第37話 道化の言葉
「お前ら卑劣なゲスは、いつもそうだ。始めは威勢よく調子に乗って乱暴狼藉を働くが、反撃されるとビビってすぐに泣きを入れやがる。お前らみたいな卑しく醜いやつらは反応がみーんな同じなんだな。不快すぎて、乾いた笑いがほとばしってしまうわ」
この島に来てから、数えきれないほど品性下劣な凡愚どもに喧嘩を売られたが……。
みーんな『こんな感じ』だった。
初手で舐めた態度で攻撃してきて、反撃されたらキレて、敵わないと知ると泣いてへりくだり、ケツまくって逃げ出す――。
なぜ、凡愚どもは自分が一方的に攻撃する側で、『決して反撃されない』と思い違いをしているのだろう?
長年の疑問にして積年の謎だ。
「きゃああああああーっ! 頭の後ろから血と脳みそがっ! し、死んでるっ! ほんとに死んでるわっ!」
両目にナイフを刺されたガキを見た逆ナン女が、耳障りな悲鳴を上げる。
あ~、やっぱり死んだか。虚弱体質め。
「ギャーギャー喚くな。ここは戦場なのだから血ぐらい出るし、手だの足だのがちょん切れちまうし、目も鼻も潰れる。脳も心臓も破裂するし、そうなれば当然のように死ぬ。当たり前の話なんだよ、大きい声を出すようなことじゃあない」
ったく……もう、こういう血なまぐさいのは、嫌だったのに。
なのに……バカどもが、俺をこういうろくでもない厄介ごとに巻き込みくさる!
俺に迷惑をかけるバカどもは、一人残らずみんな死ねばいいのだ。
「貴様ァッ! よくも、仲間をーッ!」
杖を持った優男が、憎悪を込めた目で俺を睨み付けてくる。
「よくもじゃねぇよ。お前、ふざけているのか? 先に手を出したのは、お前らだ。俺は自己防衛で、やり返しただけだ。殺そうとしてきたんだぞ、殺されて当然だろ?」
「ほざけェェェーッ!」
逆ギレかましてきた優男が、怒り心頭って顔で杖を振り上げた。
おそらく、また魔法でも使うつもりだろう。
「ま~た、『そっち発の加害行為』かよ。この俺に『迷惑をかけるだけで勝てない』のが、わからないのか?」
有害なバカを殺処分しようと一歩踏み出すなり、まーた勇者が邪魔してきた。
「殺すなっ! もうやめろっ!」
「殺すよ、殺されかけているんだ。『ちゃんとした正当防衛』だよ。そもそも、あいつらを殺しちゃいけない理由があるのか?」
俺が疑問を呈すると、勇者は一瞬黙ってから口を開いた。
「諭せっ!」
「『諭せ』ねぇ~? 無理だろ。交渉の最終手段である『殺し合い』を最初に仕掛けてくる時点で、会話は不可能だ」
俺は、いつも素直に正論しか言わない。
「会話が不可能な以上、俺は殺されたくないので、『殺される前に殺す』よ」
なぜなら、詭弁は面倒だからだ。
「はい。この話はおしまい」
「お、おい! 待てっ!」
勇者の追手どもをここで見逃すと、後々絶ぇ~対に隠居生活が脅かされるッ!
ならば、ここできちんと処分しておかねばならない。
我が平穏なる隠居生活のためにッ!
「我が魂よ! 炎の力に目覚め、大地焦がす灼熱となり、悉く燃え上がれッ!」
俺が決意を抱くなり、優男が魔法を発動させた。
杖の先端に炎が宿り、赤く、熱く、燃え上がる!
「へぇ~、魔法が得意でいいなぁ~。短い呪文詠唱でさくっと魔法が発動する良さげな魔術道具も持ってるし、名のある魔女と契約でもしているのか?」
などと言いながら、右手に集めた魔力を凝縮させ、手のひらの上で球を形成する。
弱体化している状態での『初歩の初歩の魔力操作術』とはいえ……こんな凡愚を殺すには十分すぎるだろう。
「な、なんだ!? その禍々しい魔力は……ッ!?」
俺が創った魔力の塊を見た優男が、目を見開いて驚愕する。
「お前ら凡愚は、自分に都合のいい現実認識で目が曇っているから、死を目の前にしてようやく『本当の現実』に気が付いて狼狽するのだね」
優男は『魔法を使うからこそ』、俺との力の差が理解できたのだろう。
しかし、気が付くのが遅すぎだ。
「お前がなにをしようが、勝てる見込みはねぇよ」
なにせ、俺は偉大なる魔王なのだからな。
「うぁわ……あぁ……っ! ひぎいっ! 来るなーッ!」
優男が恐怖のあまり体を痙攣させ、炎が灯る杖を地面に落とした。
「俺が怖いよな? なまじ魔法が使えたせいで、愚かな弱者であれば理解しなくていいものを理解してしまったんだな」
俺との力の差を目の当たりにして、本能的な恐怖に呑まれたな。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
攻撃の矛先を誤った魔法が、優男の体を焼き尽くす!
