第270話 住民の怒りと私の恨み
兵の話を聞いて顔つきが変わってしまった私を見て、王弟殿下が話しかけて来た。
「サラシナ侯、人非人への怒りはもっともだが、今はやるべきことを優先すべきではないかね?」
「…その通りです。怒ってる暇があったら、一刻も早く変質魔素の流出を止めて、虐げられた人たちが安心して暮らせる環境を提供しなきゃ」
「よろしい。では次の場所に移動してくれたまえ」
「はい」
危なかった。王弟殿下が止めてくれなきゃ、怒りに飲まれるところだった。
あんな愚か者たちに怒ってるより、変質魔素を止めることや、住民たちの環境改善の方がよほど大切だ。
うん。優先順位、間違えないようにしなきゃ。
城下の四箇所を回って全ての魔素吸収魔法陣を破壊し、王城に帰って来たら城門で揉め事発生。
貴族っぽい服装の奴らが、城の兵と町の住民に囲まれてた。
屋敷の冷房が止まって照明が消えたから、何かあったかと王城に確認に来たら、国際会議側に付いた城の兵に止められて言い争いに。
その内容を聞いた住民たちが王族たちの捕縛を知り、貴族たちに恨みを持つ住民に囲まれたってところか。
貴族の護衛らしき奴らが剣を抜いて威嚇してるから包囲網は狭まってないけど、双方とも怒鳴り合ってる。
怒りが威嚇に対する恐怖を凌駕したら、双方ろくなことにはならない。
空を飛ぶ私達が近付いたことで驚き、少しだけ怒りのボルテージが下がった。
「住民のみんなに聞きたいんだけど、こいつらって犯罪者?」
「「…」」
私の問いかけに、顔を見合わせて小声で話し合う住民たち。
犯罪者かと聞かれて、即座に罪を明確に指摘できる人は少ない。
だけど――
「お、俺の娘は、そいつのせいで自殺したんだ!」
「私の息子も、そいつらに連れて行かれて帰って来ないわ!」
「うちの弟もだ!」
「そうなんだ。私はこの国の権力者たちに、人殺しをさせられた」
ボルテージが再度上がりかけたところに差し込まれた私の言葉に、一瞬黙る住民たち。
私は囲まれている貴族と護衛たちを吊り上げ、声と武器を奪った。
そして、驚く住民たちに話しかける。
「だからこの国の権力者たちには、いくら恨んでも恨みきれない恨みがある。私に人殺しをさせた奴らには、一生苦しみを与え続けてやる。さっき私たちは、王都を囲んでた魔獣を殲滅して来た。この国の権力者を助けることにもなるからものすごくやりたくなかったけど、権力者を捕まえて罪を明らかにしないと、誰を恨んで苦しめればいいのか分からないから、仕方なくやったの。魔獣に殺されて楽に死なせるなんて、絶対許せない。生かして生かして、生かし続けて苦しみの中に置き続けてやる」
私の恨みが理解できたのか、それとも外の魔獣がいなくなったことを初めて知ったからか、住民たちは声を無くした。
「この少女はこう言っておる。この国の権力者どもを捕まえて罪を明白にせねば、この少女は恨みの対象を特定して仕返しすることができないのだ。我は国際会議議長として、必ず罪を暴いて白日の下に晒すと約束する。其方らが恨む対象は明白かもしれんが、それをやらせた者が他におるかもしれん。だから全ての罪を暴くために、こ奴らは我々の手で捕まえさせてくれ」
住民からの返事はない。
だけどここは捕縛を優先すべきだ。
空中から一人ずつ城の前の兵に移動させ、捕縛していってもらう。
「住民たちよ。城の王族や上位貴族たちはすでに捕縛した。この少女らの手によって、外の魔獣は一掃された。港町には支援物資を積んだ船が来ておる。これより街道の魔獣を排除して流通を再開させ、物資の配分や次回支援物資の品目策定、支援体制づくり、捕縛者たちの罪状確定、旧体制のままの他都市との折衝など、山のような難事が待ち構えておる。この国は変わる。しかしそれには国民の協力が不可欠だ。良い国になるも荒れ果てて亡国となるも国民次第。諸君らには、次代に繋ぐべき良き選択を望む」
突然演説ぶちかましてから、目線で私に移動を促す王弟殿下。
はいはい、中庭に移動します。
城内の一室を借り、各国代表は今後の対応を協議。
当初は監査に来て変質魔素を止め、主犯を捕縛して帰るはずだった。
だけど関係者全員牢にブチ込んじゃったから、首都の統治行政機能は麻痺してる。
私たちがクーデターをそそのかしたようなものだから『後はよろしく』なんて無責任、できるわけがない。
城門でも王弟殿下が言ってたけど、山のような事後処理がある。
会議で方針決めるのは当然だ。
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