第35話 おお、勇者アンジェリカよ。死に損なってしまうとは、なにごとじゃ

「俺たちを倒した元勇者を一撃で沈めるなんて、『剣聖』様つええええーっ!」

「少々、訂正を。この私の魔法による補助があったことを、お忘れなく」

「魔王を討伐したあの元勇者アンジェリカを仕留めるなんて、さすが剣聖様ねッ!」


「……お前たち、私の追跡部隊に入ってよかったな。元勇者を捕らえた褒賞でなんでも欲しいものが手に入るぞ」


 メイに脅されて勇者を連れ戻しに向かった俺は……。

 街外れの港の、そのまた外れの寂れた一角に来ていた。


 そして現在、大声ではしゃぐバカどもを遠巻きに観察している――。


「……上陸するときに使った港とは違うようだが……この場所で、迎えの船を待てばいいのか?」

 剣聖とか呼ばれていた背の高い筋肉男は、勇者をボコボコにしていたやつだ。

 鎧を着て、マントを羽織って、いかにも剣士って感じの見た目だ――こわいなぁ。


「ええ、そうです。行きは無用な騒ぎを起こさぬよう『正規入国』でしたが、帰りは勇者を連れて帰らなければいけないので、非正規に出国できる港を使いますから……」

 それを取り巻くのは……フードを被って杖を持った優男――小賢しく卑怯そうだ。


「や~っと! こんな世界の果ての変な島から、愛しのエドムに帰れるのねッ!」

 飯屋でカツアゲしてきた半裸の逆ナン女――なんで、乳とケツが半分以上見えてるエロい恰好をしてるの? 痴女なの?


「ヒャッハー! エドムに帰ったら俺は、ただの冒険者から王国お抱え騎士様だぜ!」

 そして、生意気でスケベそうな面のガキ――勇者よりバカそうだ。


 漏れ聞こえてきた会話の内容から察するに……どうやら、こいつらが勇者を討伐するために動いている『エドムの国の刺客』連中みたいだ。


 俺を倒したほどの戦闘力を持っている勇者の討伐隊にしては……数が少なすぎる。

 なんかしらんが、『剣聖』とか物々しい肩書のやつがいるから、いわゆる少数精鋭の部隊なのか?


「でっかいお屋敷買ってハーレム作ってやるぜ! ハーレム王に俺はなるッ!」


 いや、でも~……そんな大層な連中には見えないなぁ~。


「しっかし、まさか元勇者のやつ、世界の果てまで逃げてパンドラに潜伏しているとは思わなかったぜッ!」

「どこに逃げたかわからない元勇者を捕まえるために、魔王討伐軍や冒険者から少数精鋭の部隊を選りすぐって、各地に派遣した賢者様の策が見事に成功しましたね」


 ふ~ん……なるほど。聞いてもいないのに、説明してくれてありがたいなぁ~。


 どうやら……エドムの下等なぼくんらどもは、俺のように相手の魔力を探知できないから、勇者を見つけるために世界中を虱潰しに探すしかなかったのか……。


「そんなどーでもいいことは、さておき……さらわれた勇者様は、どこだよ?」


 奴の魔力を追って、こんなところまで来たはいいけれど……。


 ここから見えるのは、追手のバカどもだけじゃねぇか!

 肝心の勇者は、どこやねんッ!?


「剣聖様ぁ~。捕まえた元勇者は、どうするんですかぁ~? このまま手錠と足枷だけで拘束しておけばいいんですかぁ~? あたし、怖いですぅ~」


「……賢者様の拘束魔法術式がかけられた手錠と足枷だ、なにも問題はない。それに、迎えの船が輸送用の檻を持ってくるはずだ。危険な目には遭わないだろう」


「ええ~。でもぉ~、船が来るまで安心できないわぁ~」


 などと、逆ナン女たちが不安がっている。


 そりゃそうだろうよ。

 勇者みたいな超危険人物の側にいるのは、誰だって怖い。魔王様だって怖い。


「……おい。迎えの船は、いつ到着するのだ?」

「おそらく、日が沈む頃には到着するかと思います。剣聖様には、しばしお待ちいただくことになりますね」


 はあああ~?

 日が沈む頃って、もうそろそろじゃねぇか。

 しゃあねぇ、時間ないみたいだし、サクッと仕事を終えよう。


「おらおら! 不審者どもが、こーんな場所でなにしてんだッ!? 憲兵呼ぶぞッ!」


 とりあえず、大声出して注意を引くことで、相手の様子を窺ってみる。


「……ま、魔王……?」


 手枷と足枷を嵌められて地べたに這いつくばる傷だらけの勇者が、哀れな目つきで俺を見上げてきた。


「あっ、意外と近くにいた」

「な……なぜ、ここに……?」


 質問に答えるより先に、言いたいことがある。


「おお、勇者アンジェリカよ。死に損なってしまうとは、なにごとじゃ」


「な……なにを……言って……?」

「フン。無様な元勇者よ。惨めに死ぬところを、この俺が寛大にも見届けてやろうではないか」


 わざわざ、ここまで来ておいてなんだが……俺は、勇者を助けに来たわけではない。


「お前が惨めったらしく死ぬところを特等席で見に来たのだ」


「なん……だと……!?」


 俺の計画を台無しにした憎き勇者がこのまま死んでくれれば、俺の平穏なる隠居生活の厄介すぎる邪魔者が消えるし、自ら手を下す労力なしに復讐も果たせる!

