第18話 : 超絶美味なサンドイッチ
「それで」
今は昼休み、このキャンパスにはいくつものベンチが置かれており、そこで蒼衣と食事を摂っている。
彼女は購買で買ったサンドイッチ。俺は碧が持たせてくれたサンドイッチ。
ぶっちゃけ、見た目も中身も違いすぎる。
俺の方が具材が圧倒的に多いし、断面も極めて美しい。挟まれているコロッケなんかもう単品で十分金が取れるほど彩り豊かで、ジャガイモ以外にニンジンやインゲンなど、数種類の野菜が入れられているのがわかる。見ているだけで涎が沸いてきそうだ。
それが気に入らないのか、蒼衣はぶっきら棒に今朝の説明を求めてきている。
勿論全てを教える訳もないが、誤解を招かないように必要なところは全て伝える。
だが、さっきから「それで」しか言わず、端から見ればパパ活をしているおっさんと機嫌を損ねた女性とのトラブルのような構図にしか見えないだろう。
だいたい何で俺が彼女でもないコイツからこんな質問攻めに遭うのだろうか。
「で、このサンドイッチは矢口先輩のお母様が作ったものなの?」
そこまで聞くか、と喉元まで出掛かった。
「そうだが、それは蒼衣とは関係ない話だろう。俺が柔先輩を住まわせる代わりに食事を作って欲しいと頼んだ訳じゃない」
「っ、悔しい」
小さくそんな言葉が聞こえたが、そんなに美味しそうに見えるならこれを食べれば良いだけの話だ。
「蒼衣、良かったらこれ食べてみるか」
「いらないわよ」
「ま、そう言うな。自分で作る時の参考になるだろ。俺だってたまに自分で作るから良い勉強になったよ」
「そう言うなら」
味見をしてやると言わんばかりの仕草で手に取った物を口に運ぶと、明らかに目尻が下がっている。美味しい物は人の表情を変えるのだと良くわかる。単純だとも言えるが。
「どうだ」
「うん、美味しい」
そりゃそうだろうな。学校の購買には申し訳ないけど比較する方が間違っているレベルだ。
「その……」
「そんなに喜んでもらえるならもう一つ食べてみるか。俺は朝沢山食べてきたから」
「たくさん……」
蒼衣はそう言ったきり固まってしまった。
碧が作ったものはそれ程凄いのかと思う。
「後輩君!」
ふいに柔先輩から声を掛けられた。隣には重松がいる。
そう言えばこの二人はよく一緒に見かけるような気がしているのだが。
「二人でお昼食べてるんだ」
「ああ、このサンドイッチはやっぱり美味しいな」
「でしょ、私も大好きなんだから」
「そうだろうな。これ程の物には滅多に出会えないからな」
「矢口先輩、そんな美味しいサンドイッチのお店があるんですか」
「ううん、私の母の手作りだよ」
「へっ、手作り……それを栗原君が」
「月ちゃんには教えてなかったね。あとで詳しく教えるから。今日は部活があるから宜しくね」
そう言って二人は学食の方へ行ってしまった。
「矢口先輩は隠さないのね」
「それだけ蒼衣と重松を信頼しているんだろ。自分達のことで妙な誤解をされないだろうってね」
「それなら私も……」
「どうした」
「いえ、何も」
形容しがたい複雑な顔をしながら食べ終えた蒼衣は何かを思い出したようにスマホを出し、目にもとまらぬ速さで何かのメッセージを打ち込んでいる。IT企業でもそれだけのスピードで操作できる奴なんてほぼいないぞ……CPUとタッチパネルのスピードが指に着いていかないんじゃないかと心配になる。
「ねえ、栗原」
いつもの蒼衣とは全く違う甘ったるい声で、
「今度私の部屋に招待していい──あ、変な意味じゃなくて、お隣さんどうしだから交流を深めたいの。矢口先輩達も一緒にお食事会でもしようと思って」
「お、おう、それは嬉しいけど、蒼衣が大変だろ。そこまで気にしなくていいんだぞ」
「ううん、今の時代はお隣さんどうしでも全然交流がないことが多いでしょ。それってせっかくの出会いを無駄にしているように感じるの。私としてはそういうことを大事にしたいなと思っているのよ」
どこかに必死さを感じるから、この話に乗って良いかどうかを必死に考える。
ビジネスの現場に置き換えてみればお隣さん=ライバル企業だ。そう言う相手が誘いを掛けてくると言うことは……スパイでなければ、業務提携、いやM&Aの打診か。
蒼衣の会社はそうやって大きくなってきたことくらいは知っているから、用心のため断りの一択となるのが自然だろうな。
ただ、単純に学生どうしの誘いと見れば、それこそが俺が青春としてやりたかったことの一つだ。友人の部屋で宅飲みをする──他愛もない話をしながら酒を飲み、本当の無礼講で裏表のない話ができる──経営者となってからは下心満載の誘いしか来なかった。
「どう、かな」
蒼衣の背後にある彼女の会社と蒼衣自身の姿を天秤に掛け、一方で経営者から離れた今の俺の立場を考えればさほどの害はないだろう。ビジネスの話になったら断れば良いだけだ。
「わかった。俺としてはいつでもかまわないから、他の人達との調整を取っておいてくれ」
「うん」
こちらを見つめていた目が一気に細まり、口角をあげながら「やったあ、約束だよ」と言い、俺の手を取ってくる。
そこまで感激することかと思ったが、落胆されるよりはうんと良い。
エヘヘと無邪気に笑う蒼衣の顔を見るに、取り敢えず選択は間違いじゃなかったのだろうと思った。
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