第56話「進撃のミンチ伯爵」

 王国南方軍を主体とした、反乱鎮圧軍はまたたく間にレギオンの街を占拠した。

 凱旋将軍気分で威風堂々と進軍しているミンチ伯爵は、勝った勝ったと大はしゃぎだ。


 今回の鎮圧軍の将軍を務めるミンチ伯爵は立派な顎髭を蓄え、綺羅びやかな勲章を胸にたくさんぶら下げている見た目だけは豪壮に見える大貴族だが、頭の中身はからっぽであった。

 まあそこは、担ぐ神輿みこしは軽い方がいいと昔から相場は決まっている。


「ガハハッ、勝った勝った! 弱肉強食とはこのことか!」

「さようですな、ミンチ将軍閣下」


 弱肉強食ってなんだ? と疑問に思ったが、付き合いの長い幕僚はおそらく鎧袖一触がいしゅういっしょくと言いたかったのだろうと察した。

 いや、鎧袖一触だとしてもまだ戦闘自体をしてないのだが、ミンチ伯爵に何を言っても無駄なのでへつらってポイントを稼いでおくしかない。


 相手は、あの常勝不敗と言われる天才軍師ハルトなのだ。

 重要拠点であるレギオンをやすやすと明け渡したのはいかにも不可解だった。


 敵によほどの理由があるのか、それとも何かの罠なのかと警戒しなければならないところだが、ミンチ伯爵にそんな頭はない。

 大貴族の家に生まれて何不自由なく過ごし、今度は名誉が欲しくて無謀な戦争を繰り返す凡愚を絵に書いたようなミンチ伯爵に何を言っても無駄だとわかっている。


 そういうミンチ伯爵より自分を賢いと思い込んでいる取り巻きの幕僚たちも、結局は凡庸な貴族士官であったりするので、警戒するだけで具体的には何もできない。

 戦勝に気を良くしたミンチ伯爵は、一人で気分良くしゃべっている。


「それにしても、なんだったか軍師ラスタン殿の言っていた、うーむ。そうだ、手段のためには目的は正当化される! だったな」

「目的のためには手段をです、閣下」


「そうそう、それ! 主家筋の姫将軍ルクレティアを討つのは心苦しいことだが、これも、えっと、戦国の世の極楽鳥というやつだ」

下剋上げこくじょうです、閣下」


 もう相づちも適当になっていく。

 ミンチ伯爵は、ラスタンの言葉の受け売りを繰り返しているだけなのだ。


 自分で操り人形だと宣伝してまわっているようなものだ。

 そんなことも気づかず、ミンチ伯爵は立派な髭をさすりながら満足気につぶやく。


「ラスタン殿の計略ゆえ、姫は助けられんが、軍師ハルトはワシの評判を守ってくれた。その才幹は惜しいというものだ。生かして捕らえ、助命嘆願くらいはしてやってもよい」

「さすがミンチ将軍閣下、寛大なご配慮ですな」


 大要塞の手前の街を取っただけで、すでに勝ったつもりでいるか。

 のんきなものだと幕僚は苦笑する。


 幕僚としては、ミンチ伯爵にかまっている暇はない。

 むしろ、街を接収してからが大変なのだ。


 今日は屋根のあるところで眠れるだけありがたいが、今からここを本陣とする手配はかなり骨が折れる。


「反逆者の街とはいえ、同じ王国民だ。民への乱暴や略奪はするなよ」


 味方の街を襲っておいて、ミンチ伯爵はいまさら寛大ぶっている。

 その、民そのものが消えてなくなっているのだが、なんでこの人は不審に思わないんだろうなと幕僚は頭をかく。


 避難したにしても、鮮やかすぎる。

 まるでこちらが攻めてくるのを待ち構えていたかのようでないか。


「街の食料庫は、当然押さえてもよろしいですよね」


 三万もの兵の食料を用意しなければならない。

 ミンチ伯爵の軍は兵站官も凡庸であるので、街の備蓄も奪わなければ、それだけの数の兵を食わせられない。


「それは、飯がないと兵士は動けんから構わんが……なんだ?」


 ボーンと、遠くで大きな爆発音が聞こえた。

 その音は、一撃では止むこと無く、街のいたるところから聞こえてくる。


 続いて建物の上から連なった銃声が響く。


「な、なんだ。何が起きた!」

「早く報告せよ!」


 呆然としているミンチ伯爵はもとより、無能な官僚たちも兵士に向かって報告せよしか言えない。

 これが、ミンチ伯爵率いる反乱鎮圧軍の地獄の始まりであった。

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