第142話
◆
王都は混乱の最中にあった。
たびたび訪れる魔物の発生と、そのうえで暗躍する黒ずくめの集団――黒い曲芸団。
両方に対処するのは困難を極めていたし、その頻度が上がってきている。発生する魔物の数も場所も増えている。まるで今までのは肩ならしだとでもいうように。
今日も今日とて、新しい魔物が街中を闊歩している。
我が物顔で歩くそれを、スカビオサは何の感慨もなく切り捨てる。一匹一匹は大したことはないのだ。大勢にならなければ、一刀で足りる。
大きく息を吐いた。
剣が重い。
敵のせいではなく、武器のせいではなく、自分だけが原因。
リンクもマーガレットも、必死になってこの状況に対応しようとしている。
しかし、この混乱の最中にあって、自分の中にそこまで悲観的な思いがないことは自覚していた。
いいじゃないか、魔物がいつもと違う挙動を見せていたって。何人かが殺されてしまったって。
今回で学びを得た。
こういうことをするやつらがいる。そういう人間がいることがわかった。
今回はそんなやつらの目的を聞き出し、存在を明らかにするところまでやろう。そして、次回でそいつらを取り締まった状態で、続けよう。
そうすれば、魔物に殺された人も、眠れぬ夜を過ごす人もいなくなる。
全員が幸せのまま、過ごすことができる。
それこそが理想の世界。一番の世界。
だからむしろ、魔物に対して、もっと暴れろと思う自分もいた。
もっと滅茶苦茶にしてくれ。
もっと無残な状態にしてくれ。
リンクもマーガレットも今回を諦める様な、凄惨な世界にしてくれ。
そうなれば、私の背中から重荷が消える。脳内に建てられた墓標が消え失せる。私は”人間”を殺してはいないことになる。
――浅ましい。
そんな考えに至る自分を恥じる気持ちもある。
二人とも、あんなに必死なのに。喉を枯らして、身体に鞭うって、頑張っているのに。
私は二人と同じ歩幅で歩いてはいない。ともすれば、少しペースを遅らせて、足手まといになろうとも考えている。
――ああ、浅ましい。
これは優しさではなく、甘さだ。
他者への慈愛ではなく、自己への自愛だ。
自己嫌悪は積み重なって、また気分が悪くなる。
胃の中に何もないのに、吐き気がこみあげてきた。
誰もいない路地裏に入ると、涎を零した。案の定、透明な液体の他には何も出てきはしなかった。
「私は……」
何をしているんだろうか。
――こんな自分が嫌いだ。死んでしまいたい。この世界からいなくなってしまいたい。もう悩みたくも苦しみたくもない。今になれば、それを選んだリュカンが羨ましかった。
自分の剣を見つめる。
十字架に似たエクスカリバーという聖剣。これは誰のための十字架なのだろうか。
足音がした。
顔を上げると、ちょうと黒ずくめの人間が眼前を横切ったところだった。フードの奥に仮面が見える。その仮面の先、目と目が合った。
相手は即座に目を逸らした。逃げるように。
こっちは相手が誰か知らないが、あちらはスカビオサのことを知っている様子だった。
「誰だ!」
スカビオサは叫んで、エクスカリバーを手にして走り出した。
黒ずくめは走るペースを上げると、スカビオサから距離を取ろうとする。
「甘い」
スカビオサは霊装セクエンスを手にした。放り投げる。
この霊装には自動追尾の能力がある。どんなにぞんざいに扱っても、狙った相手を逃がさない。短剣は軽く放り投げたスカビオサの手を離れると、一直線に相手に向かっていった。
舌打ちが聞こえ、黒ずくめは腰から剣を引き抜いて、それを弾いた。同時に、足が止まる。
その一瞬の停止だけで、スカビオサには十分だった。
一気に距離を詰めると、霊装カラドボルグを虚空より引き出す。
相手の剣にぶつけると、その剣は遠くに弾き飛ばされていった。
「どこの誰か知らないけど、やりすぎ。私の前に顔を見せたのは失敗だったね」
いまだ自分の行先は決まらない。
だが、街を混乱に貶めている元凶を見てしまったなら、捕まえないという選択肢もなかった。
黒ずくめは身軽な身のこなしで、スカビオサから距離をとろうとする。
スカビオサは追撃する。エクスカリバーを振り抜く。剣先は相手の首を捉えていた。殺したら話を聞くことができない。途中で掻き消すつもりではあったが、脅しには有効だ。そのままビビって腰砕けになれ。
「――」
スカビオサは”身内殺し”。人を切り殺すことに躊躇いはないとされている。実際、その一閃には殺意が乗っていた。
だからよほどの死にたがりではない限り、何らかの行動を起こさないといけない。
果たして、黒づくめは手にナイフを握った。懐から出したわけでもない。虚空から生み出して、掴んだ。
それを後方に放り投げると、その場所へと身体の位置を変える。
エクスカリバーが宙を切った。
外した。
消すのも忘れていた。
それくらい、衝撃的な出来事だった。
「あなた……」
口が乾いていた。
その霊装を有しているのは、誰だったか。
「……アイビー」
小柄な存在は、フードを深くかぶり直した。
ナイフを上空高くに放り投げて、姿を消す。
路地裏に一人残されたスカビオサは、茫然をそれを見送ることしかできなかった。
「……全然、制御できていないじゃない、リンク」
やっぱり魔王は魔王だった。
アイビーはアイビーで、この世界の終焉を願っている。
どう足掻いたって、変わらないものがある。
彼女の思惑が、一番の例だ。
スカビオサの心に焔が沸き起こった。
「アイビぃぃぃぃぃ!!」
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