第10話






 ◆



 子供に聞かせられない話は、闇が世界を覆ってから行われる。


「アルゼルク騎士副団長」

「ドルク教師」

「クロウシス上級議員」

「バーゼンデルク男爵」


 その他もろもろの名前が読み上げられる。

 数十にも上る名前を書面上で確認して、セレズニア孤児院の修道士たちは息をついた。重い息はそのままその密閉された地下室の中で沈殿して、空気を澱ませる。


 蝋燭の火が揺蕩い、彼女たちの輪郭をゆっくりと揺らした。


「返す返すも、恐ろしいですね。ここまで多くの殿方、それも、国の重鎮たちを虜にするなんて。上客がついて喜んでいただけの数年前が懐かしいです」

「このことが公になるだけで、国が傾くわね。一介の修道士が背負う重荷ではないでしょう」

「上はなんて言ってるんですか?」

「あっちも困惑しているようね。上客へのフォローで手一杯みたい」


 ここでさらに一人が加わった。「見回り終わりました。皆、寝ています」扉を開いて中に入った修道士は、部屋の重苦しい雰囲気に息を飲んだ。


「ど、どうしたんですか?」


 一人が机の上を指差す。

 机上、散乱した書類。幾重にも積み重なったそれは、いずれも同じ依頼内容のものだった。


「……まさか」

「ええ、その通り。これ全部、マリアの身受け話よ」


 引きつった顔になる。


「見間違えでなければ、私は外に出たらこれを忘れないといけませんね」

「賢明ね。外でこれらの名を出せば、貴方は黄泉の世界へと旅立つでしょう」


 国の実権を担う、精鋭たち。

 あるいは、中枢に蔓延る薄暗い闇。

 それが大口を開けてマリアを求めていた。


「マリアは十歳。”売り”に出すにはまだ二年もある。それなのに、もうこんなにもマリアを手に入れたいと願う方たちがいるんです」

「それに、この書類だって綱渡りのようなもの。世間に知られれば、そしりは免れない。一族の破滅も免れませんわ」

「表上は人身売買を禁止している国なのに、まさかその国を動かしている人間が競売に参加しているなんて知られれば、失脚は間違いないですものね」

「けれど、そんなリスクを背負ってでもあの子がほしいって、そう言ってるのよ」


 修道士の一人は苦い顔をして、錠剤を口に放り込んだ。


「胃が痛くて仕方がないわ」

「動くお金は、……億、ですか?」

「まさか」


 笑う。


「さらに桁が違うと思うわ」


 しいん、と水を打ったかのように静かになる小部屋。

 誰も、言葉を発せなかった。


 宝玉だと思って大事に育っていたそれ。輝きは時を経るごとに強くなっていって、今やその輝きは持ち主の目を潰すほどに強くなっていた。


「”琥珀”が売られると、界隈では有名になっているわ」

「……後には引けないと、そういうことですね」

「ええ。腹をくくりましょう。他の子なんかどうでもいいわ。マリアを十全に出荷すること。それが私たちの義務にして、責務となりましょう」

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