第39話 神獣召喚
なんだ? 脅しか?
さっきから、なんなんだよ?
殺しに来るなら、普通に突っ込んで来いよ。
「それはそれとして。お前がその気ならば、俺は今から『お前を身動きできなくなるまで叩きのめす』。全身の骨を砕いて、芋虫のように蠢くことしかできない体にしてやるから、そのつもりでいろ」
脅しには、さらに強い脅しよ。
勇者もバカだけど、やっぱりその仲間もバカなんだな。
イキリ剣聖野郎は、自分のかっこよさに酔ってるバカだ。
この島に来てから、この手のウザいやつらに絡まれてばかりじゃねぇか……。
嗚呼! なんて不幸でかわいそーな魔王様!
「……愚かな。虚勢を張って、何になる? 一歩も動けないと言っただろう」
うぜぇッ!
この手の勘違い野郎に対しては、必要以上に痛めつけても、神も悪魔もにっこりと笑って俺を応援するだろう!
「動けないならよォッ! じゃあ、今からお前のことぶっ飛ばすから、『一歩も動けない』俺に代わって、お前が俺のところに来いッ!」
「……貴様、何を言っているのだ?」
はあ!? なんで、ドン引きしてんだよ!?
「『俺が一歩も動けない』つったのは、テメーだろ!? だから、『来い!』っつってんだよ、空気読めよ! 腰抜け野郎がッ!」
右腕を突き上げるなり、『スポン!』と、手首が飛んだ!?
「は?」
手首が飛ぶなり、肘も飛んだし、二の腕まで飛んだーッ!?
飛んだ、つーか、体から外れた。
「げえええーっ! マジで切り分けられてるじゃねぇかあああああああああーッ!?」
部位ごとに切り分けられた俺の腕が、ごろりごろりと地面に転がる!
切断部分から、噴水じみた血のシャワーが勢いよくほとばしるッ!
「……愚かな。戯言を喚き立てる気狂い魔族め、そのまま死ね」
剣聖野郎が、嗜虐の喜びを顔に滲ませて不敵に笑う。
「ひええーっ! スッゲー血が出てるうううううううううううううううううーッ!」
「なにをやっているのだ、魔王っ! 動くなと忠告しただろーっ!」
マジかッ!?
バカの言うことだから、本気にしてなかったのにィーッ!
「ヤバい! 勇者! 両手がなくなってしまったァーッ!」
「ばかたれーっ! 私の言うことを聞かないからだぞーっ!」
「血までなくなってしまうッ! 失血死確実だァーッ!」
「私の忠告を聞かないから、そんなことになるのだーっ!」
はあああーっ!? なんでこいつは、敬愛する魔王様にして職場の先輩である俺に対して! 心配を一切せずにッ! 上から目線で説教してくんだよッ!?
まぁ……それはさておき。
「ヤバいね……足元が血の池になってしまった……」
やっぱ、魔剣つーかオリハルコン製の古代兵器は、厄介な性能してやがるなぁ。
少々おふざけが過ぎたとはいえ、まったくもって斬られたのがわからんかったわ。
「これは気合入れないと、死ぬかもしれんな……」
「……警告はしたぞ。それにもかかわらず無視して動いたから、そうなったのだ。それは、我が忠告を無視した貴様自身が招いた状況だ」
生意気な剣聖野郎が、上から目線で語ってくる。
ふ~ん。
この魔王様に、そういう態度をとるのか……。
「そうか、親切なやつだな。では、俺も警告してやる」
これから殺す予定のくっそ生意気で憎たらしい敵に対して行われる、この男気溢れる親切っぷり!
「動かないと――死ぬぞ」
魔王様に憧れるちびっ子のみんなには、今からでも真似してほしい態度だ。
「――我は運命を運ぶ者。死を定めし者。破滅の時を刻む者。汝の物語の結末は、我が決める――」
目の前に殴りたいやつがいるとする。
そんなときに腕がなければ、殴ることができない。
ならば、どうしたらいいのだろう?
