親子愛と恋愛

「…それで、朝のあれはどういうことだよ」

「あれって…なにが?」


学校に来てすぐ。拓哉は開口一番にそう問いてきた。


「とぼけんな。朝のあれのことだよ」

「あれ?」

「お前、あそこまではベタベタじゃなかったじゃねぇか」


今朝は、伊豆奈と二人。腕を絡めあいながら登校してきた。

ただそれだけなんだけど…。一体それの何が彼の心に引っかかったんだろうか…。


「ふざけんな。お前、本当にやってしまおうか?」


彼は久しぶりにはんだごてを取り出してきた。


「おう…久しぶりに見たな。できれば二度と学校に持ち寄ってほしくないんだが?」

「うるせぇ。今度こそお前の喉焼き切ってやる」


なんとかしてなだめ、そのままSTの時間へとなった。


「え~わかってると思うが、明日からお前らは夏休みだ。ただ、夏休みだと思って勉強をサボるんじゃないぞ~。特に…」


と、そこまで利益のない話を右から入れもせずにボーっと夏休みに何をしようかを考えた。

伊豆奈と一緒に旅行にでも行きたいな。まずはどこに行こうか。伊豆奈の楽しそうな顔が見れるところに行きたいな…。


「…。侑斗。聞いてるか?」

「水族館は暗いかな…」

「よし、聞いてないな」


……。

この後、俺は結構怒られた。



そして迎えた次の日。朝の7時にいつもと変わらず伊豆奈がやってきていた。


「…その大荷物はどうしたの?」


伊豆奈はキャリーケースいっぱいに荷物を詰め、それとは別のバッグに日焼け止めやらを入れて持ってきていた。


「先輩!今日、明日、明後日暇なんですよね!?」

「ま、まあ特に予定はないけれど…」


伊豆奈は顔いっぱいに笑顔を咲かせ


「旅行に行きましょう!大丈夫です。両親の許可は取ってあります!」


と、心が飛び跳ねる提案をしてきた。


「え、でも俺何の用意も…」

「そう思って、お母さん旅行用具まとめておいたわ」


指さす場所には僕のキャリーケースと外出用のバッグがあった。


「…まあ、それならいいけど…」

「やったー!それじゃあ、早く食べてくださいね♡」


そう言って伊豆奈は嬉しそうにてくてくとリビングに歩いて行った。


「…可愛い彼女やね~…あんたにゃもったいないんとちゃう?」

「うるさい」

「…ほんと、立派に育ったねぇ」


そうしみじみいう母親に、少なからず感動を覚えた。

ここまで育てくれた親にはかなり感謝している。おかげで、あんなに可愛い彼女が出来て、今の日々は不安ながらもとても充実したものになっている。


「…ごちそうさま。じゃあ、行ってくる」

「ちょっと待ちなさい」


呼び止められて、振り返る。母親は財布を忙しく探った後、十枚ほど諭吉を手渡してきた。


「え、こんなにはいらないって…」

「いいから。これでちょっとはええとこ見してき」


いったいったと背中を押し出す母親。その声色は、少し寂しそうでもあって。感謝をより一層深めた僕だった。



「お待たせ、伊豆奈」

「うん!じゃあいこっか!」


僕らはそれから二人並んで駅へと歩き出した。


「そういえば、泊るところとか、いろいろ決まってるの?」

「うん!えっとね、今日はまず水族館に行って、それから海の近くのホテルに泊まる!」


楽しみで仕方がない子供のように無邪気に言う伊豆奈。僕はそんな彼女の話を笑顔でしっかりとすべて聞いた。

この旅行ぐらいは、どうか平和に終わって下さいと。僕はただただそう願った。

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