第36話 イキリ野郎、死す!
「元仲間ねぇ~? あれが、噂の賢者か? いや、剣持ってるから聖騎士か?」
かつて、どこぞの戦場で会敵したことがあるのかもしれないが……。
カスどもの顔などいちいち覚えてねぇから、まったくわからん。
「違う。賢者の側近の『剣士ヴァイパー』だ。今は名を挙げ、『剣聖』と呼ばれている……戦争を共に戦った元仲間だ……部下を引き連れて私を捕まえにきたのだ……」
「そんなことより……なんだ、その飼い主に裏切られて捨てられた犬みてーなしょっぱい顔は?」
「……え?」
見たままを言ってやるなり、勇者がなんとも言えないしょっぱい顔を向けてくる。
「王殺しの罪人のお前は、もはや『誰からも愛される英雄様ではない』のだぞ? そもそも、しょせんは『戦争の道具』なんだ。用済みになったうえで、罪まで犯したのだから、身内に始末されるのは当然だ。落ち込むようなことじゃねぇだろ?」
「やめろっ! 私は、王を殺してなどいないっ! その罪は冤罪だっ! それに、私は戦争の道具なんかじゃないっ!」
「戦争中はわからずとも、今ならわかるだろうが。そこまでバカなのか? そもそも、『みんなの大事な大事な勇者様』なら、オメーは今頃、こんな悲惨でみっともないことになっておらんわ」
正論を言ってやるなり、勇者が痛みをこらえるような顔で黙る。
「……お前、何者だ?」
剣士だとか剣聖だとか言われている男が、気安く声をかけてきた。
そして、こいつは誰なんだよ?
身内には剣聖とか言われて、勇者には剣士とか言われて、どっちやねん?
自分で剣聖とか手下に言わせてたら、とんだ自意識過剰のイキリ野郎だぞ。
「……何者だと、聞いている」
つか、勇者の仲間だとか言っていたが……こんなやつ、見たことないぞ。
いや……俺と直接対峙した勇者以外、あの戦争で戦った人間の顔などまったく覚えていないから、見覚えがなくて当然か。
「……おい! 聞いているのかッ!」
うるさいやつだ。
「この世界で、お前たちは何をしてもいい。自由勝手気ままに飯を食い、糞をして惰眠を貪り、殺し合い、交尾をし、繁殖して、世界の真実など知らぬまま夢うつつで、その卑小な生を終えてもいいのだ」
「……何を言っている?」
「だが! この俺の穏やかな隠居生活に介入するな! 絶対にだッ!」
「……貴様ッ! 何を言っているんだッ!?」
地を這う獣や蠢く虫と同様に汚らわしい凡愚が、魔王であるこの俺の話を遮ってきやがっただとッ!?
流石は勇者の仲間……道理をわきまえない人間の屑のようだな。
早急に殺処分しなくては……。
「言いたいことは、たった一つ! 今から、お前ら全員ぶっ殺すッ!」
この俺の隠居生活を邪魔する奴は、問答無用で全員殺すッ!
それが俺の魔王道だってばよッ!
「やめろ、魔王っ!」
バカどもを始末するべく一歩踏み出すと、勇者が邪魔してきた。
「すっこんどけ! この俺の隠居生活に厄介事を持ち込む有害な罪人どもは、殺さねばならない」
「やはり、王殺しの大罪人……危険な狂人とお仲間らしいですね」
杖を持った優男が、勇者と俺を蔑んだ目で睨んでくる。
「我が魂よ。棘ある茨の縄と化し、暴れる敵を締め付けろ!」
優男がなぞの呪文の詠唱をする。
すると突然、俺の足が動かなくなったッ!?
