第12話 primary8-1

「・・・・・・なんであんなド直球なんだよ?お前もっとうまく喋れるだろ?治験のプレゼンの時みたいに穏やかーに柔らかーくなんで出来ねぇかなぁ・・・俺が必死に茜に頼み込んでやったってのに・・・・・・あの後あいつのむくれよう凄かったんだぞ!?今朝もまだ根に持ってたし・・・・・・拗ねたら長ぇんだよ‥・・・ったく・・・・・・どーしてくれんだ」


研究所ラボにやって来るなり有栖川を見つけてクレームを落とした真尋が、乱暴に椅子を引いて自席に腰を下ろした。


ノートパソコンを立ち上げながら頬杖を突いて、後輩の雫にコーヒーと手を伸ばす。


室長が研究所ラボ立ち上げ当時に持ち込んだコーヒーメーカーの前に立っていた雫が、はいはいと返事をして紙カップに淹れたてのコーヒーを注いだ。


ごめん、姫俺も、と有栖川が追加注文をしたおかげで、自分のコーヒーを後回しにした雫が両手にコーヒーを持って席までやって来た。


そして、真尋の顔を見た途端げっと頬を引きつらせる。


「・・・・・・うーわ麻生さん機嫌悪っ・・・・・・あれ、有栖川さんもなんか不機嫌ですね?珍しい」


あまり機嫌が顔に出ない有栖川の表情の変化を察知したのか、はたまたオメガのなせる業なのか。


どちらにしても、機嫌は昨日の夜から頗る良くないことは確かだった。


「え、なに、お前も振られて不貞腐れてんの?」


途端面白そうな顔で真尋がこちらに身を乗り出してくる。


「え、有栖川さん振られたんですか!?ってか、彼女さん居たんですか?」


彼が懐に入れて大切に可愛がっている義妹兼恋人は、心底真尋に信頼を寄せていて且つべた惚れなので、多少拗れてもすぐにベタベタし始めることは確定している。


ので、どれだけ文句を言われても大して胸は痛まない。


好き勝手じゃれてくれ、というのが本音だ。


少しタイプは異なるが、麻生と茜のカップルは、妹夫婦を思い出させる。


「いないよ。てかなんで俺が振られた設定になってんのよ・・・・・・前向きな提案しただけでしょ」


別に告白したわけでもアプローチを仕掛けたわけでもあるまいし。


コーヒーありがとね、と雫にお礼を言って、最近の彼女のお気に入り銘柄であるオーガニックブレンドを啜る。


雫の趣味はお取り寄せグルメと、コスメチェックで、研究所ラボのコーヒー豆は毎回彼女が気の向くまま選んで取り寄せたものばかりだった。


「前向きって言う割には、ちょーっと率直過ぎたんじゃないの?なに、焦ってた?」


自分としては、あの場で伝えることのできる情報をわかりやすく提示したつもりだった。


それがどうして率直過ぎ、という感想になるのか。


「・・・・・・なんで」


「普段のお前なら、さわりだけやらかーく説明して、一度研究所ラボ見に来てくださいねーって持ってくだろ?」


オメガ療養所コクーンで入院中の療養患者の何人かに、治験についての説明を行って被験者登録を依頼することがある。


まだまだ全容の解明がなされていないオメガバースについて、少しでも多くのデータが欲しいのは研究者として当然のことだ。


当然義務ではないので、説明を受けて、研究所ラボを見学して貰い、希望者だけが被験者として治験に参加する事になる。


その点、今回の倉沢紗子へのオファーは完全なイレギュラーだった。


今回の件に関しては、真尋は完全に協力者で、有栖川一人が計画者だった。


「え、もしかして昨日の食事会って治験のお願いに行ってたんですか?」


「そうそう。ちょっと知り合いに気になる子がいてな」


「知り合い・・・・・・へー・・・珍しく一日研究所ラボで仕事してると思ったら、そういうことだったんですね」


「リモートワークが増えてる俺への嫌味か?姫。悔しかったらお前もさっさとイキのいいアルファ探せよ」


「もう9年も探してますよーだ」


んべえとしかめ面で舌を出す雫の子供っぽいところは相変わらずだ。


「彼女、麻生と橘田さんの知り合いだし、そこまで丁寧にしなくても問題ないでしょ。基礎知識はあるだろうし」


「いや、それにしたってさぁ」


「気が向いたら来るでしょ。来なかったらまた別のオメガ探すよ。どうせオメガ療養所コクーンには溢れてるわけだし」


わざと適当な返事を返したのは、彼女がそのうちメディカルセンターを訪れるだろうという確信があったから。


だから、昨夜からずっと苛立ちが治まらない。


が、それをいちいち同僚に説明するつもりもなかった。


自分の中でくすぶっている感情の名前を、知っているからだ。


「・・・・・・お前ほんっと機嫌悪いな」


まじまじと顔色を伺ってきた真尋が、これ以上突っ込むと地雷を踏むことになるなと悟って賢明にパソコンへと向き直った。


こういうところは察しが良いから助かる。


不用意に踏み込んでこない距離感が絶妙で、だから研究所ラボも居心地が良い。


問われても答えられないことのほうが多い出自を持つ有栖川は、自分のことを話すのが苦手だ。


語れるほど爽やかな青春時代を送ったこともなければ、分かりやすく擦れたこともない。


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