第7話
その日は行ってきた新しい子は、いつもと毛色が違っていた。
泣くことも怒ることもない、何の感情も映さない瞳は同じだけれども、風貌は”特別”だった。
鼻の位置を中心として、髪、腕、足。それぞれが中心線に対して線対称になるように白と黒に染まっていた。髪の右側は白色、左側は黒色。腕は色が反転していて、足になると髪と同様の配色。まるで幼い子供の塗り絵のようだった。
顔は可愛い。肌の色は青白く、唇の赤が際立っていた。落ちくぼんだ瞳は、真っ黒で、何も映してはいない。
一目でわかった。この子もきっと、”特別”なのだと。
「新たに仲間になるシクロちゃんです。皆、仲よくしてね」
定型文の挨拶を交わした後、他の子はシクロから逃げる様に自分の仕事に戻っていった。
ほら、特別だ。
他の子たちは己と違うことを敏感に嗅ぎつける。特別の匂いを感じ取る。
私と同じ扱いに、心が火照る。
私は心の高揚を抑えきれないまま、彼女に近づいて行った。
「ねえ、シクロ。私はマリアっていうの。会えてうれしいわ。貴方も、”特別”なんでしょう?」
笑う。
シクロの視線が私の顔に移った。それから、すぐに興味を失ったかのように下を向く。
「……知らないです」
「知らないことないわ。だって、貴方の見た目、他の子と全然違うもの。それって、違うってことでしょう? 特別ってことでしょう?」
「私は、……必要なくなっただけなので」
シクロはぷいとそっぽを向いて、重い足取りで歩き去ってしまった。
「無視されたのに、なんで笑ってるの?」
イヴァンが私に近づいてきて、眉を寄せた。
笑ってる? 私が?
頬を触ると、確かに口角は吊り上がっていた。意識しないで表情が動くなんて、あんまりないのに。
でも、今回は理由がわかる気がした。
多分。
「特別な子と出会えたからね」
「……確かに、普通じゃないね、あの子」
「私と同じかもしれない」
「それは違うよ」
イヴァンは首を振る。
私は頷けなかった。
「なんで?」
「だって、マリアとシクロは全然違うもん」
「どう違うの? さっき普通じゃないって言ったよね? 私も普通じゃないのよ?」
「……むう」
「普通じゃないってことは、特別ってこと。特別ってことは、私と同じってこと。違う?」
イヴァンに顔を近づける。イヴァンは違うと思っているようだったが、言葉で説明できていなかった。「……そうかも」と白旗を挙げて身を引いた。
「だとしたら、私はシクロと仲良くならなくちゃ」
この不安の答えが、そこにあるかもしれない。
そう思うと、心が躍った。
◇
シクロは何もできなかった。
私と同い年らしいけれど、ろくに字は読めないし、走ればすぐに転ぶし、魔術は使用できない。修道士も呆れて何も言わないくらいだった。
でも、なんでもできないというのも、特別だと知った。誰でも何かしらはできる。長所がある。けれど、彼女にはそれがない。
すべてがこなせて、逆に長所がない私と一緒だった。
「ねえシクロ。どうして貴方の髪は二色なの?」
「ねえシクロ。どうして貴方は何もできないの?」
「ねえシクロ。私、貴方と仲良くなりたいの。どうすればいい?」
「ねえシクロ。貴方と私、同じだと思うの。同じ、”特別”だと思うの」
「ねえシクロ。私、貴方のこと好きよ。私と同じ特別だから。仲よくしましょう」
何度声をかけたかわからない。
最初は「そうですか」とか返事があったけれど、途中から何の反応も返さなくなったシクロ。それでも私は今日も声をかける。
ある日は、反応があった。
「私、貴方と違います」
どくんと心臓が音を立てた。
耳を塞ぎたくなるのを、なんとか堪えた。
「……なんで?」
「貴方みたいに周りから愛されているわけではないので」
掃除中、穏やかな光が庭には降り注いでいる。緑は生い茂り、風は優しい。
けれど、私の心境は真逆だった。
かがんで枯葉を集めるシクロ。その背中に、疑問符を投げかける。
「……わからないわ。どういう意味?」
「貴方は美しいです。なんでもできて、そこにいるだけで人を幸せにする。だから、特別なんでしょう」
ぎりぎり。
何かと思えば、歯を噛み締める音だった。自分の身体を慌てて止めて、笑顔を作った。
「……貴方だって美しいわ、シクロ。私、貴方の顔も髪も好きよ。何にもできないのも、何にもできると同じように特別になるんじゃないかしら」
