第16話 エルフVS人間
ゴブリン氏はリュウちゃんが持ってきたお水を受け取ると一気に飲み干し、それでようやく落ち着いた。
しかし、私には彼がなんでこんなに泣くのかが分からない。
「何が悲しいの? こんな大きな進歩があった日に」
「悲しいに決まってるでしょ! あんだけ、あんだけ盛り上がったと思ってたったの2人!? 反エルフの人間とはぐれエルフが共闘するって感動的な展開で2!? しかも一人はシュルツさん!? せっかく京都からこんな和歌山の意味不明な山奥までやってきてコレかよ……いや、いつも見てくれてありがとうございます……でもこれはおかしいよ絶対……」
「数、倍になったのに?」
「バカにしてんのか!? おい! こっちは大学も休学してコレに賭けてんだよ! それがこんな有様なんて……」
ほう、と私は思わず感嘆した。あの京都から。
「すごい! あそこは優れた学術都市にして古代遺跡の数多く残る地だと聞いてるよ。私も行ってみたいと常々……」
「なーーんもいいことないね! 観光客と学生でぎゅうぎゅう詰めで息苦しいことこの上ない。寺や神社は古いばっかりで腹の足しにもならん。京都で学生生活やってれば最初輝いていた眼も二か月あれば腐るに十分ってのは有名な話だよね。くそったれ……」
なるほど、そうなのか……。
「でも、あなたには才能があるじゃない。YOUTUBEでエルフと人間の闇を暴く才能が」
「……シュルツさん、『エンシュツ』っ分かります?」
もちろん分かるわけもなく、私は首を傾げた。
「たとえばエルフ好きの人間や受け入れる側とエルフと対談してもそれは面白くないでしょ? もう国や環境系の団体や大企業がすでにやってることなんだから」
たしかに、そんな安穏とした動画を私は見ようとは思わない。
私の本意にそぐわないからである。
「だから、むしろ反エルフとエルフがお互いの本音をぶつけ合う動画のほうが絶対に新しくて、面白くなるはずなんだよ。だから僕はシュルツさんと、そういう対談をしたかったの」
「なるほど……しかしそうならそうと初めに言ってくれれば」
「いきなり初対面のエルフに「動画見てます」なんて言われるなんて思ってないよ! 逆に神展開すぎて僕がついていけなかったよ!」
ゴブリン氏曰く、その導入のせいでああいう「グダグダした」流れになってしまったらしい。
「……僕はエルフが嫌いだ。あんな、急に来たと思ったらチヤホヤされて、くそ、補助金までもらって楽に暮らしてるんでしょ? ハァーッ、それに顔も良いし背も高いし。寿命もながくてチートみてえな魔法も使えて……こっちは明日の暮らしにも困る貧乏大学生だっていうのに……という感じで、僕みたいにエルフを嫌いな人間、絶対少なくないはずなんだ」
「……それは、確かに、そうかもしれないな」
我々の存在自体を憎む勢力がいるというのは、前の世界でも経験のあることだ。我々の意思にかかわらず、我々の生き方にケチをつける連中のことを、私は思い出した。
「だからこそ、こういう動画で一発当てられると思ってたんだよ。うまくいけば僕も有名になってエルフも追い出せて一石二鳥……それなのに、またこんな、しまりのない、誰も見ないようなカス動画になっちゃって……それにエルフ助けてどうすんの反エルフ動画作成者が――」
「ゴブリン氏」
と、私は彼の話を遮る。
「なるほど、ゴブリン氏は本当に頭が良いね……フフフ、そうか、人間とエルフの溝が深くなれば私たちはここにいられなくなる。それこそ、最初からそう言ってくれれば良かったのに……!」
「そ、そうだけど……なに? 急に笑い出して、怖い……」
「人間たちのエルフを見る目が厳しくなればなるほど、いくらエルフ側がここに留まりたいと思っても、元の世界に帰らざるを得なくなる」
集落のみんなが洗脳されてようがされていまいが。
ゴブリン氏はゆっくりと立ち上がる。「もしかして、シュルツさん……元の世界に帰りたいの?」
私は頷いた。「こんな不自然な状態、私は望まない。一刻も早く帰るべきだと思ってるよ」
「……やっぱり僕たちは出会うべくして出会ったんだな」とゴブリン氏の目に火が灯る。「シュルツさんは帰りたい、僕は追い出したい。利害は完璧に一致してる。そのためにやることは、エルフを徹底に嫌われるように仕向けるだけ。でも……」
またすぐ遠慮がちな目になり、上目遣いに私を見る。「それ、シュルツさんは出来る? 自分自身やルーツを否定するってことだよ?」
「出来るよ」と私は胸を張った。「皆を救うために悪者になるなんて、いくらでもやってやるわ」
私の言葉に、ゴブリン氏は大きく頷いた。
「そこまでの覚悟、僕も応えないわけにはいかないな……! よし、じゃあ今後はシュルツさんは覆面してもらってエルフ集落内通者のS氏として出演してもらおう……」
「そして私はエルフでありながらエルフを嫌い、糾弾し、エルフの内側や黒いつながりをたくさん暴き出し……」
「「エルフ排斥運動の嚆矢となる!!」」
と、声をそろえたところで私は再びゴブリン氏と握手をする。
この健康館が反撃の狼煙を上げる砦のように思えて、私は思わず武者震いをした。
(つづく)
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