第81話 つまり、トラブルの香りがするってこと
さすがにみんなを連れて町中を行くのは目立つので、今は還ってもらっている。ちょっと心細いが、隣に剣聖スキルを持つレナードお兄様がいるので大丈夫だろう。今の俺は魔法も使えないただのザコだからね。トホホ。もっと剣術の練習をしておくべきだったかな? でも才能がないんだよね。
「見えて来たぞルーファス。この宿場町で最大の大通りだ」
「活気があって、とてもにぎやかですね」
俺が落ち込んでいることに気がついたのだろう。レナードお兄様が明るい声で話しかけてきた。
いかん、いかん。暗い顔などしてはいかん。ただでさえ、宿へ戻ったら護衛の人たちに怒られるようなことをしているんだ。それならば、今を全力で楽しまなければもったいない。
「王都の大通りに比べると物足りないかもしれないけど、それでもこの規模の通りはなかなかないよ」
「そうなのですね。王都の大通りには行ったことがないので、機会があれば行ってみたいところです」
王都へ出かけたことはあるが、大通りには行ったことがなかった。見ての通り俺はまだ子供だし、大通りで迷子になると思われたのだろう。人の通りが多いということは、悪いことを考える人が隠れるのにもちょうどよいからね。木を隠すなら森の中である。
「そうだったのか。それじゃ、王都に帰ってきたら、大通りに連れて行ってあげよう」
「楽しみにしてますね」
楽しみだな、王都の大通り。俺たちは手をつないで宿場町の大通りを進んだ。ちょっと恥ずかしいが、保護者であるレナードお兄様に従っておく。レナードお兄様の指示に従うって約束したからね。
この宿場町は王都とフルート公爵領をつなぐ主要箇所にあるだけあって、人も物も盛んに行き交っているようだ。そのため軒を連ねているお店にも様々な物が並んでいる。
「果物って、あんな風に売られているのですね」
「あのカゴ一杯につき料金を払う仕組みなんだよ」
「種類は関係ないとか、かなりおおざっぱですね」
「一つ一つの種類を確認して計算するのは大変だろうからね。そんなことをしていたら、日が暮れちゃうよ」
さも当然かのようにレナードお兄様がそう言った。それもそうか。計算機なんてものはまだないだろうからね。手計算でやるのには限界がある。間違いも多くなるだろうし、そうなると客とのトラブルも増える。その辺りを考えた結果、今のような売り方になったのだろう。
勉強になるなぁと思いながら進むと、レナードお兄様の動きが止まった。どうしたのかな?
レナードお兄様の見つめる先にはちょっとした飲み屋があった。まさか、あそこに入ろうとか思ってないよね? 大丈夫なのだろうか。
「ルーファス、あの店に入ってもいいかい?」
「それはもちろん構いませんけど、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。あの手の店にはジュースも置いてあるからね」
これは別の場所でも飲み屋に行ったことがあるな。店に入ったレナードお兄様は迷わずカウンター席に座った。そこはもちろん、大将と世間話をすることができる絶好のポジションである。
まさかレナードお兄様、そのためにここに来たのかな?
「串焼きとエールを。こっちには……」
「オレンジジュースをお願いします」
「はいよ」
ちょっといぶかしむような顔をした大将だったが、すぐに人のよさそうな顔つきになった。なかなかの商売人だな。俺たちの姿がやけに整っていることに気がついているのだろうが、この対応である。まさに、触らぬ神にたたりなし。
ゆっくりと味わいながら串焼きを食べるレナードお兄様。それに合わせて俺も食べる。
ニヤリとした表情を浮かべたレナードお兄様がコッソリと聞いてきた。
「どうやらルーファスは俺が何をするためにここに来たのか、気がついているみたいだね?」
「えっと、何か情報を集めにきたのではないですか?」
「正解。さっき大通りを歩いているときに、気になる会話が耳に入ってね。どうもこの近くに見慣れない魔物が出没しているみたいなんだよ」
「まさか」
このまさかには二重の意味がある。この近くに見慣れない魔物がいることに対する”まさか”と、レナードお兄様がいつの間にかその情報を手に入れていたことに対する”まさか”である。
俺の耳にはそんな話は入ってこなかったぞ。
「やっぱりルーファスもそう思うかい? そんな魔物がいるはずがないんだよね。そもそもどこから来たって話だよ」
「そ、そうですね」
どうやらレナードお兄様は大きな勘違いをしているようだ。そう思うも何も、そんな話、今聞いたばかりだぞ。どうしてそうなった。
レナードお兄様の中で俺はどんな弟像になっているのか。とても気になる。
「周りで飲んでいる人たちの話を聞いた限りでは、意見が分かれているみたいだな。聞いたことがある、とか実際に見たことがある、なんて言っている人もいるようだ」
人それを盗み聞きと言う。そしてどうやらレナードお兄様は地獄耳のようである。レナードお兄様の悪口を言うのは控えておいた方がよさそうだ。
意見がバラバラということは、やっぱりただのウワサなのだろう。そう思っていたのだが。
「大将、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、この辺りに見慣れない魔物が出るんだって?」
「ああ、最近、そんな話を聞くな。商人が襲われて荷物がダメになったって話を聞いたぜ。クマみたいな大きさだったらしい。それに子供も引き連れていたとか」
「それは気をつけないといけないね」
そう言ったレナードお兄様の顔はどこかワクワクした様子だった。もしかして、未知の魔物に出会えそうなのでうれしいのかな? 俺はあんまり魔物には会いたくないんですけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。