、致命的なの。」

「左様ですか…。皆様は私達とは違う次元にいらっしゃるのですね…。」


「何を言う!おぬしらこそ誇らねばならぬぞ!

 4対1とはいえ、あの克之助に勝ったのだ!

 先生曰く、私にも勝つという克之助にな!」

八之助さんもちょっぴりプライドを刺激されたみたい。


「左様。

 4人とはいえ、あれだけ試合ってかように元気な者など見たことない。

 拙者もまだまだ精進せねばと思い知らされました。」

そうだよね。

4人相手の乱取りとはいえ実力に大きな差がある。

ずっと立ち向かっていくにも相応の体力が必要だし、

最後に取った一勝は年長の作次郎くんではなく、次点の治五郎くん。

それを考慮すれば、克之助さんの言う通り、精進が必要なのだろう。



「先生、八之助殿、克之助殿、

 明日も稽古をつけてもらえねぇかい!?」

寅次郎くん、実力者を前に居ても立っても居られない様子。


「他の道場を巡らねばならぬゆえ一日中とは行きませぬが、

 時間があったら見てあげよう。」

控え目な八之助さんも、子供のおねだりには弱いのね。

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