第33話 ランチタイムに乱闘からの拉致タイム!?

「あーっ! いたぁーっ! 魔王っ! 見つけたぞおおおおおおおおおおーっ!」


「お前、店にいろよ。なんで、ここにいるんだよ?」


 豚オヤジどもから徴収した金で飯食ってたら、勇者がやってきやがった。


「お前が、事故の後始末もしないで店から逃げたから、メイ殿に『あのドアホを捕まえてきぃやっ!』と命じられて追ってきたのだっ!」


 メイの使いぱっしりと化した勇者が、キャンキャン騒ぐ。


「そんなことより、魔王っ! 貴様はなんで、ドラゴンのステーキとチーズハンバーグの盛り合わせなどを食べているのだっ!?」

「うめぇからだよ」

「それに、高そうなお酒……いや、季節の果物盛りだくさんのデザートまでっ!」


 いつでもどこでも、うるせぇやつだなぁ~。

 さっさと追っ払おう!


「飯食ってるのにうるさいんじゃい! あと、お前は昼間に街をうろちょろすんじゃねぇよッ!」

「なんでだっ!?」


「なんでって、お前は『指名手配犯』だからだよ」

「その件なら、メイ殿が上手いことやってくれたから、なんの問題もないぞっ!」


 などと言いながら勝手に、俺の隣に座る勇者だった。


「店員さん! この男と同じものを私にも持ってきてくれっ! だが、酒はいらん!」

「大声ではしゃいでるけどさぁ~……お前、金持ってんの?」


 俺が聞くなり、勇者がにやりと笑った。


「先輩だろ? かわいい後輩におごってくれるよな?」

「ふざけんじゃねぇよ。誰が、お前などにおごるか」

「ええ~っ! そんなつれないことを言うなよぉ~っ!」


 俺の腕にしがみついて体をゆすって、駄々っ子のポーズだとッ!?

 すっかり懐きやがって、なんなんだこいつは?


「話戻すけどよ……お前の雇い主のメイは、ジジイが騎士団のお偉いさんだから、騎士団だの憲兵だのを丸め込めるかもしんねぇけどよ。たぶん、『冒険者どもは丸め込めねぇぞ』」


「なんだと? どういうことだっ!?」


「つまり、テメーは昼間からうろちょろしてたら、『冒険者ギルドが雇った冒険者だの賞金稼ぎだのにとっ捕まる』――つってんの」


 親切にも忠告をしてやるなり、勇者がテーブルを叩いて声を荒げた。


「ふんぬーっ! なんでギルドの冒険者が、私を捕まえるのだーっ!?」

「そりゃ、未だに世界規模で指名手配されてんだから、当然だろ? しかも、お前の懸賞金は十三億もあるんだぞ? 金が欲しいやつを筆頭に、名誉が欲しいやつやら名を上げたいやつやらが、お前を狙って来るのは必然的成り行きよ」


 などとやっていると、俺たちの席に女がやってきた。

 店員か? と思って顔を上げる。


「もう来たのか、はえーな。支払いは、この小娘……」


 しかし、そこにいたのは、店員ではなく――。


「悪いけど。あたしは、店員じゃないわよ」


 露出多めの恰好をした若い女だ。


「あ? じゃあ、テメーは誰だよ?」

「さぁ、誰かしら? 仲良くなったら教えてあげてもいいわよ」


 気安い感じで話しかけてくる謎の若い女は――肩まで伸ばしたの茶髪、ピアスだらけの耳、胸の谷間が見えるほどに前が大きく開いた服、下着がちらりと見えそうなぐらいきわどいホットパンツ――と、かなりやんちゃな感じだった。


 なんだ、この思わせぶりな態度の女は……男漁りしてる痴女か?


