第38話 つまり、TPOを読めってこと

 手のひらを返し、ご機嫌になった国王陛下はティアを膝の上に載せて昼食を再開した。どうやらこれでフェアリーの汚名は返上できたようである。その代わり、国王陛下に汚名がついたような気がするが気のせいだ。きっと。


「ルーファス、国王陛下の前でティアを出さないほうがいいような気がするぞ」

「奇遇ですね。私もそう思っていたところですよ。こんな場面をお母様に見られたら、大変なことになりますよ」

「……どうやら遅かったようだ。母上がこちらへ来るぞ」


 ヒヤリとした汗が背中を流れると同時に、サロンへと入ってきた人物がいた。お母様だ。どうやらレナードお兄様の剣聖スキルには周囲の人の気配だけじゃなく、もっと詳細な情報まで分かるようだ。すごいな。まるでウォールハック機能を搭載した、チートツールみたいだ。


「みんなで昼食を食べていると聞いたわ。私も一緒に食べても……」


 まずい。お母様が国王陛下の膝の上に載っているティアをガン見している。

 お母様、よく見て。背中に羽が生えているでしょう! 普通の女の子じゃないことに気がついて!


 だがしかし、俺の思いは届かなかったようである。サロン内の温度が下がったような気がした。そしてそれに気がつかないほどティアをかわいがっている国王陛下。

 そんなに女の子の子供が欲しかったのか。ひょっとして俺は男の子として生まれてきたことを謝っておくべきだろうか。


「ちょっと、その子、一体だれの子よ?」

「え? い、いや、これは違うんだ。誤解だ」


 圧のある声に国王陛下がすくみあがった。すでに顔色は真っ青である。さすがは対話スキルを持っているだけはあるな。一言、一言の重みが違う。まるで国王陛下が無慈悲にボコボコと殴られているかのようである。


「何が違うのかしら? まさか私の目の届かないところでこんなことになっていただなんて」

「ちょっと待て。ルーファス、なんとかしてくれ!」


 このまま修羅場になるのはさすがにまずいだろう。見てみたい気もするが、夫婦間に亀裂が入るのはまずい。

 お父様、貸し一つだからね?


「誤解ですよ、お母様。国王陛下の膝の上にいるのは私が召喚したティアです。国王陛下の隠し子じゃありません」

『パパ、もしかしてママとの関係は遊びだったの?』

「ティ~ア~? 誤解するような発言はやめなさい!」

『ぴえっ!』


 ティアがみるみるうちに小さくなり、元のフェアリースタイルへと戻った。これでお母様の誤解も解くことができるだろう。なぜなら普通の子供は小さくなんてなれないから。


『ダーリン、怒っちゃやーよ? ちょっとしたおちゃめじゃない』

「時と場所と空気を読みなさい」


 そんな俺たちの様子を見たからなのだろう。お母様の圧が消えた。そして今度は別のプレッシャーが俺に襲いかかってきた。

 まずい、今度は俺のほうへ飛び火した!?


「ルーファス、説明してもらえるかしら?」

「もちろんです、お母様!」


 俺は直立不動でお母様の質問に答えた。




「ああ、もう、ひどい目にあったよ」

『嫌な事件だったわね』

「ティアの姿を大きくしたのがそもそもの間違いだったよ」


 あのあとは散々だった。お母様に追求され、ティアの魔法で髪を乾かすといつもよりもキレイになることまで話すことになってしまった。

 その結果、今日はお母様と一緒にお風呂に入ることになってしまったのだ。


 そしてレナードお兄様はと言うと、お父様からやらかしたことをお母様にチクられ涙目になっていた。俺も目録に書かれている物がほとんど入っていることを報告して、お母様に頭を振られた。

 俺のせいじゃないのに。理不尽である。


 だがしかし、絶対出すなとお母様から念を押されたので、レナードお兄様が夜な夜な俺の部屋にやって来ても出さなくてすみそうである。そこだけはよかった。もし来ても、お母様の話題を出せば、まるで悪霊のようにレナードお兄様が退散することになるだろう。

 つまり、お母様護符は最強ってこと。


 召喚ギルドへと戻ってきた俺はグッタリと机に突っ伏した。少し休ませてほしい。昼食の時間は、本来、心が安まる時間ではなかったのか。


「ルーファス王子、第一王子殿下へ草案を持って行って参りますね」

「頼んだ、セルブス。もうちょっとしたら復活するからさ」

「かしこまりました」


 引きつった笑顔を浮かべたセルブスが部屋から出て行く。昼食が散々だったってことがセルブスにも伝わっているようでうれしい。

 問題があるとすれば、今度はギリアムお兄様が目録の束を持ってここへやって来る可能性があるということだ。


 いや、束なんて物ではすまないかもしれない。山がくるぞ、紙の山が。見える、俺にはその光景が見えるよ、ララァ。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「ララ、お茶を一杯もらってもいいかな?」

「かしこまりました。すぐに用意します」


 現在、バルトとレイは昼食の時間である。そのため、気晴らしに庭に出るわけにはいかない。たとえラギオスのような強力な魔法生物が近くにいたとしてもである。

 そんなラギオスと、ベアードの毛をもてあそびながら、ララが入れてくれたお茶を飲む。


「はあ、生き返る~」

『主がおじいちゃんのようになっていらっしゃる。ふびんだこと』

『マスターは朝から働きっぱなしでしたからね。休ませてあげましょう』

「そんなに国王陛下との昼食が大変なものだったのですか?」


 興味があるのか、首をかしげて聞いてきたララ。

 ならばララにも、王族の厳しさというものを教えてあげようではないか。主にお母様である王妃殿下の話をね。


「聞きたい? 聞きたいよね、ララ」

「あっ、いえ、別に……」


 ララが”しまった!”という顔をしたが、もう遅い。俺はララに昼食の時間に何があったかを、ここぞとばかりにとうとうと話して聞かせるのであった。

 もちろん、レナードお兄様の名誉のために、ちゃんと口止めはしているぞ。


 ……もしかしてセルブスはこうなることを予想して逃げ出したのでは? かわいいララをいけにえに差し出すとはなんということだ。

 バルトとレイが昼食から戻ってきたとき、ララはゲッソリとした顔になっていた。なんかごめんね、ララ。

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