第38話 魔王と魔剣と剣聖

「おいっ! 今、小さい声で、『たぶん』と言っただろーっ!?」


「言ってねぇよッ! なんだお前、妙な幻聴やめろ!」


 こわっ! なんで、心の声が聞こえてんだよッ!?


 それはそうと、このバカ娘……。

 この俺を、半壊せしめるまでの強大な『存在強度』を得ながら、運命や魂の話が理解できないのか……?


 やはり、こいつのような暴飲暴食暴力バカ娘では、世界は救えない。

 世界の統治者たる俺を殺して、世界に混沌をもたらしただけだ……!


「……あまり、はしゃぐなよ。狂人」


 剣聖だとかなんだとか、よくわからんやつが、上から目線でなんか言ってきた。


「お前ら凡愚は、いつも誰かが助けてくれるって思ってる。お強くてお優しい勇者様が助けてくれるって思ってる……でも、お前らの敵は――『この俺』なんだよ?」


 どいつも、こいつも、誰も、彼も……助からない。

 偉大なる魔王様が相手なんだ……死ぬしかない。

 虫けらのように死ぬしかないんだ。


「残念かもしれないが……お前は、今から死ぬ」

「……ほざけ。狂気のままに思い上がった魔族が」


 不意に、疾風が俺の脇を駆け抜けた。

 瞬きすると同時に、左腕がぽとりと地面に落ちる……?


「……口ほどにもない。冒険者を殺戮できる程度の『雑魚』でしかないではないか」


 剣聖野郎が剣を手にして、なんかイキりだした。


「は? なにこれ? 左腕がおかしなことになってんだけど? なんか、痛いし」


 言うなり、肩から切断された左腕の傷口から……。


「なにぃぃぃーッ!?」


 真っ赤な血が噴き出したァーッ!?


「……血を見てわからないか? この剣聖が、お前の『腕を斬ってやった』のだよ」


 はああああああ~ッ!? 

 このスカしたボケ野郎が無礼にも、この俺の腕を斬り落としたってのか?


「ふぅん……剣聖くん、お前だけは『戦える者』なのだな。感心、感心」


 ――などと、余裕ぶってはみたが……。


 まったく感心などせんわッ!

 痛ぇーんだよ、ボケがああああああああああああああああああああああああッ!

 クソ野郎が、ぶっ殺してやるッ!


「気を付けろ、魔王っ! あいつの持っている『魔剣シャミール』は、触れるもの全てを切り裂くぞっ!」


 先に言え、このバカたれがあああああああああああああああああああああァッ!


 ――などと、内心ではけっこー大げさに驚いちゃったけれども……。


「へえ~。便利なもん持ってんのな。すげーじゃん」


 魔王としての威厳を崩すわけにはいかない。

 こうして……今日もまたひとつ、涙の数だけ強くなる魔王様なのだった。


「そのうえ、伸縮自在だ! 見た目はただの薄刃の長剣だが、その数百倍の長さに一瞬で伸びるぞっ!」


 奇妙な特性と過剰な利便性……気が利きすぎているから、魔女の魔道具や亜人どもの武器じゃない。

 つーことは、この時代以前の遺物か?


「魔剣シャミールは、エドム国に伝わる『伝説の剣』のうちの一振りだ。『オリハルコン』の刃だから、通常の武具では太刀打ちができないのだっ!」

 

 けっ、オリハルコンの武器だってさ。歴史に埋もれた旧世界の遺物じゃん。

 古代兵器は厄介だから相手にしたくねぇなぁ~。


「そんな大事なことは、先に言え! 腕を斬られちまったじゃねぇかーッ!」


 しっかりと怒鳴って、バカを躾けておく。


「……斬ったのは、腕だけではない」


「おい。なぜ、剣をしまう?」


 なぜかしらんが、剣聖野郎が剣をしまった。


「……剣をしまったのは、必要がなくなったからだ」

「はあ? なんの必要がなくなったんだよ?」


「……『お前を斬る必要』だよ。勝敗は、既に決した……お前は『斬り終わった』」


 剣聖野郎が、勝者の余裕を浮かべて薄く笑ってやがる。


「左腕斬っただけで勝ち? 痛みを与えて血を見せれば、俺がビビって勝手に負けを認めるってか? 安っぽい脅しだな」

「……嘘か真かは、その場から一歩でも動けば、おのずとわかるだろう。斬り落とされたその左腕のように、体がバラバラになることでな」


 はあ? 体がバラバラ? いつ斬られたよ?