「冗談でしょう。この見た目の何が美しいと?」
シクロが立ち上がって、私を見つめる。
真っすぐに私を射抜く黒い双眼、風に流れる二色の髪。怒りと悲しみ、髪色と同じ感情の視線。
初めて視線が交わされた気がした。
多分これは、嬉しいという気持ち。
「美しいわ」
思わず、言葉が零れ落ちる。
この子の前だと、私は私が制御できない。私ではない私が表に現れる。
でも、それこそが本当の私なのかもしれない。だから、ブレーキはかけなかった。本能のままに近づいて行って、シクロの頬に手を沿わせる。
「っ」
目を見開くシクロ。
私の手は彼女の髪に移っていた。
「こんなに綺麗な髪なのに、どうしてそんなことを言うの?」
白髪は陽の光を浴びて輝き、黒髪は重厚感をもって私の視界を埋め尽くす。寝不足なのか、黒い目の下には少し隈ができている。それでも、瞳は私を見つめて離さない。
カワイイ。可愛い可愛い可愛い。食べちゃいたい。
どくんどくんと心臓が脈を速めていく。
「他の子と違って、いえ、違うからかしら? こんなに美しい。なのに貴方は自分を否定するの? 不思議だわ」
私のように何もわからない存在じゃない。
こんなに可愛くて目立つ存在なのに。
明確な個性があって、何を不安に思うの?
「……マリア、やめて……」
顔と顔の間にもう距離はなかった。あと一歩踏み出せば接触するくらいに近い。そんな中、少し涙目になったシクロ、その口から弱弱しい声が漏れる。
脳が音を立てた。
爆発するような、燃え上がるような、気持ち。焦がれ、求め、奪い取りたくなる。
流石に怖くなって、私は身を引いた。
「ごめんなさい。でも、初めて私の名前呼んでくれたのね。嬉しい」
微笑む。
シクロの目が見開かれた。その青白い顔に朱が差した。
「私こそ、ごめんなさい」
互いにはにかみ合う。
その時から、シクロは私の言葉に答えてくれるようになった。相変わらず下を向いて歩いているが、私が声をかけると顔をあげて、私の顔を見てくれるようになった。
嬉しい。
嬉しいというのは、こういうことなんだ。
「私、売られたんです」
ある時、シクロは俯きながら話してくれた。
「うちは兄弟が多くてお金がなかったみたいで。産まれて少しして、親に売られたんです。魔術研究所の、人体実験の材料にされてたんです。色んな魔術をぶつけられて、薬飲まされて、この腕と髪はその後遺症らしいんです。もうやることは全部やって、……お払い箱だと言って、ここに預けられました。役立たずの私でも、好事家が買ってくれるだろうって」
かわいそう。
でも、ほんの少し、羨ましくて妬ましい。
「じゃあ、親のことは?」
「覚えてもいません。こうなってしまったら、私が元々どんな容姿だったかもわからないので、探しようもありません」
とっても、安心した。
やっぱり、シクロは私とおんなじだ。
特別で、独りぼっちの、女の子。
心の底から微笑めた。
「同じね、シクロ。私も親が誰だかわからないのよ。何者だったのか、何をしていたのか、全部。やっぱり一緒ね、私たち」
「……はい」
シクロは照れくさそうに笑った。
初めて見たシクロの笑顔に、胸が大きな音を立てた。
ああ、可愛い。
気が付くと、私はシクロを押し倒していた。シクロを仰向けにして、その上にまたがっていた。
脳が熱くて、どうにかなってしまいそう。
「……マリア?」
シクロの不安と困惑の入り混じった瞳に、私が映る。荒い息を吐き出し、草食動物を喰わんとする肉食動物のようだった。
これが、私?
不安と安心。相反する感情が水と油が混ざり合うときの様な、気味の悪い文様を作り上げる。
私は
「……なーんて。冗談よ。シクロが余りに可愛かったから、ちょっとからかったの。ごめんなさい」
身を引いて、微笑みかける。
「それ、違います。マリアの方が可愛いんです。百人いたら百人がそういいます」
「そんなことないわ」
「どうして信じてくれないんですか……」
呆れたため息。
私は笑いながら、少し自分が怖かった。
抑えきれなくなる情動。ブレーキをかけなかったら、何が起こるのだろうか。私は何に変わるのだろうか。
私がわからないから、どうしようもない。
これは、私が望んでいる姿なのだろうか。
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