第22話 : 山菜に舌鼓

「後輩君はワラビなんて食べるかな?」


 金曜日の午後、部室に赴くと部長から唐突にそう言われた。

 自分が育ったのはこの街から鉄道とバスで優に一時間以上かかる田舎だから、当然ワラビだけでなくタラの芽やフキノトウなどの山菜類にはなじみがある。

 ワラビは茹でた物だけでなく、天ぷらにしたり、佃煮のように煮込んだりした物を今は鬼籍に入った祖母が食べさせてくれた記憶がある。


「これから採りに行くから一緒に行こう」


 そんな誘いを受ければ断れない。



 借りている畑から歩くこと数分でワラビが生えている里山があった。この畑のオーナーが所有しているとのことで、山肌の一部がほぼ全面ワラビで埋め尽くされている。こういう状態の場所は他にないので、栽培されているのものだろう。


「いくらでも取って良いと言われているから遠慮は要らないよ」


 参加しているのは全部で六人。一年生は自分だけだ。


 持参したポリ袋にまだ葉が広がらない、先端が握りこぶし状になった若いワラビを採っていく。長さ三十センチくらいの物を手でポキポキと折るのだが、これが妙に心地よい。適度な弾力に若々しい植物の力を感じ、それを自分の栄養として取り込めるのかと思うと妙にワクワクする。

 オッサンが若い女性を抱きたがるのってそんな理由か……などとくだらないことを考えていたら十分ほどで百本近くのワラビが採れた。それでも生えている面積全体の半分以上が手つかずになっている。とは言え、必要以上に採取してもフードロスになるだけだ。


「取り尽くしても構わないと言われても、さすがに無理があるな」

「ですね」



 その後、ワラビ畑の隣に植えてあるらしいタラの芽も採り、山菜を大量に袋に入れて帰宅した。


「後輩君、凄いじゃない」

「まあ、こんなにたくさん」


 取れ高を見た碧達が驚きの声を上げるが、俺自身もこれをどうするか考えるほどの量だ。


「それじゃ、早速下処理しないとね。柔、重曹を買ってきてくれるかしら」


 ワラビはあく抜きをしないと食べられないから、とりあえず今日はタラの芽だけを食べるらしい。


 都会で売っているタラの芽と山で採った物は全くの別物だった。そもそも都会の物は水耕栽培で作られているようなもので、味も香りも薄い。反面山菜特有のえぐみは少ないのだが、正直味気がない。自生に近い環境で作られた物は甘味が強く、とても芳醇な香りがする。流石「山菜の王様」と呼ばれるに相応しい。


「栗原、これ無茶苦茶美味しい」

「先輩、これ凄く美味しいです」


 なぜかこの席に蒼衣と重松がいる。それというのもタラの芽だけで三十個以上を採ってしまったので、自分達三人では消化しきれなくなって声を掛けたのだ。何せ自然状態の物は人工栽培(「ふかし物」という)の三倍以上大きいから食べ応えが非常にある。碧が気を利かせてネギ(これも借りている畑で収穫した物だ)のかき揚げまで作ってくれたから目の前には大量の天ぷらが並んでいる。


「素材の味だけじゃない。料理した人の腕が良いのさ」


 そう言ってチラリと碧を見れば、「そんなことないわよ」と顔を逸らされた。付き合っていた頃、二人で出かけた時に彼女はお弁当を持参してきたことがある。その時も褒めたらこんな顔をしたことを思いだした。

 一人暮らしが長かったから俺も自身で天ぷらは何度か作ったことがある。とはいえ、レシピサイトで調べてそれに倣ってもこれ程美味しいものはできなかった。タラの芽は素材の味もあるかも知れないが、かき揚げは完全に彼女の腕のたまものだ。それは断言できる。


「私も行きたかったな」

「来年もあるでしょ。贅沢言わないの」

「私も行きたかった」


 柔や蒼衣が不満を述べるが、こればかりは仕方がない。部長の話だと貸主から収穫の誘いがあったのは当日の午後だったと言うから、SNSで連絡しても対応が難しかっただろう。こればかりは運だ。


「あの~」


 恐る恐る重松が声を出す。


「先輩から教えて貰ったのですが、お母様が蒼衣っちに料理を教えるのであれば、私も一緒に習って良いですか。こんなに美味しい料理が自宅でできるならぜひ覚えたいです」

「私はかまわないけど……」


 そう言いながら俺の顔を見てくるが、俺が家主だからと言って遠慮しなくて良いことは既に伝えてあるから自分で判断して構わない。一応、コクリと頷くと、重松が満面の笑みで「ありがとうございます!」と言った。


 俺の家が料理教室になるというのは想像の遙か先だったが、そう言うハプニングがあるのも青春というものだと自分に言い聞かせ、残っている天ぷらを口に入れた。

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