第77話 つまり、名前だけじゃ分からないってこと

 出発までにはあまり時間がない。そうなると、レナードお兄様はとっても忙しいはずだ。そんなわけで、レナードお兄様から主要人物の人物像を聞くのはやめておいた。

 ちょっとホッとしたような表情をしたレナードお兄様は、お茶と一緒に出したプリンをペロリと食べると、自分の仕事へと戻って行った。


 俺は仕事の手を一旦止めてから、先ほど渡された紙を確認する。

 フムフム、なるほどなるほど。騎士団に所属しているレナードお兄様が行くということで、フルート公爵が所持している騎士団の訓練視察があるようだ。詳しくは書かれていないが、指導なんかもあるのかもしれない。


 それで俺はその間にフルート公爵家と領都の見学か。フルート公爵家の見学はまだいいとして、領都見学は大丈夫なのかな? いや、こんなことを言ってはフルート公爵に失礼か。しっかりと領都が安全であることをアピールしたいのだろうからね。


 そのあとはレナードお兄様と一緒に領都から出て、近くの町や村を巡回するようだ。こちらはフルート公爵家の権力をアピールするのが狙いのようだ。フルート公爵家のメンバーが加わり、一緒に行動することになる。

 そしてその中にはもちろん、鉱山見学も含まれている。


「うーん、これはしっかりと顔と名前を覚えておく必要があるな。周辺の貴族を招いたパーティーもあるみたいだし。ダンスの復習もしておかないといけないか」


 剣術は苦手だが、ダンスはそれなりに頑張っていた。だって相手の女の子に恥をかかせるわけにはいかないし、俺だって女の子にいいところを見せたいのだ。

 よし、お母様とギリアムお兄様の力を借りよう。まずはギリアムお兄様のところへ行くか。魔道具のことも気になっているだろうからね。


「ギリアムお兄様のところへ行ってくる。戻れそうにないときは連絡を入れるよ」

「承知いたしました」

「いってらっしゃいませ」


 こうして俺はギリアムお兄様の執務室へと向かった。ギリアムお兄様が普段から滞在しているのは研究棟と呼ばれる場所だ。

 そこでは国の重要な研究が行われているそうである。あまり興味がなかったのでこれまで関心がなかったのだが、これからは無視できないのかもしれない。


 レア素材に魔道具。それを持っている、もしくは生み出せるのは他ならぬ俺なのだから。むしろ逆に、これまで声がかからなかった方が異常なのか。お母様が止めている可能性があるな。さすがはお母様。強い。


「ここが研究棟か」

「ルーファス様、正確にはこちらは”羽の宮殿”と呼ばれております」

「羽の宮殿? ここでの研究が、将来、国へと羽ばたくようにということなのかな」


 そこは王城にある建物の一つだった。俺がいつもいる王宮から通路を通った先にあり、地上からしか行き来できない作りになっていた。

 大きな木の扉は左右に開かれた状態になっており、そこには二枚の羽がクロスした装飾が施されている。その羽の間には王家の家紋が描かれていた。


「まさに国の重要施設って感じだね」

「ここでは様々な研究が行われておりますからね。それだけに、警備も厳重です」


 入り口を入った部屋は小さなホールになっており、そこから先に進むには受け付けを通る必要があるようだ。足を踏み入れたところで、すぐに衛兵たちが近づいてきた。


「これは第三王子殿下、羽の宮殿へようこそ。ご用件を承ります」


 決して油断することなく、鋭い目で俺たちを見ながらそう言った。ふむ、よく訓練されているな。第三王子殿下といえども警戒を緩めないとはね。そしてバルトとレイも警戒度をあげているようだ。俺を守るために。


「第一王子殿下に会いに来ました。用件はフルート公爵家の主要人物の特徴を教えてもらうためです」

「すぐに取り次ぎます。少々、お待ち下さい」


 キビキビとした動きで指示を出す衛兵。その姿を見ていると、召喚ギルドってずいぶんと緩いよね? と思わざるを得なかった。もっと引き締めた方がいいのかな? でもなぁ、三人だし。


 そんなことを思っているうちに許可が取れたようである。俺たち一行は三階にある、ギリアムお兄様の執務室へと案内された。そこではギリアムお兄様が俺が以前にあげたマグカップを大事そうに磨いていた。

 ……仕事はどうしたのかな? 今は休憩時間だと思いたい。


「よくきたね、ルーファス。フルート公爵家の情報が欲しいんだって? ルーファスは本当に真面目だね。レナードにも少し分けてあげてほしいところだよ」


 冗談なのか本気なのかちょっと迷う。レナードお兄様ってそんなに適当なのかな。それなら今回の視察計画にも何か問題があったりするのかもしれない。あとでしっかりと見直さないといけないな。

 でも、レナードお兄様の名誉も回復しておかないといけない。


「レナードお兄様から主要人物の名前を書いた紙をいただいたのですが、それだけではどのような人物なのかよく分からないのです。ギリアムお兄様のお力を借りられないでしょうか?」

「それはもちろん貸してあげるよ。かわいい弟のためだからね」


 笑顔のギリアムお兄様。さりげなくレナードお兄様も仕事をちゃんとしてますよアピールをしておく。

 報酬に関しては何も言わないが、だからといって何もしないわけにはいかないだろう。どうしようかな。内緒で魔道具をプレゼントするか? ここならさすがにお母様の監視の目もないだろう。たぶん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る