 斬撃も見てねぇし、しょーもねぇイキりとハッタリだな。


「イキったバカめ。この俺の腕を斬った罪と謎の脅迫の罪で、ボコボコにしてやる」

「やめろ! 動くな、魔王! そこで止まって、動くな! 待てっ!」


 俺が動こうとすると、勇者が慌てて止めてきた。


「止まれだの、動くなだの、待てだの……なんだよ? 待ってどうなる?」

「だから、動くなっ! そこで止まって、治癒魔法師を待てっ!」

「治癒魔法師だと? 誰も、こんな街外れの寂れた港になんて来ねぇよ。こんなとこに来るのは、常識のねぇ異常者ばっかだ。オメーらみてーなァッ!」


 動こうとするなり、勇者がさらにデカい声で制止してきた。


「動くなああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」

「うっさ!」

「うるさかろうが、聞けっ! お前には見えなかったとしても、私には見えたっ! 魔剣シャミールは、『既にお前を斬り刻んでいる』のだーっ!」


 などと、勇者は真剣な顔で言っているが……。


「そうか。だが、俺に斬られた感覚はない」


 ――だからといって、『斬られていない』という確証があるわけでもないんだよな。


 勇者はかなりバカだが、それゆえにとても素直だ。

 ここで嘘をつくとは、あまり思えない。


 おそらく本当に、『勇者には斬撃が見えた』のだろう……。


「ブゥワハハハ! かっこいい! 勇者様は、なんでもお見通しでいっ!」

「おい! ふざけるな、真面目に聞けーっ!」


 だが、バカ娘の言うことなど真に受けるかよ。


「……まさか、アンジェリカに仲間がいたとはな」


「仲間……というわけでは……いや、でも、今は同じ職場の仲間か……」


「……フン。お前のような愚かな罪人に与するものが存在するのか……さすがは、狂いし魔女とその配下の蛮族が支配する世界の最果ての地パンドラ。世の事情を知らぬらしい」


 剣聖野郎が、唐突になんか語りだした。


 ――この俺を無視してだ。


 やつのなかで、俺はもう無視しても問題ない『戦力外』ってことなのか?

 ……随分となめられたものだな。


 とはいえ、別に腹など立たん。

 そのほうが、色々とやりやすいからな。


「……まさか、俺の選んだ人員が、二人もやられるとは……こやつら、決して弱者ではなかったはずだぞ」


 剣聖野郎が、バカどもの死体を驚きの眼差しで見つめる。


 それから、俺に殺意を込めた眼光を突きつけてきた。


「……しかも、こんな得体の知れないやつにッ!」


 俺は、比類なき存在である偉大な魔王様だ。

 だから、どんな猛者を見ても恐怖や不安など微塵も感じず、『気合入ってんなぁ~』ぐらいにしか思わない。

 だから、敵に対して『死の恐怖』などを感じたことは、一度たりとてない。


 俺が戦場で感じていたのは、ひどい鬱屈と退屈だけだ。


 だが、そんな倦怠した状況のなかの唯一の例外が……『勇者アンジェリカ』だ。

 奴にだけは、底が知れない恐怖の一端を感じた……。


「私は、どうすればいいのだっ!? 魔王は悪だから倒されるべきだが! 魔王が倒されると、私は捕まって処刑されてしまうううううううううううううううううーっ!」


 ああっ! 馬鹿って意味わかんないから、むっちゃ怖いっ!


 それはさておき、だ。


「……相変わらず、うるさい小娘だな。少しは静かにしないか」


 目の前の剣聖野郎を始末して、早く家に帰りたい。


「貴様ら凡愚は、枯渇を喰らい、豊穣を吐けるか? 終わる死に、始まる生を与えられるか? それができぬのならば、貴様は俺を敗北させることは決してできない……」


「……何を言っているのだ? 死の恐怖で、気が触れたか?」


 俺が語りかけると、剣聖野郎がジトリと睨み付けてきた。


「この世の理を知らぬ貴様のような卑小な存在は、俺という強大で偉大な魂を持つ者の前では、犬の糞にも劣る。糞に恐怖する者などいるか、バカたれ」


 どう見ても、今の俺は隙だらけなのに……。


 一切攻撃してこない。


 剣聖野郎は、挑発には乗らない冷静なやつなのか?

 それとも、もうやる気がなくなったのか?