「うぐぁーっ!?」
ついでに、勇者も動きが止まる。
「な、なんだっ!? 体が急に動かなくなったぞっ!?」
俺の前に立ちふさがる勇者が、なにかに縛られたように動かない体をよじってギャーギャーと騒ぎ立てる。
「うるせぇ。体をよく見てみろ。なんかの『魔法』をかけられてる。つーことは、あいつの杖は『魔道具』だな……」
『魔道具』は――魔女どもが作る特殊な道具だ。
特定の使用条件――本体に魔力を流す、呪文を唱える、既定の動作を行う、生贄を捧げる、など――を満たすと、道具ごとに設定された制約と制限のなかで『誰でも魔法が使える』ようになる素敵な道具だ。
「こ、これはっ!? 『魔力で作られた棘付きの縄』が体に巻き付いているっ!? 動くと負傷する類いの拘束魔法かっ!?」
バカ丸出しの勇者だが、体に染みついた戦闘の勘みてーなもんが勝手に働いて、戦況を分析するのか?
えっ、やだ。こわすぎへん……?
「まぁ、勇者はさておき……問答無用で致死性の攻撃をしてくる礼儀知らずで危険で有害なやつらだし、怪我する前に殺しちまおう」
一方的に凡愚を殺すのは、弱いものいじめみたいで好きじゃないのだが……。
いきなり殺しにかかってくるような攻撃的な異常者は、有害だし危険だし無礼なので、早急に駆除せねばならない。
「やめろと言っただろーっ!」
また勇者が止めに入ってくる。
なんなのだ、こいつは?
「なぜ、やめなければいけないのだ? 俺は『お前を助けに来た』んだぜ?」
「嘘をつくな! さっきまで、私が死ぬのを見に来たとか言ってただろっ!」
そーいえば、そんなことも言ったな。
「……なんで、『俺に攻撃してきた』あいつらを殺しちゃいけないのだ?」
俺の問いかけに対して――
「元仲間なのだっ! 殺すなっ!」
などと、意味不明な返答をする勇者だった。
「元仲間って、今は『ただの赤の他人』じゃねぇか」
「そ、そうなのだが……」
俺の言葉に対して、勇者が悩まし気に言い淀む。
強く否定しないあたり、思うところがあるのかもしれん。
「そもそもの話……お前は、『手足の骨を折られている』ではないか? それは、あいつらにやられたのだろう? なぜ、自らを傷つけた敵をかばうのだ?」
当然の疑問だ。
「……え? そ、それは……」
「理由がないのか? それとも自傷癖か被虐趣味でも隠しているのか? おぼこい見た目に反してきしょい奴め」
「そんなものあるかっ!」
「フン。どーでもいいが、お前の意味不明な我儘に付き合っている時間はない」
このバカ娘を助けるつもりなど、微塵もないのだが……。
「とりあえず、死つもりがないのならば、メイの店に帰るぞ」
助ける助けないは置いておいて、『生きていた以上は、店に連れ帰らねばならん』。
そして、仕事をさせなければならない。
それが、スナックの雇われ店長としての俺の仕事だからな。
「店に帰るって……そもそも、なんで魔王がここにいるのだっ!?」
「なんでもなにも。『メイが、拉致られたお前を連れ戻して来い』つったからだよ」
「……えっ!? メイ殿が……なんで……?」
冷静に考えると、何もかもがおかしい……。
俺は偉大なる魔王なのに、なんであんな小娘の尻に敷かれているのだ?
俺の人生は、どうしてこんなしょっぱいことになってしまったのだろう?
不幸すぎて、近いうちに死んでしまうのかもしれない……。
「あのさぁ……戦闘中に、よそ見しちゃダメだぜェ~?」
突然、背中に鋭い痛みが走った!