答えは、単純にして明快。
自分以外に殴らせればいい。
偉大なる魔王が、下賤な輩をわざわざ直接殴る必要などないのだ。
「欲しがる者の渇望は飢えに似たりて、満ちは無し。簒り奪って掻き抱くは、まがい物の財宝。足るを知らず欲満ちぬ亡者よ、剥奪の救済と喪失の快楽を与えよう」
無論、ただ殴るなんて生ぬるいことはせんがな……。
「やめろ、魔王っ! なんだ、その恐怖を覚える強大な魔力はっ!? 何をする気だっ!?」
顔色を変える勇者が、なんか言ってくるが……無視。
しかし、俺も随分と丸くなったなぁ。
この島に来る前だったら……こんな凡愚ども、存在を感知した時点で始末してたよ。
だが今や、殺されかけてから『正当防衛』として反撃する。
嗚呼ッ! なんて、なんて……慈悲深いのだろうッ!
しみったれた庶民どもに混ざって市井でしょっぱい暮らしをするという平穏なる隠居生活が、峻厳なる魔王様を甘く優しい道化にしてしまったみたいだ。
「魔王カルナインの名において命じる! 我が下僕たる『欲得の神獣ナヘマー=アフェーロ=ギル』。その名を握る我が呼び声に応じ、『欲する力』にて、愚昧なる敵対者を貪れッ!」
超絶かっこいい魔王様の魔法発動!
次の瞬間、足元に広がる俺の血を媒介に召喚された欲得の神獣が、この場に顕現する!
「……なッ!? こ、これは……魔王の『神獣召喚』ッ!?」
深紅の血の池から這い出る無数の白い手が、激しく戸惑う剣聖野郎の体に絡みつく。
「……な、なぜ!? なぜ貴様が、『魔王の魔法』を使えるのだッ!?」
「だから、そいつは『魔王』だと言っただろーっ!」
「……なんだとッ!? アンジェリカの妄言ではなかったのかッ!?」
勇者の言葉を受けた剣聖野郎が、俺を胡乱気に睨み付けてくる。
「魔王とは俺で、俺とは魔王だ。そして、魔王とは『魔王カルナイン』をおいて他に存在しない。ならば、勇者に魔王と呼ばれた俺は、『魔王カルナイン』において他はあるまい?」
「……ほざけ! 魔王は死んだ! 俺たちが討伐した! 魔王カルナインは、勇者アンジェリカが討伐したッ!」
剣聖野郎の全身から、疑惑、驚き、不安、恐怖、混乱――が、強く溢れ出ていた。
だから、なんだということではないが。
「したけど、してないのだーっ!」
「……なにを言っているのだ、貴様はーッ!?」
だって、もうこの世界から消滅してしまうのだから……気にする意味なんてものは存在しないではないか。
「はじめまして、『実は生きていた』偉大なる魔王カルナインだ。よろしくどうぞ」
この島で身に着いた『初対面で誰にでも愛される素敵な挨拶および親しみやすい態度』を披露してやる。
「そして、最後に――さようなら」
それから、とっておきの殺意をくれてやった。
「……ふざけるなッ! 何者か知らんが、今すぐにトドメを刺してやるッ!」
唐突に闘気を発した剣聖野郎が、怒りの形相で叫ぶ。
「殺すつもりなら、最初からやれ。『剣で斬り刻ざまれた事実を知らされたことで、動けば死ぬ恐怖に発狂する俺を見たかった』のだろうが……この俺に恐怖などない」
「……なにィッ!? 血を見て怖気立ち、発狂していただろッ!」
「お前のような愚か者でもわかるように、大げさに反応してやっただけだ。性根の腐った人間の屑め、死ぬがいい。死による消滅こそ、お前にふさわしい」
獲物を求める欲得の神獣が、蠢く無数の手で性悪クソ剣聖野郎を掴む。
「……け、剣をッ! クソ! 体が動かせないッ!」
絡まる手に身動きを封じられた剣聖野郎が、捕食者に捕まった哀れな虫のように激しく身じろぎする。
「グハッ!? あ、ありえない……! そんな、魔王は、魔王は死んだはずじゃ……ッ!?」
そのたびに、欲得の神獣の手が、きつく、きつく、きつく、絡まっていく――。
「……ゆ、勇者様ッ! た……助けてッ!」
絶望に飲み込まれた剣聖野郎が、情けない哀れな声で勇者に助けを求める。
「ま、魔王やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
血相を変えた勇者が、壮絶な顔つきで張り叫ぶ。
ま~た、『殺すな』ってか?
