第19話 すべて計画通り
相変わらず暑い日が続いている。
だが今までとは聞きなれない不思議な蝉の鳴き声が広がっている。
蝉の声が変わるのは季節の変化の前触れらしい。
「良い感じね」
と、私はサングラス越しにタブレットの動画を見る。
あの告発動画を投稿してから3週間。動画の再生数が1000万を超えたあたりから、ようやく自分たちが起こしたアクションの大きさを実感できるようになってきた。
まず反エルフ関連動画が爆発的に増えた。
以前は私が一日かけて巡回できる程度の本数しかなかったのだが、今はとてもじゃないがすべての更新を追いかけられない。
「やはり、エルフのことを快く思わない連中は多かったんだな……」
エルフとしては、それでいいのか、と思わなくもないが、私もゴブリン氏も満足だ。
そしてゴブリン氏の周りに急に知り合いが増えてきた。
あの動画投稿以来、ゴブリン氏とのミーティングのためにZOOMをつなぐたび、知らない人間を紹介される。
大学の友人、動画のフォロワー、自称出版社の編集者……
あとは、動画公開や配信の収入で活動資金に困ることがなくなってきたのも大きな変化だと思う。
これは非常に良いことだと思う。継続して活動するには金銭的体力も大事だからな。
「……ホンマに行くんか?」
と、御坊は私に向かって言う。
私は白いシャツの上からシートベルトを締めた。
「うん。自分たちが蒔いた種だからね。どんな花を咲かせているのか見とかなきゃ」
足元はジーンズにサンダル。
目の色を隠すサングラス。
サイドミラーで髪型を確認する。
耳の上から髪をまとめてゆるい三つ編みにしているため、エルフには見えない。
唯一どうしても隠せない高い身長が悪目立ちするかとも思ったが、ゴボーが私よりも背が高いのでいくらかは印象が変わるだろう。
「ほいたら、いくで」
と、御坊は軽トラのアクセルを踏み、ゆっくりと山を下り始めた。
今日は紀伊橘田駅の駅前でデモが行われる日だ。
これまでも多くの県内駅――和歌山駅や海南駅、田辺駅など――でデモは行われてきたが、エルフ発電所を抱える紀伊橘田町で行われるのは初めてのことである。
これにあわせて全国から支持者が集まる見込みもあるという。
もちろん、ゴブリン氏の大バズが大きなきっかけになったのは言うまでもない。
「こんな騒ぎで休日潰されるとかやめてほしいわ」
と、御坊は運転しつつ私を睨む。
彼らが実力行使で停止できない以上、私を見守るのが精いっぱいなのだ。
エルフに人間と同じく人権を与える法制定が間近ではあるが、その前に実行できたスピード感。
これもすべて、ゴブリン氏の行動力あってのものだ。
軽トラを走らせること1時間。
ひどい車酔いに襲われながらもたどり着いた紀伊橘田駅前。
そこまで広い駅ではないし、駅前広場には大きなソテツが一本植わっているだけのさみしい駅だが、この日は――
「オイオイオイ……! こら……エライど。どうなっちゃあるんや。朝はこんな多くなかったぞ」
「これが……インターネットの力……!」
どこからどこまでが広場で道路化も判別がつかない程の人、人、人。
ところどころにデモのリーダーらしき人物が拡声器を片手に大声を張り上げている。
デモ実施に備えて周辺の警察官が集められているが、当初の予定を上回る動員に大慌てだ。
なにか一つ切っ掛けがあれば大暴動でも起こりそうなほど、エネルギーに溢れた空間がそこにはあった。
「シュルツ、いま出ていったら絶対に危ないからここにおっとけ」
「この状況を見て私にここにいろって……! 私ももっと近くで見たいのに!」
「もともとそういう約束やったやんけ! お前いま出てエルフってバレてみぃ、いてこまされてまうど!」
「うぐぐ……」
御坊は近くの駐車場に車を止めると、足早にデモ隊統制の応援へと駈け出した。
「……たしかに、今ここにエルフがいちゃマズイわね」
たとえ魔法が使えるといっても、これだけの群衆にもみくちゃにされてはひとたまりもない。
ここは大人しく、軽トラにいて……いや、軽トラの荷台からスマホで撮影するくらい良いか……ゴブリン氏にも報告しなきゃいけないし……
私はドアをそっと開けて、軽トラの荷台によじ登った。
今にも暴走しそうなデモ隊は、その力を発散させるタイミングを今か今かと待っている。
私は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
まもなく14時。
紀伊橘田町で初めての大規模「反エルフ」デモが、今始まる――!
(つづく)
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