第18話 はるか昔の、ちょっとした過ち

 私たちは健康館の休憩スペースの、とくに見晴らしが良い場所に陣取って動画の撮影を始めた。


 開館直後の時間、客は私たち以外にはいない。


 手にした台本は私たちで協力してこさえたもので、自体はとても単純である。


 その台本に従って、私は覆面をして(麻袋に目と耳のところだけ穴をあけたもの)、ゴブリン氏の質問に受け答えする。


 そのどれもが、過去のエルフが、私の集落が実際に行ってきた過ちだ。


 たとえば、人里への巨竜の誘導。


 人間たちの行き過ぎた鉱山開発を諫めるという目的だったらしいど、結果的に町一つを地図上から消すことになってしまい、それ以降エルフの間でも「さすがに竜はやめとこ」という共通認識が生まれた。


 たとえば、大氷河の融解。


 森全体の魔力量が過去最大に少なくなった数百年(これを谷の時代という)、大陸内最高峰の氷河を溶かしてその奥の魔力の一部を森に回した。その代償として、人間の町が一つとドワーフの集落が1つ、湖の底に沈んだ。


 たとえば、人間たちへの魔法技術の流出防止と魔法道具流通路の独占。


 たとえば、拡張したエルフ生息域への開発禁止。


 それからそれから……


 ……なんか、私たちも、そこそこ色々やっているのでは???


 まあそれ以上の愚かな行為を――すなわち長きに渡る戦乱の世を呼び、己の利益のためにこれをあえて継続させたことことなど――人間たちは行ってしまっているのだ。


 それらに比べれば、まあ、一応ちゃんとした理由もあるわけだし……色々と……


 それはそれとして。 


 記念すべき第一回動画の撮影は終了した。


 と、そのタイミングで、


「あ! 御坊さんこんにちは! 今日わきょうわは何か用事??」


 と、リュウちゃんの声。どうやら御坊が来たらしい。


龍神りゅうじんさん、こんにちは。シュルツが巣におらんかったから、こっちに来ちゃるかなぁ思たけど……やっぱ来ちゃあったな」


 と、御坊の声。


 私の家のことを「巣」呼ばわりすることは地味に腹が立つ。


 彼はこちらに気づくと呆れた顔でため息をつき、ずんずんと歩み寄ってくる。


 彼に対抗すべく、私もシャキッと背を伸ばして対峙する。


「何の用? こっちは色々忙しいんだけど」


「何って、頼まれてた道具持ってきただけよ。おまんが巣におらんからこっち来てみたら、また、動画撮っちゃあるんけ」


「「巣」って言うな。ふん、ゴボーにはこの作戦の凄さが分からないんだな。かわいそうに。そのまま静観しつづけて後悔しとけばいいさ!」


 御坊は、ふうむ、と小さく息を吐いた。


 私には何も言い返せないのか、標的が私からゴブリンへ移る。


「……半林はんばやしさん、困るんよなあ、シュルツに色々めんどくさいこと吹き込むの」


 と、機材を片付けるゴブリン氏を真名まなで呼びつけた。


「だ、大丈夫ですって、顔も出してないし、場所も特定されないように加工しますし……! いや、だって、バレちゃ困るのは僕も一緒ですから! 大学のこともありますし……ただ反エルフ派としての意見を述べてですね、世間に問うだけですから……僕らの影響力も(今は)小さいし……」


「よう分からんけど根性あるな……そんな根性あるんやったら学校行けよ……」と、またため息をつく。「とにかく、国と町の事業にちゃちゃ入れるようなことはやめーよ。おまんらホンマ、いつかしょっ引かれるで」


 と、御坊は私にビニール袋(3つ目の指輪型充電器を頼んでいた)を手渡そうとする。


 その時、私は床に伸びていた電気コードに足を取られ、


「おっ アッ」


 御坊のデカい胸板にガンと頭をぶつけた。


「痛った……何すんなよ! 頭突きとか、公務執行妨害ちゃうけ」


「警察でもないくせに何を……てか鎧でも着てるの? 皮膚固すぎでしょ、マジで岩じゃん」


「言うたら言うた分だけ返ってくるな、この山彦女……はよ色々諦めて集落へんでくれたらこっちも楽やのに……」


 と、ぶつぶつ言いながら健康館から出ていった。


「あれ? もう帰っちゃうの?? 御坊さん、お風呂くらい入っていったらええのにな~」


 と、リュウちゃんがちょっと残念そうに言うが、私としてはあまり付きまとわれるのも気になるのでスゥ……と消えてくれると大変ありがたい。


「じゃ、僕も編集しなきゃなんで、今日は一旦帰りますね。もう昼だし、これでも家着いたらもう夕方だな~。龍神さんも、おじゃましました」


 と、機材を背負ったゴブリン氏が私とリュウちゃんに手を振ったが、リュウちゃんは無視している。


「うん、じゃあまた――」


 と、手を振り返そうとした、その刹那――


 私は視線を感じて後ろを振り向いた。


 撮影していた窓際から一番遠い、自販機ちかくの奥まった場所。


 誰も座っていないと思っていた2台のマッサージチェアに、風呂上りらしい老婆が座ろうとしている。


 もう一台にも、真っ黒に日焼けした少女が先客として、頭にタオルをのっけて座っている。


「……気のせいか」


 なにか、懐かしいような、そしてあまり良い思い出がないような気配を感じたが……。


 ま、気のせいなら良し。


 とりあえず温泉に入って、今日やることを整理しよう。



(つづく)

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