「……やれやれ。こんなに、やかましくしゃべる魔族は初めて見るぞ」


 煽ってやっても呆れるばかりで、まったく攻撃してこない……。

 まさか……本当に、俺の体は『既に斬られている』のか……?


「貴様は、『勇者の物語の登場人物』だから、かろうじて存在することを許されていただけなのに……俺の物語に参加したら、お前に与えられる役割は『魔王に歯向かい犬死する愚か者』なのだぞ? わかっているのか?」


「魔王! なにかしゃべるたびに、意味が不明になっていくぞ! 血が出すぎて、とうとう頭がおかしくなってしまったのかーっ!?」

「黙れ、バカ勇者。お前にだけは、頭がおかしいなどと言われたくねぇんだよッ!」


 勇者は救いようのないバカだが、その強大な魂でもって、関わる他者を『人生という名の物語』に巻き込む――。


 そして、巻き込んだすべてを、こいつの進む方向に強制的に進ませてしまう。

 卑小な者は抗うこともできずに、勇者の創る運命の流れに飲みこまれる。

 それが、『栄光』だろうが『破滅』だろうが関係なくな。


 そう……俺の目の前で、死体に変わった凡愚どものように――。


「……魔王だと? さっきから、なぜその男のことを『魔王』と呼んでいるのだ?」

「なぜって……そいつが、『魔王』だからだっ!」


 ほら……勇者様が、『新しく物語を運び出した』ぞ……。


「その死んだ目をした男は、『一見ただの無職のチンピラ』だが、あの『魔王カルナイン』なのだーっ!」


 勇者が迫真の表情で訴えるなり、剣聖野郎が軽蔑の眼差しを向けた。


「……耄碌したか? 魔王は、お前が討ち取ったではないか」

「そうだけど! そうではなかったのだっ!」


「……魔王の首は、お前がエドムに持ち帰ってきたではないか? いや……アレの正体は、エドム王の首だったか」

「違うっ! アレは……『王を殺したアレ』は、間違いなく『魔王の首』だっ!」


「……黙れ。王ばかりでなく、聖女様まで殺した大罪人めッ!」

「違うと言っているだろうっ! 私は『誰も殺してなんていない』っ! 何者かが私を罠にハメたのだーっ!」


 バカなやつらが、バカな問答をしている。


「俺の『首』なら、しっかりとここにある。つーことは、お前らが言い合ってる『首』ってのは、偽物に決まってんだろ」

「なにぃっ!? どういうことだっ!?」


「どーもこーも。おそらく、不死王が決戦のどさくさに紛れて『魔王の偽の生首』をこしらえて、朦朧としていたお前に持たせたんだろうよ」


 不死王のたわけに裏切られて自爆した後のことなんて知らねぇから、適当言ってるだけだが……大外れってわけじゃないだろう。


「だから、皆の前で見せるときにエドム王の顔になったのかぁーっ! そして、聖女を殺した……お前のせいで、私は……私はあああああああああああああああーっ!」

「無関係な俺のせいにするな。魔王様をぶっ殺してはしゃいでたテメーの自業自得だ」


 勇者がなんか騒ぎ出したが、なんも聞きたくない。

 疲れた……もういい加減に帰りたくなってきた。


「……お前、随分と余裕だな。死にかけているのだぞ?」


 イキリ剣聖野郎を始末して、さっさと家に帰ろう。


「余裕なのは、お前も同じよ。オメーはマジで弱き者ゆえに、俺の強さがわからんのだろう。卑怯で残虐な手を使って、ズルく生き延びてきただけだろうしな」


 イキリ剣聖野郎が、かましてきた意味のわからん不意打ちとかな。


「だが、生きるために生きているような凡愚の小さな物語では、強大な魂の持ち主の物語を覆すことはできないのだ。百年も続かないお前たちの短編の物語では、この俺の大長編物語を書き換えることはおろか、ちょっとした落書きすらできないのだよ」


「……なんだ、貴様? 気狂いなのか? さきほどから、何を言っているのだ?」


 端から会話なんてする気ねぇから、一方的に思ったことを言っているだけよ。

 とはいえ、大事なことだけは理解させておかねばな。


「簡単な話さ――俺は死なない、死ぬのはお前だ――ということだよ」


 俺が言い終わるよりも先に、剣聖野郎が剣を突きつけてきた。


「……貴様は既に、百と八の部位に『切り分けられて』いる。一歩でも動けば、体がバラバラに崩れ落ちるぞ」

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