「ゲヒヒヒッ!」
軽く首をひねって、後ろを見る……。
「はあ? なんだ、そりゃ?」
「見てわかんねぇか~? 『ナイフ』だよッ!」
生意気そうな面したガキがにやけながら、ナイフを俺の背中に突き立てているのが見えた。
「誰だか知んねぇが、ガチャガチャうっせーうぜぇ敵は、この俺が排除するぜェ~ッ!」
卑劣な光を宿す目をギラつかせるガキが、刃物を手にして得意げに吠える。
「あ~、よかった」
「は? なにがだよ?」
バカどもが絶対になにかしかけてくると思って、治癒能力を高めておいて――だよ。
「どうした? もっと、強く刺せ。俺を殺すつもりなんだろう?」
「は? なんだ、テメー?」
俺のことを『ただのかっこいいお兄さん』だとでも勘違いしていたのだろう。
残念だが、貴様が相手にしているのは、『偉大なる魔王様』なのだ。
「なんだもなにも……貴様のような凡愚が、この俺を殺せるわけがなかろう」
「ボケがよォッ! イキり野郎がッ、強がってんじゃねぇぞッ!」
声を荒げたガキが、もう一本のナイフを素早く俺の脇腹に刺してきた。
そして、ナイフをぐりぐりと力強く押し込んでくる。
「腹のなかを抉られて痛いだろォ~? 肝臓かな~? 腸かな~? ズタズタになってるぜェ~? かっこつけの強がりも、ここで終わりだよなァーッ!?」
「そうだよ。ここで終わるのは、『お前』だ」
とりあえず、ガキの腹を蹴り飛ばす。
「なにィィィーッ!?」
それから、背中と脇腹に刺されたナイフを丁寧に抜いた。
「俺を殺すつもりなら、『ヒュドラの毒液』だの『コカトリスの石化腺液』だのの『致死性の毒』ぐらい塗っておけ。やる気あんのか?」
ナイフを抜くなり、当然のように傷が治っていく――。
「なんだとッ!? 確かに、ナイフで抉って、内臓まで刺したはずッ!? なぜ、傷口が塞がったんだッ!?」
「卑怯な不意打ちかましておいて、上から目線で『ぼくちゃん最強です~!』ってイキっているのは、さぞ気持ちがいいんだろうなぁ~」
品の良い俺には、理解できない卑しい感性だ。
「テメーは、さっきからなにごちゃごちゃ言ってやがるッ!」
改めて言われてみれば、文句を言われるのも理解できる。
「死ね」
要望は、端的でわかりやすい一言にするべきだ。
「ぐえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
ナイフを投げて、勘違いクソガキの両目に刺してやる。
目には目を、ナイフにはナイフをってね。
「んなっ!? 殺したのか、魔王っ!?」
「誤解するな、殺してなんていない。死ねと言いながらナイフを投げたら、たまたまあのガキの両目に当たって、それが突き刺さったと思われる形になっただけだ」
人殺しなどと言われたくないからな。正確に出来事を伝えておく。
おそらく、脳にまで刃が達しているのだろうが……知ったことじゃない。
「訳のわからんことを! あれほど『殺すな』と言っただろっ!」
「『クソガキが先に俺を殺そうとしてきた』のだから、『正当防衛』として殺し返しても、お咎めなしだろうよ」
「殺すなーっ! お前なら、殺さずに無力化できただろうがっ!」
正当防衛を主張すると、勇者がなぜかキレてきた。
「あははは!」
「な、何を笑っているのだ……っ?」
「あはははははははははははは!」
「それより……なぜ拘束魔法をかけられているのに、自由に動けるのだっ!?」
勇者が戸惑いの目つきで、笑う俺を見てくる。
「なんなんですか、あいつは……ッ!? なぜ、私の魔法を解いているんですッ!? ドラゴンやサイクロプスすら締め上げる最上級の拘束魔法なんですよッ!?」
「……え? なにが起きたの? あいつ……死んだ……の……? えっ? えっ?」
なんかしらねぇが、勇者の追手の優男と逆ナン女も困惑しながら騒ぎ出す。
「あはははははははははははははははははははは!」
「……貴様、何がおかしい?」
イキリ剣聖野郎が、敵意を込めて睨みつけてくる。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははッ!」
「……狂人がッ! 答えろッ! それ以上、笑うなら……」
強気に脅してきてもさぁ~……その鋭く細めた両目の奥に見えるんだよねぇ。
「叩き斬るッ!」
強い強い戸惑いと怯えがさぁ~……ッ!
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