2日目 深夜 塩漬け

昨日と同様の牛乳を買い、僕が伊豆奈を待っていると


「ごめ〜ん!時間かかっちゃった〜」


と伊豆奈が小走りでこちらに向かってきた。

僕は彼女にフッと笑いかけて


「大丈夫。それより、さっき買ったから一緒に飲も」


といって牛乳を差し出した。


「うん!ありがとう。じゃあ、いただきます」

「うん。あ、お金は返さなくっていいからね」


「は〜い」と伊豆奈は言って、牛乳を可愛らしく飲み始めた。その様子を見ながら僕も牛乳を飲んだ。


「…ぷはぁ〜。こうしてると、温泉に来たって思うね〜」

「うん。…ぷはぁ。美味しい」


昨日と同様に飲み干した後、近くにいた女将さんに「晩御飯の用意ができました」と言われたので、食事場に2人で行くことにした。

メニューは昨日と違っていて、特に舟盛りなんかはヒラメの刺身がこれでもかと舟盛りにされていた。

当然、不味いわけもなく。新鮮な海の幸を今日も堪能した。


そして夜。僕らは昨日と同じように敷かれていた布団に入った。


「楽しかった〜。また来年もこよ!」

「そうだね。今度はそうだな…ボートでも持ってきてみよっか」

「後、今度は絶対に起こしてね?」

「わかった」


と言いながら、僕はきっと起こさないんだろうなと思った。

昨日同様。伊豆奈は僕の布団にモゾモゾと入ってきたから、僕は対面を向くように寝返りを打った。

手を回してきた。昨日と同じようにだけれど、違うのは、その回した手は首を掴んでいた。


「…あのさ、ちょっと、したいことがあって…」

「何かな?」

「…ん」


伊豆奈は僕にキスをした。今更キスぐらい、と思い始めたところで違和感に気がついた。

10秒。20秒。いくら経っても、伊豆奈は離れない。

40秒。1分。伊豆奈のにおいも、慣れてしまう。

2分。3分経ったところで、伊豆奈が口を開いた。


「このまま、寝てみたい。侑斗くんに包まれて。侑斗くんを抱きしめて。幸せを体いっぱいに感じながら寝たい…」

「…いいよ。じゃあ、このまま寝よっか」


伊豆奈は「えへへ」と笑って。そのまま目を閉じた。

スゥ…と寝息を立てる伊豆奈と0距離で。僕はかわいいを抱きしめながら、これから向かう場所に向けてのやる気とやりがいを補充した。


深夜、伊豆奈も1番深い眠りについた頃。僕はこっそりと抜け出し、海岸へと向かった。

車が一台。すでに到着していたのを確認し、少し小走りで近づいた。


「ちゃんといる?」

「はい。もちろん」


後ろのドアを開けると、昨日の肉塊と、今日話しかけてきた虫がちゃんといた。


「んんん…」

「んんんんんん!んん!」

「じゃあ、いこっか」


僕は友達にボートを運んでもらい、その上に肉塊と虫を詰め込んで出発した。

今日は綺麗な満月だ。綺麗な月明かりの下、綺麗な星空が反射した潮風の上を走っていく。そうして僕らは海上のど真ん中までやってきた。


「じゃあ、全部捨てて」

「はい」


友達にそういうと、彼らは手際よく海に肉塊を放りさっていった。

その様子を見た虫どもが「ンンンンンンン!」と何かを察したように暴れた。


「うるさいなぁ…」

「黙らせますか?」

「うんうん。いい。面倒くさいからさ」


僕は気にせずに肉塊をすべて海に放り投げた。


「さて。君たち。今までのこと。ものすべてを見て、言い残したいことはある?」


口に貼っていたガムテープを取る。彼らは、ガタガタと固まっていた。


「…まあ、黙ってるってことは何もないってことかな」


僕は彼らの肩に手をかける。


「んんんんん!んんんんんんんんんんんんん!」


首を千切れんばかりにぶるぶると振るけど、構わず僕は力を込めた。

重心がゆっくりと後ろへ倒れていく。倒れるたびに、その首の勢いは激しくなる。

やがて重心が完全に後ろになった時。彼に僕は


「来世来世。まだあるって」


と励ましの言葉を送ってやった。


一筋の風が強く吹き抜けていく。潮風には無駄な匂いは全く乗っていない。

それもそうだ。だって、僕はその害を僕らの愛のように深い深い海の底に沈めたのだから。血の匂いも、取られてしまうかもしれないクズの匂いも澄み切った潮風に乗せてたまるか。

そう考えながら僕は部屋に戻った。伊豆奈はまだぐっすりと眠っている。その隣に寝転がり、僕は伊豆奈を抱きしめる。

改めて抱きしめると、伊豆奈の体温はやや冷たく、だけどとても暖かくて。僕はその儚い体を誰かに壊させないように大切に抱きしめた。


キスは、起きるまで続けよう。

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