「えぇ……なにしてんだよ?」
なんなのだ、こいつら?
勇者の下位互換の模倣品みたいなバカどもではないか。
攻撃的で、バカで、ムカつく――ろくでもないクズどもだ。
「やめろ、魔王っ! 殺すなーっ!」
「うるせぇ、バカ。俺はなんもしてねぇよ、ちゃんと見とけッ!」
歴史を書き換えるほどの強大な魂を持つ『勇者』という存在の付属物だから、魔王という強大過ぎる存在を前にしても破滅せずに済んでいただけなのに……。
偉大なる魔王の俺と対峙しているという現在の状況において――『勇者の仲間』という役割のない状態ならば、この物語からは退場……『ふつーに死ぬ』だろ。
対峙しているのは、他の誰でもない――『魔王』であるこの俺だぞ?
ふざけることしかできない道化に成り果てたとはいえ、この俺に敵意をもって対峙すれば、たちまちのうちに破滅に掴まれ、死の手にからめとられてしまうに決まっているではないか……?
「『勇者の仲間』だったから辛うじて、脆く愚かで卑しい生命を繋ぐことができていただけなのに、なにを勘違いしたのか思い上がって自滅するなんざ……度を越したバカとしか言えん」
「さっきから、なんの話よッ!? なんで、ずっとわけのわかんなことばっか言ってんのよッ!?」
まだ辛うじて死に溺れていない逆ナン女が、恐怖と敵意を込めて睨んでくる。
「死ねよ、お前ェーッ! 人殺しがッ、死ねェェェッ!」
発狂するほど激怒した『ふり』……気の弱い小動物が強大な敵を前にして必要以上に強気に吠える哀れな姿に、そっくりだ。
そんなに俺が恐いのであれば、さっさと逃げればいいのに……。
「間違いだったのだよ。貴様らの『選択』のなにもかもが、間違いだったのさ」
「間違いって、なによッ!?」
「貴様らの素性など知ったこっちゃないが、『勇者の元仲間』だという前提で話してやれば――」
「はあ? さっきから、なんなのよッ!? いい加減、黙りなさいよッ!」
「お前らみたいなもんは、ここにいる『勇者様の物語の登場人物』として戦ったからこそ、あの戦争を生きながらえることができただけなのだ。なのに……そこでの功績を『自分の力によるものだと勘違い』したのが、すべての間違いだったのさ」
お前ら『魂のないまがいもの』どもは、自我が薄弱ゆえに『自分の運命を自分で背負えない』。
だから、自分より強大な何かに――命を、魂を、運命を、預けてしまう。
だから、『自らを由として命を運ぶ魂を持つ本物』に寄生するまがいものなのだ。
だから、宿主たる庇護者を失うと、いとも容易く破滅する。
「『お前らみたいなクズを殺すな、と俺に何度も懇願する』勇者は、依然『他者のために戦う善良なる勇者様』だ。対して、そんな『善』である勇者を害する存在のお前らは、まぎれもない『悪』だろう? 勇者様が創りだす魂の物語において『悪』であるお前らは、勇者の『正しさ』の前に敗れてしまうだろう……『運命の流れ』とは、そーいうものだ」
言うまでもなく――視座の相違によって、『善悪』も『正誤』も変わる。
なぜならば、『運命の流れ』というのは、関わる者の『魂の存在強度』の差でおおよその行方が決まりがちだからだ。
取るに足らない卑劣な凡愚と、曲がりなりにも世界を救った勇者様――『存在感の強さと他者への影響力』――いわば、『魂の在り様と強さ』が違いすぎる。
そして、俺はと言えば……勇者を助けに来た立場上、立派な『勇者様ご一行』だ。
なので、今の運命の流れにおいて俺は、『かなり勝ちやすく、とても負けづらい』。
「つっても、偉大なる魂を持つ魔王様は、他者が創り出す運命の流れなどに関係なく、己の意志の力でこんなバカども瞬殺できるのだけれども」
「黙れッ! さっきから、ブツブツ何を言ってるのよ! 意味わかんないッ!」
わかりやすくはなくとも、わかりづらくはないはずだ。
だが、卑小な凡愚には、話の流れも運命の流れも理解できないのだろう。
「おい! その男の言葉に耳を傾けるなっ! 魔族は言葉を用いて、人の心を壊そうとしてくるぞっ!」
お優しい勇者様が、俺の邪魔をしてくるが……無視して話を続ける。
