第21話 : 青春の声

「月ちゃんは食べることとなると、どこかネジが緩むから注意だね」

「先輩、それ言わないで下さい」


 あとで聞いたところによると、柔と重松は同じ奨学金を受け取っている仲間なのだという。俺の記憶だと例年は三月に新しく奨学金を受け取る学生と同じくそれを使っている先輩達との交流会を行っている。これは学生の人脈構築と大学生としての学び方を伝えて欲しいからだ。そしてこれとは別にゴールデンウイークになると奨学金関係の大会を開催している。

 柔と重松ほど仲が良い学生どうしを見ているとその趣旨がしっかり生かされていると安心する。そんなこともあって碧も重松を知っているのだろう。


「それにしても凄いですね。このハンバーグ一つで色々な野菜が全く違和感なく採れるなんて」


 蒼衣がしきりに感心している。


「ふふ、そう言われると誇らしいわ」

「このままじゃ……」


 ただ味わうだけではなく、どこか難しい顔をしながら箸を進めているが、こういう席はもっと腑抜けていて欲しい。笑顔からもらう味だってあるのだから。



「食べたぁ」

「お母様、本当に美味しかったです」

「ここは私の家じゃないからいつでも来てとは言えないけど、またこういう機会ができるようにゲン君にここで頼んでおくわね」


 俺としては大歓迎なのだが、それをここで言って良いのかどうか。碧に余計な負担を掛けるようで申し訳ない気もある。


「私からもお願いしていい」

「私も」

「ご迷惑でなければ……あ、お料理代は用意しますから」


 重松から金を受け取るなんて真似はしないが、ここまで言われればあとは俺の判断だけだ。


「碧、俺からもお願いするよ。こんなに美味しいご飯を食べられるなら毎日でもいいくらいだ」

「ふふ、ありがと。それならまたこういう会をしましょうね。それまでに腕を上げておくわ」

「「「お願いします!」」」


 ああ、青春の声がしている。



 食後、重松はバイトがあるというので帰って行った。今日はコンビニの夜勤だそうだ。

 柔先輩もファストフード店でバイトをしていると言っていた。俺はそういった経験が全くないのでそんなことをいつかしてみたいと思う。

 最初から雇用する側だったというと偉そうだが、実際、働かされる側の気持ちを知ることも必要だと思う。勤怠や給料のことは全て一力に丸投げだったので、社員のことはあまり気にしないでやってきたが、こういう場所で色々経験してみることで見えてくる物は多々あるだろう。


「あ、あの、先輩のお母様!」

「蒼衣さん、どうしたの」

「その、もしご迷惑でなければ私に料理を教えて頂きたいのですが」


 深々と頭を上げる蒼衣は、どこか必死そうだ。いつも堂々としている感じがする彼女だが、今に限っては随分感じが違う。


「かまわないけど、私は専門家じゃないし、誰かに物を教えたこともないわよ」

「いいえ、今日頂いたお料理は私が知る限り最高に美味しいと断言します」

「そこまでのものじゃないわ」

「本当です。絶対に本当です。私もそういう美味しいお料理を作れるようになりたいのです」

「わかったわ。あとで時間を調整しましょ。貴女の都合もあるでしょうから」

「ありがとうございます!」


 満面の笑みとはこういう顔を言うのか。今までにないくらい破顔し、もう一度深く頭を垂れた。

 そうやって人に教えを請える蒼衣は凄い奴だと思った。


 俺はコンピュータに関することを全て独学で学んできた。

 小学校高学年の頃から参考書片手にただひたすらトライアンドエラーを繰り返し、中学生になる頃にはちょっとしたゲームやツールを作れるようになっていた。何度行き詰まっても最後は力業を使ってでもどうにかしてきた。振り返れば誰かに聞いていれば簡単に解決したことがいくつもある。

 自身で考えていた時間を無駄だと思ってはいないが、物事を効率よく行うには独学よりも知恵を出し合った方が良いのは会社経営でも明らかで、それに気が付いたのは経営者になって数年経った頃だ。それでも蒼衣みたいに頭を下げたことはほぼないから、そう言う姿勢は見習いたいと思う。


「蒼衣ちゃん、ご近所さんなんだからあまりかしこまらないでいいよ」


 自分の母親が褒められたのが嬉しいのか、柔も笑顔だ。


「もし……ですけど、宜しければ私の家のキッチンを使って教えて頂けますか」

「それでもいいわよ。でも、どうして……」

「ここ栗原のお部屋ですから」

「ああ、俺なら気にしないぞ。というかドンドン使ってくれ。どうせ俺は碌な料理ができないから宝の持ち腐れになっちゃうから」


 そう、ここのキッチンは俺にとっては無駄に広いカウンターキッチンなのだ。


「え、いいんですか」

「かまわない。というか、そこで作った料理を食べさせて欲しい」

「え、食べさせて……」

「蒼衣ちゃん、まさか後輩君に「あ~ん」をすることを考えているの」

「そ、そんなこと……絶対に考えていません」

「その間が怪しいなぁ」


 真っ赤な顔をしながら必死に否定しないで欲しい。そりゃあオッサンにあ~んをしたくないだろうが、そこは「それもいいですね~」くらいの返しをして欲しかった。


 ともあれ、最初の料理勉強会を次の日曜日に実施することが決まった。

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