 こんなもん、願ったり叶ったりですやんっ!


「ほら、さっさと死ね。お前のようなバカにかまっている無駄な時間はないのだ」


 メイには、『助けに行ったが、すでに死んでいた』――とでも言えばいいだろう。

 勇者を討伐に来たこのバカどもの生首と一緒に勇者の死体を持っていけば、頑固なメイも納得するだろうしな。


「ま……魔王ぉぉぉ……っ!」

「そんなに震えてどうした? まるで死にかけの虫のようだぞ?」


 そう嘲ってやるなり、地面に這いつくばっていた勇者が跳ね起きたッ!?


「魔王おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 哀れな負け犬だった勇者の目に突如、怒りと闘志の火が灯るッ!


「げぇーっ! 復活したあああああああああああああああああああああああーっ!?」


 両手両足を拘束されているはずの勇者が、もの凄い勢いで俺に飛びかかってくる!


「貴様ぁーっ! なんだ、その言い草はっ!? 助けに来たんじゃないのかーっ!」

「なんで、『敵』のお前を助けなければならないのだッ!?」

「今や、『先輩と後輩の仲』だろうがあああああああああああああああああーっ!?」


 などとやっていると――。


「……なんだ?」

「何者ですかね……?」

「なによ、急にッ!?」


 勇者を捕まえていた連中が、俺たちをいぶかし気に見てきた。


「急に現れて大声で騒いでよォッ! なんだ、お前はーッ!?」


「このガキ! なんだ、お前はじゃねぇんだよッ! 『ろくでもない男』と『頭のおかしい女』と『たちの悪いガキ』どもが……! 代わる代わる現れて! 平穏に暮らしているこの俺に迷惑を! 好き放題かけてきやがるッ! 迷惑だ、死ねェーッ!」


 不愉快なバカどもには、とにもかくにも文句を言わずにいられなかった!


「テメーもだ、負け犬勇者! このバカたれが! しょーもない連中に拉致られて、この俺に迷惑かけんなッ!」

「あいた! 何をするのだーっ!?」


 勇者だけは殴れる距離にいたので、一発殴っておいた。


「おい、そこの鎧着た筋肉男! テメー、エドムの刺客だろ!? なら、ちゃんと勇者を殺しておけッ! 助ける手間が増えるだろうがッ! このぼけなすがよォーッ!」

「おい、『助ける手間が増える』ってなんだっ!? お前は、『拉致されたかわいい後輩である私』を助けに来たのではないのかーっ!?」


 勇者はなんか知らねぇけど、ボコボコにされてる割りには元気だしよォーッ!

 しかも、無駄に懐いてるし!


 なんなんだよ、意味わかんねぇムカつくことばっかだぜッ!


「ったりめーだろうがッ! オメーは大人しく死んどけよ! 生きてたら助けなきゃなんねぇだろうがよッ!」


 同じことを何度も言わせるんじゃない!


 つか、こいつ……。

 やっぱり、俺のことを友達かなんかだと思ってんじゃねぇのか?


「なんなんだよ、あの騒がしい変な男はよォッ!? 元勇者の彼君かァ~?」

「あやつ……見た目は人間ですが、『魔族』に似た妙な魔力を感じますね……」

「人型の魔族ってこと? じゃあ、吸血鬼か夜魔かしら?」

「……不死王の眷属は、日が沈むまで活動しない。元勇者に与しているように見えるから、人と交わりたがる類の変わり者の『魔人』だろう」


「っていうか、あいつ! 『昼間に元勇者と一緒にいたやつ』だぜッ!」


 バカどもが、なんか思い思いに騒いでいるが――。

 無視する。


 なぜならば、これっぽっちも興味がないからだ。


「おい、しっかしろ。お前は落ちぶれたとはいえ、『魔王を倒した勇者様』だろ? あんな道端のゲロにたかる蠅みてーなクソカスどもにやられてんじゃねぇよ」

「お前……いきなり現れて、好き放題やりおって! さっきから、何を言っているのだっ!?」


 まぁいい。

 しょーもない説教をしに来たわけじゃない。


「それはさておき、勇者ちゃんさぁ~……あのイキってる連中は、なんなの? 友達、敵?」


 そう尋ねるなり、勇者が苦々しい顔をした。


「どちらでもない……『元仲間』だ」


 ふ~ん……元仲間ねぇ~。


「じゃあ、『魔王討伐軍』ってこと?」

「そうだ……魔王討伐軍の元仲間が、私を捕まえに来たのだ……っ!」


 へぇ~……。

 終わったはずの『魔王と勇者の物語』は、まだ続きがあったのか……。

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