第20話 : 母は強し

「矢口先輩からお誘いを受けたんです」


 玄関先でそう語る蒼衣の隣に重松がいる。だが、この子は学生寮住まいだったはず。


「月ちゃんも一緒です。先輩の許可も得ています」

「どういうこと?」

「あ~、後輩君、ごめん、そ、その~だね」

「先輩が『疲れているだろうから一緒に夕食を摂らないか』と誘ってくれたので、月ちゃんもついでにどうかとお願いしたんです」

「あはは、居候の立場で申し訳ないんだが、家主である後輩君に伝えていなかったね……」


 バツが悪そうに下を向くが、期待の目で俺を見ている彼女達に帰れと言うほど心が狭い大人じゃない。


「そういうことなら、歓迎するよ。どうぞ、入って」


 そそさと中に入る彼女達の後ろで「ごめんなさい」と囁く柔先輩の声がした。

 振り向けば真っ赤な顔をして俯いている。


「かまわないが、一声は欲しかった」


 それだけ言って二人をテーブルまで案内する。



 用意されている食事は四人前、四人がけのテーブルはそれなりに余裕があるが、椅子は四脚しかない。


「皆さんこんにちは──って、あらあら、一人分足りないわ。柔、あなた数を数えられないの?」


 碧が驚いた様子であたふたしているが、今更どうしようもないことだ。

 来客の食事を減らすなどと言う無礼なことができるはずもないので、ここは家主の俺が引く場面だろう。

 そのうち椅子を余計に手に入れておけば良いだろう。


「ああ、碧、俺の分は気にしないでくれ。適当に冷蔵庫を探すから女子会を楽しんでくれ」

「「碧?」」

「あ、うん、この人は柔先輩のお母様だ。この料理を作ってくれた人だよ」

「へえ、呼び捨てね」


 もの凄く疑わしいそうな眼で蒼衣にそう言われるが、疚しいことはどこにもない。


「彼女は俺の高校時代の同級生なんだ。古い付き合いでね」


 蒼衣には説明してあるのだが、これまた変な誤解をされないよう重松にも碧とのなれ初めを話すことになった。


「そんなことよりも、お料理が冷めますよ」


 鶴の一声で、料理をどうするか考えることになった。



 椅子の数はどうしようもないので俺がローテーブルで食べ、俺だけは一人前の料理、女性陣は各三分の一ずつを切り取り、一つの皿に盛ることで一人前を確保することにした。カットされた物の寄せ集めは一桁の数を間違えた柔が食べることになった……


「矢口先輩にそれを食べさせる訳にはいきません」

「いいんだよ。数を間違えた私が悪いんだから」

「ダメです。先輩のお母様の料理、娘である人に寄せ集めを食べてもらうなんてことはできません」

「そんな杓子定規な場所じゃないぞ」


 柔先輩と重松でどっちがそれを食べるかで揉めている。


「私は蒼衣ちゃんに着いてきただけの部外者なので、食べるものがあるだけでいいんです」

「それ、言う?」

「本心です。だからそれを」

「それじゃ決まらないでしょ。これは私が食べるから、貴女方はこれね。冷めちゃうからもう食べるわよ」


 碧がこの場を収めた。昔の彼女はこういう時にはおろおろするだけで誰かの言葉を待つ感じだったのだが、母となると本当に強くなるのだと実感する。


「「「いただきます」」」


 碧のハンバーグはザ・家庭とでも言うべき野菜たっぷりのものだった。

 タマネギ、人参、インゲン、マッシュルームなどが入り、その上で肉の味もきちんとしている。オーブンでじっくり焼いたそれはそれぞれの食材がちゃんと主張しあい、最後に予定調和していくという計算され尽くしたものだ。

 白米によく合い、普段よりも食が進んでいるのが自分でもわかる。


「どう?」

「そりゃあ美味しいに決まってるさ。それにしてもこれ程とはね」

「ふふ、ありがとう」

「へんはい、これ、ひんへいでいひばんおいひいれふ」

「月ちゃん、お行儀が悪いわよ」

「らっれ、ほんとうはのれふもん」


 重松が口に頬張ったまま感動の声を漏らしている。そしてその眼から落ちるものが──って感動しすぎだろう。


「月ちゃん、美味しいと言ってくれるのはありがたいけど、お行事は大事よ」

「はひ」


 んっ、重松のことを名前呼び?碧は彼女を知っているのか。

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