第70話 ふたりだけの世界③

 爆炎が散っていく。その場には灰と二人の男だけが残された。


 先ほどとは一転、スーパーの中は水を打ったように静まり返っていた。


「ぐっ……」


 幸は力を使い果たしたようにその場に片膝をついた。


「決着だ。」


 その声は幸の背後から聞こえた。幸が振り返ると、そこには顔や手足の至る所に火傷を負い、ひどく憔悴しているヴォルキアの姿があった。


「………………」


「……ぎりぎりだった。炎に完全に焼かれる前に脱出することが出来た。もし、あとほんのわずかでも遅れていたら俺は死んでいた。」


「……だろうな。」


「……だが、。」


 そう言うとヴォルキアは自分の両手を眺めた後、だらんと力なく両腕を降ろした。


「お前の勝利だ。立花幸。」


 直後、ヴォルキアの口から出てきたのは己の敗北宣言だった。


「……狙ったのか?」


「何のことだ?」


「この両腕だ。俺は爆炎だけに気を取られていた。接触による危険があるのは俺もお前も変わらなかったというのにな。」


「……お前を逃がさないために可能な限り出力を下げないようにはしてた。そこまで深い傷になったのは少し想定外だったけど。」


「ふっ……おかげで腕を上げるのも一苦労だ。戦闘に使えるようになるにはかなりの休息が……いや、もうその必要はないか。残念ではあるが、仕方ない。」


「………………」


「一つ、聞かせてくれ。あの爆炎はどうやって起こした。お前の攻撃の中であの一手だけがどうしても分からなかった。」


「……当然だ。お前たちの世界にはない法則かもしれないからな。」


「法則?」


「粉塵爆発って言ってな。さっきお前に被せた粉とか棚ごとぶん投げた粉とか……あぁいう燃やせる粉を空中に散らせて火をつけるとあっという間に火が回るんだ。」


「ははっ、なるほどな。」


「こういうこっちの世界で見つけられた化学法則とかは多分お前らの頭にはないと思った。いくらこっちの世界を調査してたとしても、こんなの勉強してる変態はいないだろ。」


「……まぁな。」


「……すまなかった。」


「……? 何のことだ?」


「俺は力と力の真っ向勝負でお前に応えたかった。その上で勝ちたかった。お前が……そう導いてくれたから。でも、俺にはそれだけの力はなかった。結局、こんなだまし討ちみたいな結果に……」


「はっはっは!! そんなことを気にしていたのか! お前は賢いが、少々善人が過ぎる。多少、の影響もあるかもしれんな。」


 ひとしきり大笑いした後、ヴォルキアは諭すような口調で幸に語り掛けた。


「いいか、立花幸。。戦闘というのは理不尽の押し付け合いだ。いかに自分の有利な状況へもっていくか……拳を交える以前に戦いは始まっているのだ。実際俺も速度という自分の土俵に持ち込んだ。しかし、お前はその状況においても十二分に力を発揮した。対して俺がお前の土俵に上がった途端、俺はすべての対応が後手に回ってしまった。そもそもお前の土俵で戦うこと自体が間違いだった。」


「………………」


「だが、そもそも土俵に上がった時点で卑怯などという概念は俺の中にはない。それを選択したのは他でもない俺自身なのだから。どんな手で来ようとも叩き潰せると、俺は驕っていた。ただそれだけの話だ。」


「違う!! お前は俺の全力を引き出してくれたんだ! 俺を、成長させてくれたんだ……!」


「……買い被り過ぎだ。俺は俺自身の快楽のためにお前を利用していたにすぎない。必要以上に敵を理解しようとしない方がいい。お前自身を苦しめるだけだ。」


 そこまで言うとヴォルキアは満足した様子で目を閉じ、深呼吸した。


「だが、お前のような戦士の心に俺という存在を刻めたのなら、その事実が何よりも俺にとっては誇らしい。さぁ、そろそろ終わらせろ。未練などない。一思いに頼む。」


「……あぁ。」


 そう答えて幸はヴォルキアに近づいていく。ヴォルキアのすぐ前まで来たところで幸は右手に炎を灯す。


(……こいつ、本当に死ぬ気だ。魔力を微塵も感じない。ストラみたいな往生際の悪さがない。これで……この結果で本当に満足なんだ。)


「あぁ、そうだ。一つ言い忘れていた。」


「……?」


「なに、そう大したことじゃない。今更こんなことを言っても何にもならないことも分かってる。ただ、一言お前には謝っておきたかった。」


「謝る……?」


「お前の肉親についてだ。」


「!!」


 その言葉を聞いた瞬間、幸は全身の血が一気に冷たくなったように感じた。怒りと憎悪を何とか抑え込み、震える声で幸は答えた。


「……どういう意味だ。」


「お前は先の戦いで父を失った。俺も見ていたよ。だが、娯楽目的ではない。俺は俺が戦う相手が何を背負って戦場に来るのかを純粋に知りたかった。」


「……それで?」


「……怒りを覚えたよ。俺たちの陣営ではあったが、敬意も矜持も感じない最低な策だと感じた。俺は、こんな外道に仕えるのかと心底絶望した。もしも俺が自由の身であったならば間違いなく、お前らに与していただろう。」


「………………」


「お前の父は尊敬に値する偉大な男だった。心からそう思う。」


「………………」


「すまなかった。この謝罪も俺の自己満足だ。結局のところ、お前との戦いに心を躍らせていた事実に変わりはない。俺も同じく外道なのだ。だからこそ、この結果に俺は満足している。強くなってくれ、立花幸。そして、畜生の糞にも劣るようなこの物語を終わらせろ。もっとも、俺がわざわざ言うまでも無いだろうが。」


「……そうだな。」


「……喋り過ぎたな。今度こそもう言い残すことはない。頼む。」


 幸の右手の炎が段々と大きくなっていく。ヴォルキアはその様を見て、己の死期を悟る。


(後悔はない。外道に堕ちたこの身には十分すぎるほど幸福な時間だった。)


 迫りくる熱に対して目を瞑り、ヴォルキアは静かに微笑んだ。


(さらばだ、立花幸。お前の未来に希望があらんことを────)




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 ………………




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或る大学生の英雄譚 曖昧もこ @EggLove

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