第34話 一人検証(Мダム)と新しい御守りと④

――シンと静まり返った中、スピリットボックス特有のザッザッザッというラジオの周波数を合わせるような音だけが響き渡る。


「こんばんは。俺の名前は朔夜と言います。どなたか、お話しできる方はいらっしゃいますか?」


身投げをした霊は、顎が砕けてしまったり、溺れてしまった時のせいで話せないことが多いのだそうだ。

朔夜くんのは、それらを踏まえての呼び掛けなのである。


「お話しが難しいのであれば、何かの――」

『……$%@#』


スピリットボックスからは、朔夜くんの言葉に被せるように、性別の分からない小さな声が聞こえてきた。


「すみません。声が被ってしまいましたね。よろしければ、もう一度お願いします」

『………………いた……い』


朔夜くんが尋ねた少し後に、今度は女性の声がした。


「『痛い』……ですか。 大変失礼ですが、あなたはここで身投げをされた女性ですか?」


少し待ってみても朔夜くんの質問に返答はなかった。


「質問変えます。先ほどの女性の方に質問ですが、どうしてこの場所にいらっしゃるのでしょ――――ちょっと、待って……!?」


質問を変えて続けようとした朔夜くんは、驚いたように目を開いて、スピリットボックスの電源を切った。


「今、スピリットボックスじゃない所から、女性が啜り泣くような声が聞こえたんですよ」


朔夜くんには聞こえたようだが、ソレは私には聞こえなかった。


耳を澄まし、周囲を見渡している朔夜くんに合わせていると――『……うっ……うう』と言う呻き声が、私にもハッキリと聞こえてきた。


「……また聞こえた。呻き声のような声ですね。コレが本当に霊の声なら、俺にとってなかなかない体験です」


幽霊を視ることができない朔夜くんにとって、声が聞こえることも滅多にないことだ。

テンションが上がってしまうのも当然である。

つい私もつられてほっこりしてしまった。



――ベチャッ。


だが、次の音を聞いた後には、そんな場合ではなかったと気を引き締め直した。



「……今の音は何? 水気を帯びた重い音のように聞こえました」


何も視えずとも感じるものがあるのか、朔夜くんは眉を潜めて、真ん中のフェンスを食い入るように見ている。


朔夜くんの視線の先の方には、欄干の下の部分をしっかりと握り締めているような、ずぶ濡れの白い両手があった。



――ズッ……ズズッ。ビチャ。


「……音が、近付いてる?」


ずぶ濡れの白い手が徐々に上がって行き、欄干の手摺に差し掛かった状態でピタリと止まった。


何とも言えない緊張感が周囲に漂う。


「……もう一度、スピボをしてみます」


ゴクリと唾を飲み込んだ朔夜くんは、スピリットボックスの電源を入れた。


すると、ザッザッザッという音のすぐ後に『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』という電子音が鳴った。


「……え?こんなこと初めてなんですけど」


朔夜くんはスピリットボックスを見つめて固まった。


『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』

『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』

『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』

『ト・ト・ト・ツー・ツー・ツー・ト・ト・ト』


繰り返される音は、どこかで聞いたことがあるような気がした。


「……もしかして、?」


朔夜くんが呟いたその言葉で、私はとあることを思い出した。


昔に見た『タイタニック』という映画の中で、沈没していくタイタニック号の電信士が助けを求めて繰り返し打っていた音と同じことを。


その意味は――「SOS(助けて)」だ。


私と朔夜くんの答えが一致した瞬間に、ゾクリと全身に鳥肌が立った。


欄干の手摺に掛かっていたずぶ濡れの白い両手の存在を思い出した私は、勢い良く欄干の方を振り返った。



……ひっ!!


思わず叫びそうになった。


先ほどまでは両手しか視えていなかったのに、いつの間にか白い服を着た全身がずぶ濡れの女性が、欄干の上に立って、フェンスを掴んでいたからだ。


長い髪が顔にべったりと貼り付いているせいで、表情は伺えないが、白目を剥いた片目は、朔夜くんの姿を確実に捉えていた。


私は咄嗟に、朔夜くんとずぶ濡れの女性の間に割り込むように立った。


朔夜くんを映していなかったもう片方の目だけが、ギョロリと動いて私を捉えた。


怖い、怖い、怖い……!!

こんなの貞◯だよ!ホラーだよ!?

怖くないはずがないじゃない!!!


……でも、朔夜くんを害そうとするのなら、絶対に私が許さない。


怯みそうになる身体にグッと力を入れて、ずぶ濡れの女性を睨み返した。

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