第15話 凸

 ゴブリン氏の突然の来訪に、私は思わず立ち上がって、


「いつも楽しく拝見してます! 勉強させていただいてます!」


 と深く一礼をした。


 すると、ゴブリン氏は、「え?」と小さな声を出し、ちょっと黙り込んだ後、


「い、いたいた! エルフです! みなさん、やっぱりこの施設にエルフがいました!!」


 と、大声を上げながらスマホをこちらに向けてずいずいと歩いてくる。


「ちょっと、お兄ちゃん! まずは券売機で券買うんよ!」


 とプンスカ怒るリュウちゃんに、私は「まあまあ、ちょっと待ってて」とジェスチャーをしてなだめる。


 ゴブリン氏は動画で見る通り、若い男の人間であり、前にデカデカと「ゴブリンチャンネル 反権力 反エルフ 反魔力」と書かれたTシャツを着ている。


 想像したより小柄で、リュウちゃんより少し背が高いくらいだ。それにガリガリに痩せて不健康そう。


「うわ、背ぇ高い……耳がマジでエルフだ……そんで、見たところ、友好を装っているようですね……えっと、あの、お名前は……」


 なぜかゴブリン氏の手は震えている。


 私は正々堂々と、


「私はシュルツ。森を守護るエルフの一族だ」


 と答えた。


「シュルツさん! えっと、ではさっそく激論を交わしていきたいと思います!」


 と、ゴブリン氏はカメラを私に向けたまま、なにがしかのトークをする気らしい。


 が、そこから長い沈黙が流れる。


 私がこぼしたコーヒー牛乳を拭き終わるほどの長い沈黙が。


 そしてついに、


「あの、僕の動画見てるって言ってましたよね?」


「うん」


「お、怒ってたり、しません?」


 と、恐る恐る、私を上目遣いに見ながら訪ねた。


 怒るもなにも、私は関心しきりだったのだ。


 世界にはかくも深き陰謀が網の目のように張り巡らされているのかと心を打たれ、私の普段の行動にまでその影響は出ている。


 特に敵国の諜報機関がエルフを狙っているとか、さらに日本がエルフを外交的な切り札として利用しようとしているだとか、まさにそれしか考えられない! というものばかり。


「たしかにエルフを湧いて出て来た災厄のように言う口ぶりに最初は渋く思いもしたけど――」


「ヒッ」と短い声を出して、なぜかゴブリン氏は防御姿勢を取る。


「でも、私たちエルフと繋がろうとする人間どもがどれだけ愚かかということは良ーく分かったよ。マスコミ、行政、闇の深い芸能界、そしてそれらを操る大企業の黒幕たち……私たちエルフが気を許してはいけない連中のことが本当によくまとまっている」


 ゴブリン氏の顔が、ぱああ、と音を立てて明るくなっていく。


「そ、そうでしょうそうでしょう!? やっぱりエルフからもそう見えてるんですね! うわーーなんか気が合いそう! 僕反エルフなんだけど、シュルツさんとは気が合いそう!」


「私もゴブリン氏が他人だと思えないんだよね。ほんと、集落のみんなにこの話を聞かせてあげたいくらい」


「あれ……そういえば今日は一人? 転生してきたのって集落ごとなんだよね?」


「……あまり大きな声では言えないんだけど……」私は耳打ちをするようにスマホに近づいて、「実は、彼らは洗脳状態にある。私は彼らとはちょっと距離を取って、こうやって人里に紛れて、洗脳を解く方法を探してるの」


「……シュルツさん」


 と、ゴブリン氏が手を差し出した。


「僕が手伝ってあげますよ。僕だっていっぱしのYOUTUBERだ。このチャンネルを活用していろんな情報を集めることができる! そうすればみんなを助けてエルフは元の世界に帰り、かつこの世界の黒幕たちの本性を暴くことだってきっとできるはずだ!!」


「ゴブリン氏……!」


 私は差し出された手をグッと握り返した。


「いったッ もうちょっと友好的に……」


「ゴブリン氏がいればまさに百人力……! ぜひこれからもよろしく頼むよ……!」


 彼のような『真実が見える』存在がどれだけ貴重なことか。


 優秀な軍師に巡り合った王は、きっとこんな気分なのだろう。


 私たちは同盟の握手をスマホで大写しにして、生配信を終えた。




 □




「やった……! これだけの奇跡が起こったんだ、ついに、ついに僕も大YOUTUBERの仲間入りだ……!」


 とゴブリン氏は感極まっている。


 彼の快哉を横目に見つつ、放送後の視聴者数を見ると、


「2」


 となっている。


「ゴブリン氏、さっきの配信の人数だけど、ほら!」


「……」


 と、ゴブリン氏の動きが固まった。


「いつもは私だけで「1」なのだから、これはすごい進歩だな!」


「……」


 数字的にも倍になったことだ。


 これから先、氏の思想が受け入れられる土壌が整ったと言っても過言じゃないはず。


「あれ……ゴブリン氏……?」


 と、さっきから何もしゃべらないゴブリン氏は、「あああああ」と奇声を発しながらいきなり立ち上がって頭を掻きむしり始め、


「こっ……これだから人間はよォ~~~~~!! 何も、何も分かってないんだよなァ~~~~~!!!」


 と叫ぶと、そのままオイオイと泣き崩れてしまった。



(つづく)

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