その本は、お売り出来ません

那月玄(natuki sizuka)

第1話 想いを紡ぐ

 その目的を明確にした者しか訪れない小さな書店は、街外れにぽつんと佇んでいた。


 誰もが俯き、肩を落とし入って行く店内に、少し不安を抱きながら入って行く。


 天井まで高く設置された本棚には、同じ表紙の本が均等に並び、細かく検索出来るように、漢字や平仮名の頭文字が所狭しと本棚から通路へと飛び出していた。


 本棚で出来たジャングルを迷走すると、た行の棚に辿り着いた…… 時間を掛けゆっくりと探す…… 一冊の本に手を伸ばすと自然と手が震えた。


―――違う、漢字が違う……


(これじゃあ無い)


 不安感が溜息を纏い口から無意識に吐き出された。


 諦めきれず、受付に向い想いを募らせる。その本をどうしても読まなくては行けない気がしていた。これからの為に……


「あの…… 」


「はい。いらっしゃいませ」


 黒いスーツを着て口髭を蓄え丸眼鏡を掛けた初老の老人が対応してくれた。


「武田 浩紀ひろきの本はありますか? 」


「ふむ、失礼ですが…… 」


「1ヶ月は経ってるんですけど」


「それでしたら新刊扱いですな…… 少しお待ち頂けますかな? 」


 初老の老人がバックヤードに消えると、まるで店内が時を止めた様に、乾いたインクの匂いだけを運んできた。


「お待たせ致しました。本日入荷分の中にありました。お売りする事は出来ませんが、如何なさいますか? 」


「勿論、読んで行きます」


「では閲覧料を頂きますが宜しいですか? それと記録に残す事も外部に持ち出す事も禁止となりますが? 」


「はい。大丈夫です」


 手渡された本を抱え書店の奥の個室に入る。やっと手に出来た喜びと不安が瞳を潤ませた。表紙をいたわるように優しく撫でると感謝の念が溢れてきた。




 ―――今まで有難う……


「お父さん…… 」


(わたしを育ててくれて…… )

 

 


 此処は故人書店。不慮の事故や志半こころざしなかばで家族に想いを伝えられずに旅立った者達の最後の言葉と、その故人が生きた人生を歴史書として遺族に紡いでくれる書店。



 その本の最後には家族に宛てた遺言が書かれていた。

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その本は、お売り出来ません 那月玄(natuki sizuka) @hidesima8888

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