はっ、知るかよ。
「はあああ~? お前の命令など、聞くわけないだろ」
俺がバカ勇者を一蹴すると同時に、欲得の神獣が剣聖野郎を問答無用で血の池に引きずり込んだ!
「いやだッ! 死にたくなイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
欲得の神獣の手に一度掴まれたら最後、奴の棲まう次元の狭間に引きずり込まれ、獲物は二度と現世に帰ってくること叶わず。
「い……死……な……ッ……イッ――」
「俺を傷つけなければ、血を流させなければ、こんなことにはならかったのにね……ぜーんぶ君自身の『選択と行動』の結果だよ」
「ちがッ……いや……ゆる……し……ッ!」
獲物が餌食になった後に残るのは、獲物が身に持っていた『物品』だけ。
勇者様と冒険したこいつが、生涯をかけて必死に掻き集めたであろう物質的富――金銭だの、鎧だの、魔剣だののだけが、無情にもこの世に残されるのだ。
あの世に金は持っていけない――という事実を教えてくれた欲得の神獣に、感謝感謝ってね。
「羊飼いに牙を剥いた有害な羊は、有益な毛皮だけを残して始末される――当然のことだ」
かつては神とも呼ばれた『神代の獣』たちを、今の時代の『発狂して愚鈍になり弱体化した人間』が、どうこうできるはずもない。
たとえそれが、勇者の仲間だろうが剣聖だろうが、為す術はないのだ。
「童貞ちんぽこ剣聖だかなんだか知らんが、初めから戦いにならんわ!」
実力と経験を無視して、遥か格上の存在であるこの魔王に喧嘩を売ってきたんだ。
眼前の光景は至極妥当。当然の結果に落着しただけのことよ。
「この俺を殺そうとしたのだぞ? 見逃してもらえるわけがないだろう? どんだけ自分に都合のいい人生観で生きていたのだ?」
運がいいだけで手に入れた成功体験をもとに、剣聖などとバカどもに煽てられて、無力な自分を強者だと勘違いしていたのだろうなぁ~。
やれやれ、身の程知らずで傲慢なバカにはなりたくないね。
誰しもが、常に謙虚でいるべきだよ。誰のためでもなく、自分のためにね。
「魔王おおおーっ! なぜ、殺したああああああああああああああああああーっ!?」
「うるせぇ! こっちは既に殺されかけてんだ! 正当防衛だ、バカ野郎ッ!」
当然の理として、蛆虫は龍に勝てない。
同様に、人は魔王には勝てない。
当たり前のことだ。
これこそが現実。純然たる事実。目が覚めるような真実。
卑小で脆弱で凡庸で暗愚なる人間ごときが、偉大なる魔王を倒す――。
などという都合の良い妄想は、無慈悲に跳ねのけ、万に一つの奇跡すら起こる余地もない。
あるのは――ただの絶望だけだ。
「さよなら、名もなき凡愚。卑劣な手段で腕を切り落としてきた無礼は、お前の死でもって贖罪とし、落とし前としてやるよ。なにせ、俺は寛容で親切だからな」
カス野郎の大罪を水に――いや、血の池に流してやる寛大な魔王様だった。
ま、そんなことはさておき。
俺の隠居生活の邪魔をしやがったバカどもは、これで全部始末できたのか?
「た、たすけてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーッ!」
逆ナン女が生き残っていた。
この騒動の発端、元凶ともいえる存在だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます