第34話 したくもない復讐を強いられる魔王様
「ら、拉致られたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」
「拉致られた、なんて言ってない。異常者に殴られて気絶から目が覚めたら、勇者が消えてた――と言ったんだ」
飯屋から出た瞬間、正体不明の変なやつらに暴行を受けた俺は、しばらく気絶していた。
不意打ちを喰らったとはいえ、そこら辺のチンピラに殴られて気を失ってしまうとは……。
本当に弱体化しているのだなぁ……と、休養の強い必要性を改めて実感する。
「やはり……苦痛やら労働とは無縁な隠居生活による『静養が必要不可欠』だな」
それはそうと。
マジで勇者と一緒にいると、ろくでもないことが次から次へと起こりやがるッ!
「一応とはいえ、『元勇者』のアンジェが一方的にやられるって、よっぽどやでっ!? それに、丈夫なだけが取り柄のフールも殴られて気絶したって、むっちゃヤバいやんっ!」
「大したことねぇよ。つか、なんやねん、丈夫なだけが取り柄って」
偉大なる魔王を汚い手で殴った不届き者は見つけるなり……。
必ず殺すッ!
だが、とりあえず今は……。
「はぁ~っ! 強い酒はおいしいなぁ~」
気分を落ち着かせるために酒でも飲もう。
「おいっ! なんで、呑気にお酒飲んどんねんっ!?」
「メイちゃん、大きい声を出さないでおくれ。痛みに響くじゃあないか……これは、『痛み止め』だよ」
「さよか……なんで、さっき『うちが魔法で手当てしてやったのに』、痛み止めが必要なのか、ようわからんけど……」
「メイちゃん……体の傷は治っても、心が痛むんだよ」
「それより、一回状況を整理しよか」
怒られを回避した魔王様を横目に、メイが考え事をしながら店をうろうろする。
「えーと……フールをごはん屋さんで襲った冒険者風のやつらが、うちのアンジェを誘拐したってことでええのん?」
混乱した様子のメイが、不安げな表情で尋ねてくる。
「断定はできないが、状況から推理すればそうなるよね」
「あかんやん! 大問題発生やっ! アンジェ、やっぱりさらわれとるやないかっ!」
「やつのことなど知らん。むしろ大問題は、『この俺が怪我をした』ということだ。これは、労災が下りるのか?」
最も尋ねたかったことを聞くなり、メイが急にキレだした。
「なにが、労災やねんっ! お前が仕事サボってた時に襲われたのに、んなもん出るわけないやろーっ!」
「はあ? クソかよ」
ロリエルフのメイちゃんは、最悪な雇用主と言って差し支えがない。
「クソは、お前じゃいっ! そもそも、フールがサボっとったせいで、アンジェが誘拐されてまったんやぞっ! お前は、なにをしとんねんっ!?」
「やめろよ、俺のせいじゃねぇって」
「お前のせいじゃっ! フールが壊された店の修理もせんと、サボって勝手にごはん食べに行ったから、アンジェが襲われたんとちゃうんかいっ!?」
などと怒鳴り散らされても、知ったことではない。
そもそも、勇者は俺の敵なのだ。
誘拐されようが、殺されようが知ったことではないし、むしろ誘拐されて殺されているのならば、願ったり叶ったりですらある。
とはいえ……こんなことを言ったら、メイがキレるので口にはせんけどな。
「なにを、無視しとんねん!? うちの従業員が、誘拐されてんねんぞっ! 酒なんて飲んでないで、さっさと取り返してこいっ! 雇われ店長の責任を果たせやっ!」
「いやだ」
キャンキャンうるさい小娘を、たった一言で黙らせる。
日常でも意識の高い人間に、仕事やら責任やらを押し売りされる機会は多いと思うが、ガチャガチャうるさい奴を即座に黙らせる強気な態度は積極的に用いていきたい。
「いやだちゃうんじゃーっ! やれぇ! いけええええええええええええええっ!」
「ダメだ。これから、お花のお稽古があるのだ」
「今日は、お休みや!」
「しかも、夜はスナックの仕事がある」
「なにゆーとんじゃ! ホステスのアンジェがいなきゃ、お店開けられへんわっ!」
メイめ、キャンキャンとうるさいやつだ。冗談も通じないのか。
「あいつは元々、『全世界規模で指名手配されているとんでもない大罪人』だ。いつかは誰かにとっ捕まっていた存在だよ。可愛くて若くて未来のあるメイちゃんみたいな素敵な女の子が、ろくでもない厄介事を背負い込んではいけない。そうだろ?」
「アンジェの面倒事は、全部外の世界のことや。この島でのアンジェは、うちの命の恩人。恩義には恩義を返さなあかん」
けっ。義理堅いことで。
「俺が、あのあほ娘を探しに行っていいのか? まだ店の修理も終わってねぇんだぞ?」
「お店が直っても従業員がいなきゃ、お店を開けられないやろがっ! なにを寝言ゆーとんねんっ!」
「今まで通り、『俺とお前の二人』で、お店を切り盛りすればいいじゃないか?」
「そのお店が壊されたんやぞ、お金を稼がにゃならんのがわからんのかっ!? 一人より二人。二人より三人で稼ぐんやっ!」
「金が欲しいなら、バカなマフィアとか犯罪者を襲って、合法的にカツアゲすればいいではないか? 即座に金が工面できるぞ」
素晴らしい提案だ。
「街の治安を守ると同時に、お金も稼ぐことができるなんて素晴らしいよね?」
まさに一石二鳥の名案と断言していいだろう!
「はあ? フール……あんた、正気かいな?」
「俺は、いつでも正気だ。俺とメイちゃんの二人で、この小さなスナックを営んでいこうではないか」
『あらやだ! 素敵な提案やんっ!』
とメイは恋する小娘のようにはしゃぐはずだ。
「じぃぃぃ~……」
だが、なぜかメイは決してそんなことは言わず、俺をジトリと半眼で睨みつけてくるだけだった――。
「……フール。おまはんまさか、豚オヤジにさらわれたうちを助けに来るときも、こうやってぐだぐだ言い訳ばーっかしとったんちゃうやろなぁ~……?」
「雑種のくせに、エルフ特有の霊感を発揮するんじゃない」
「誰が雑種やっ! ふざけんなああああああああああああああああああああーっ!」
荒ぶったメイが、エルフ耳を逆立てて絶叫する。
「うるさいなぁ。結果的に助けてやったんだから、文句を言うんじゃないよ」
「じゃかしゃあっ! 誰が、死にかけのお前を助けてやって、このお店で雇って衣食住の面倒見てやっとると思っとるんやーっ!? 『うち』や! 『メイちゃん』や! この薄情無職がっ、恩に報いろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
なんかしらんが、メイがブチキレやがった。
「メイちゃん、大きい声を出さないでくれ。ただでさえ、暴力沙汰に巻き込まれて心身ともに傷ついているのに、余計に気分が沈むじゃないか……?」
「一回殴り倒されたくらいでなんじゃい! 男なら四の五の言わず、さらわれた女の子助けて、ついでにきっちり復讐しろおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
なんだ、この無駄に暑苦しい物言いはッ!?
これ以上、ぐだぐだの言うのは、もはや野暮なんじゃねえか?
――などと、うっかり、心変わりを起こさせる迫力がある!
「心身ともに傷ついとるんなら、ちゃんと仕事して帰って来たら膝枕でもして癒してやるわっ! わかったら、さっさと行って来おおおおおおおおおおおおおいーっ!」
人生にすっかり疲れて、万事に斜めに構えがちになってしまっている俺だったが……メイが発揮する乙女心を突き破って顔を出す男気には、思わず胸を熱くさせられた。
「めんどくせぇ。俺はこれから、飯食って寝るのだ」
とはいえ、面倒臭いものは面倒臭い。
「この期に及んで、なにを寝言たれとんのじゃあーっ! 身内の女の子がさらわれとんのや、助けに行くのが当然やっ! 社会のレールを踏み外した無職とはいえ、人の道は踏み外すなーっ!」
「俺は魔族だ、人の道など最初から踏み外しとるわ」
「じゃかわしゃあーっ! 口答えすんなやーっ!」
「そんなに、あいつを救いたいのならば……メイちゃんが、一人でやりなさい」
なんで、偉大なる魔王の俺が下々の者のために、しかも敵である勇者を助けるために、骨折り苦労をせねばならんのだ?
「そもそも、人助けとか復讐なんて考えるなよ。勇者をさらった連中は、おそらくエドム国か冒険者ギルドの関係者……さらに後ろには、魔王討伐軍だの啓明教会だの外の世界の厄介な連中が糸を引いているはずだ。メイちゃんみたいなかわいい小娘の手には余る面倒事だよ」
「知った風な顔で、長々話しやがって……だから、なんやねん?」
やれやれ。察しの悪い小娘よ。
「今回は相手がかなり悪いから、手を引け。お前が拾った新人ホステスは、見捨てろ」
「従業員を誘拐されても、相手が危険なやつらだから引き下がれちゅーんか?」
まだ状況が理解できていない小娘の目をしっかり見て、俺はゆっくり首肯した。
「そうだ。あのバカな小娘が魔族相手に戦争をしていた『勇者アンジェリカ』だというのは、純然たる事実だ。そんな歴史の中心にいるような存在に、お前のような歴史の脇役の庶民が関わってはいけない。この島で、ヨーゼフおじいちゃまやプリシラおねぇちゃまと平和に暮らしたければね」
流石に俺の真剣な眼差しを見れば、愚かなメイとはいえ状況の深刻さを理解できるだろう。
「……こんな時に、なんて言うべきなんかな?」
不意に、メイが切なげな目つきで問いかけてきた。
「どんな時だい?」
「これから人を殺す時だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
突然、メイが包丁を俺の首に突き立ててきたーッ!?
「行くか、死ぬかだ、このヤローっ! パンドラの女がよぉっ! いちびったよそ者に喧嘩売られて、ただで済むわけないやろがああああああああああああああーっ!」
謎の戦闘力を発揮したメイが、唐突に俺を殺そうとしてきたッ!
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「ひいいじゃねぇーっ! お前の責任問題やっ! うちの従業員を拉致ったよそ者をぶっ殺してこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーっ!」
「ひええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
なぜ、偉大なる魔王様が、こんな小娘に怯えさせられなければならんのだッ!?
「うるせぇ! 返事は、『はい』やろがああああああああああああああああーっ!」
「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
な……なんてことだッ!
勇者のせいで、またとんでもないことになってしまったァッ!
「よう言った、フール! それでこそ、男やっ!」
俺を脅して上機嫌のメイが、背中を力強く叩いてくる。
「メ、メイちゃんは、どーするの……? ぽれ一人だけで、凶暴なやつらが待ち構えている危険な場所に行け、っていうの……?」
「うちは、おまはんと違って、暇やないんや。料理の仕込みが終わったら行ったるわ。フールは喧嘩得意やし、うちなしでも余裕やろ? なっ?」
ひ、ひどい! 渡る世間は鬼ばかり、血も涙もないとはこのことだッ!
「心配せんでも、ちゃんとあとから、おじいはんと騎士団を連れていったるよっ!」
ひどすぎて、俺は何も言えなかった。
「嗚呼っ! 俺は世界一不幸な魔王様やあああああああああああああああああっ!」
思わず呪いたくなるような素敵すぎる人生だねっ!
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