第5話
ある日のこと、一人のメイドがマリアの所にやって来た。
「マニー、久しぶりだね。元気かい?」
マニーは15歳で女中として城にやって来た子だ。最初の頃はメイクもなし、ツギハギだらけの衣服に芋臭い子だったのだが、今ではメイクもセットもばっちりと決まった仕事ができるメイドだ。生活魔法も優秀で城に来て半年でメイドの昇格試験に受かった超絶エリートだ。と、ウィスタリアは思っている。みんなが考えるエリートとは生まれつきの貴族でギフト持ちの事だ。
「マリア、もうムリ。すごく忙しくて毎日戦争なの。給金も女中の事と1金しか違わないし、女中の頃が懐かしい…」
1金とは金貨1枚の事だ。
「大変なのは最初だけだよ。数ヶ月もすれば給金も倍になる。今が辛抱どころだよぉ」
「でも…私が貧しい家の出だからって、最近ものがなくなるって言われて私が疑われているようなの…」
「でも違うんだろう?」
「盗みなんかしないわ!」
「だったら堂々としていたらいいんだよ」
「ええ、そうよね。ありがとう。マリア」
「元気お出しよ」
マニーは少し笑顔になり職場に戻っていった。
「メイドも大変そうだよぉ、私も貧しい家だったからね、疑いの目を向けられるのは分かるよ。辛いだろうね…そう思うだろ?ウィスタリア」
まったく思わない。
貴族に生まれたのに女中になってすべての人から無視される方が辛いですよ、マリア。今のマニーだって私が目の前にいるのにまったく無視である。2年も女中にいるような私の事など最初から眼中にないのだ。マリアは女中頭という役職があるからね、その人に嫌われると昇格試験にすら参加させて貰えないからバカになんかしないのさ。
「そんな事よりウィスタリアはいつになったら昇格試験を受けられるようになるんだろうね。まったく…」
矛先がこっちに来た。女中として女中頭から合格点を貰わないと試験は受けられない。つまりマリアに合格点を貰わなければならないがウィスタリアはずっと合格点を貰えていない。
「マ、マリア、明日の午後はお休みを頂けますか?」
話を逸らすのは上手いウィスタリア
「ああ、月一の家族とのお茶会ってやつだろう?いいよ、いってきな」
「ありがとう、マリア」
女中に休みなどない。しかし、忙しくない日には用事があれば休みを貰う。ウィスタリアは月一で家族と会う約束をしている。マリアはウィスタリアの事を裕福な商人のお嬢様だとでも思っているのだろう。
▽
▽
「姉さま、今日はいい紅茶が入ったの。飲んでみて」
「ありがとう、バイオレット」
城のテラスにティーセットと茶菓子を用意して華やかなドレスを来たバイオレットがウィスタリアに紅茶を入れてくれる。
「今日はお父様もお母様も兄様もピアニーまで忙しいから来れないって言うのよ。月一のお茶会にすら来ないって何なのかしら!せっかく今日は私の部屋のテラス使用許可が下りたのに!」
原因はそれではないか…
「兄さまが来月の茶会には王都で流行りのデザートを買ってきてくれるそうよ。兄さまもピアニーも忙しいから。特に兄さまは今研究にのめり込んでいるでしょうしね」
ウィスタリアが兄の近況を説明する。
「聞いたわよ、兄様の開発した新薬の事でしょう?」
バイオレットは茶会の欠席の理由をまだ納得していない。
「栄養剤よ」
「でも兄様のギフトがいないと成立しないから今後の課題だって息巻いるようね」
「兄さまの研究が陽の目を浴びて嬉しいわ」
「姉さまはそんなのばっかりね、自分の事はどうなの?」
「私は相変わらずミスを連発して怒られてばかりよ」
「不思議よねぇ、どうして姉さまは自分の事は見えないのかしら」
「見えてるわ。可笑しな事言わないで」
「兄様の研究の事知っていたから、今回チャンスだと思って兄様に相談したんでしょ?」
伝手があるかもと思っていただけだ。
「そ、相談しただけよ?それを生かすも殺すもって事でしょう?私はダメなのよ。ついうっかり、そればっかりなの。そんな事より、バイオレット。キレイなドレスね。よく似合ってるわ」
「ありがとう、王女様にプレゼントして頂いたの。私には贅沢なものなんだけど…」
ウィスタリアの妹バイオレットは2歳下の21歳だ。ウィスタリアがメイドに落とされたと同時に入城してきた。今では王女様の侍女で侍女頭補佐だ。侍女頭がいないときは補佐に決定権が移る。異例の出世だ。バイオレットは昔から優秀な子だった。
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