「わからないのならば、無理せずそのまま『意味などわからないまま』でいいよ。でも、意味はわからずとも、『なんとなく感じる』だろ? 『見える世界が急に色褪せて、足元が頼りなく崩れ落ち、全身から力が抜ける』感覚ってやつをさ」
ならば、親切な俺が、『言葉を用いて意味を翻訳して、目に見えるように』してやる。
「言葉の意味は理解できないだろうが、肉体で理解できるそれは――『破滅』だよ」
俺が『殺意と魔力』をぶつけてやるなり、逆ナン女がゾッとした様子で青ざめる。
「『死の予感』と言い換えてもいい」
「イカレ野郎ォーッ! 今すぐに、その口を閉じろおおおおおおおおおおおーッ!」
恐慌に陥った逆ナン女がナイフを取り出して、勇者の首に突きつけた。
「じゃないと、こいつを殺すよッ!」
やることがバカすぎて、思わずため息が出てしまったぞ。
「やはり、お前らは『まがいもの』……勇者の創りだす『目に見える勝利という奇蹟』、そして、『それがもたらす色鮮やかな成功』を貪っていただけの寄生虫だったのだな」
この状況で勇者を人質にするとは、何を考えているのだ?
「そいつは、直前に『お前を助けようとしてくれた』救世主だぞ? 救世主に助けを求めないで、どうやって助かろうというのだ?」
恐怖がもたらす狂気にのまれて、もはや正気ではないのか?
「いつまでしゃべってんのよッ!? 人の話、聞いてんのッ!?」
聞いてはいるが、反応してやる理由がない。
「お前ら、『まがいもの』どもは、『奇跡を生み出す勇者』を信じず、『勇者が生み出す奇跡』だけを信じた。だから、用済みになれば勇者を殺そうとする……真実が見えないってのは、愚かで哀れだな。お前らを破滅から救っていた力の源泉は、その小娘なのだよ? そんなものを殺すことなどできやしないのに」
「はあッ!? 意味わかんねぇーつってんだろ! 殺せるに決まってんだろッ!」
「じゃあ、さっさと殺せよ。俺は『自由意志に従って、そいつを助けに来たわけじゃない』。お前が殺してくれれば、面倒事にケリがつく。殺すなら、早くしてくれ」
逆ナン女に言いながら、俺は足元に転がっていた小石を拾い上げた。
「おい、魔王っ! さっきからなんなのだ、お前はっ!? メイ殿に言われて、私を助けに来たのではないのかーっ!?」
一言ごとに真偽が入れ替わる戯言を吐く、『道化の口で王の言葉を語る』俺の話を理解できる人間は、この場に存在しない。
理路整然と曖昧模糊に語られる道化のお話なんて、他者には理解できなくて当然だ。
「なんなんだよ、お前ェーッ!? わけわかんないことずーっとほざいて、仲間を殺してッ! 意味わかんないッ! ふざけてんじゃないわよッ!」
わけがわからない、意味がわからない――。
そんなことは、わかりきっている。
「心外だな。俺ほど『わかりやすく真面目なやつ』は、この世界に存在しないよ」
耳に聞こえる言葉に翻訳された『真実』は、あまりにも複雑怪奇に煌めいているから……凡愚の鼓膜を揺らして頭に入るころには、『狂気』という形でしか理解することがないのだから……。
そんなことは、とっくの昔にわかっていた。
でも、勇者なら……俺の眼前に到達せしめた強大なる魂の持ち主ならば……。
「魔王っ! お前、また殺そうとしているだろっ!? やめろーっ!」
うっかり、そんな期待と希望に満ちた妄想を抱いたこともあったが……。
万事、他人に期待などするべきではない。
なぜならば、期待なんてのは裏切られるのがオチだからだ。
すべては、純情すぎる魔王様の虚しい夢物語だったのさ――。
「いかん! 迂闊に深刻なことを考えてしまうと、うつになってしまう! 一刻も早く、家に帰って寝ようッ!」
「なんなのよ、さっきから! この狂人、死になさいよッ!」
「死ぬのは、お前だ! ばいちゃ!」
掴み上げた小石をおもむろに、逆ナン女に投げつける!
「ぎゃあっ!」
眉間に小石が当たった逆ナン女が、白目を剥いて昏倒した。
「魔王ーっ! 殺すなと言っただろおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
「お前がうるさいから、殺してねーよ。『気絶させただけ』だ」
たぶん。
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