「そんなことより。あんたら、ちょっと面貸してくんない?」


 そこらへんのスケベ男なら、「わぉっ! 逆ナンでいっ!」などと、浮足立ってしまいそうなもんだが……。


「いやだ。逆ナンなら、よそでやってくれ」


 俺は違う。冷静に断る。

 なぜならば、挨拶もなしにいきなり声をかけてくる赤の他人なんて、ろくでもないやつに決まっているからだ。


「ふ~ん……かぁ~いい女の子の誘いを断るんだぁ~?」

「そうだよ」


 よく見て見ると……逆ナン女の服装は、『ガチ』だ――。

 別に、エロにガチってわけじゃねぇ。


 確かに、胸やケツが半分見えている露出が多めの『痴女』みたいな恰好だが……使い込まれた様子の手袋や靴には鉄の鋲が打たれて補強されている。

 さらに、露出多めの服は、上下ともに厚手かつ細い鎖が編み込まれている防刃仕様のもので、明らかにエロのためではなく『戦闘』のための服を着ている。

 鼻をくすぐる甘ったるい匂いの香水も、よく嗅いでみると……媚薬ではなく、魔物除けの香だったりする。


「ふーん、つれないんだぁ~。ノリの悪い男は嫌われちゃうぞぉ~?」

「初耳だと思うけれど、俺は『俺のことが好きな奴が好き』なんだよ。それ以外のやつに嫌われようと知ったこっちゃないね」


 しかも、腰のベルトには、ナイフ、警棒、金槌、手斧――と物騒な得物を四本もぶら下げてやがったッ!

 ただの逆ナン女にしては、あまりにも物騒が過ぎないか?


 まさか、勇者の懸賞金狙いの冒険者じゃねぇだろうな……?


「あのねぇ? あんたのくっだらないポリシーなんて聞きたくないの。『面貸してくれないか』って言ってんだから、素直に『はい』って言ってればいいのよ」

「見てわからないのか? 食事中だ、お前に貸せる面なんてない。失せろ」


 何者か知らんが、厄介事はごめんだ。

 あと、戦闘系痴女のくせに、上から目線の脅し口調がムカつく。


「はあああ~っ!? おっさんさぁ、調子乗ってんじゃないわよ? そのステーキ肉みたいに切り刻まれてハンバーグみたいにミンチにされたくなかったら、四の五の言わずに黙って外に出なっ!」


 逆ナン女が無礼なことを言いながら、ナイフを突き付けてきやがった。


 どうしてこう、若い女ってのは自然体でイキっているんだ?

 こいつの周りの男がエロにありつこうとするあまり全肯定でちやほやすっから、なんでも思い通りになると勘違いした馬鹿になったのか?


「むむっ! なんだなんだ、『オヤジ狩り』かっ!?」

「誰が、オヤジだよ! どー見ても、俺は『お兄さん』だろうがッ!」


 勇者め、本当にムカつくやつだ。


「うるさい! いいから黙って、外に出なッ!」

「出ねぇよ、飯食ってんだ。二度も言わせんな」


「黙れッ! さっさと出ろよッ!」

「うるせぇ。テメーは、オヤジ狩りする相手を間違ってんだよ」


 無礼者には、きちんと礼儀を教えてやらねばならないな……。


「そもそも、俺はオヤジじゃねェッ!」


 逆ナン女の手を下から叩いて、ナイフを上に弾き飛ばす。


「きゃあっ!?」


 それから素早く、宙に浮いたナイフを奪い取る。


「て、てめーっ! なにすんだっ!?」

「いいから黙って、外に出な」


 奪ったナイフを逆ナン女に突きつけて、先ほど言われた脅し文句をそのまま返す。


「ふ……ふざけんじゃないわよッ!」


 だが、逆ナン女は歯と反抗心を剥き出しにして、俺の言うことを聞かなかった。


「話が通じないイキリ野郎がッ! おい! こいつら、無理矢理連れてくよッ!」


 逆ナン女が、腕をぐるぐる回して合図する。


「あーあ、俺の言った通り……やっぱり、こうなったじゃねぇか」

「まったく。犯罪者が素直に言うことを聞くわけがないでしょう?」


 すると、女の背後から、生意気そうなガキと杖を持った優男が突然現れて――。


「「おらァーッ!」」


 いきなり襲いかかってきたッ!?


 あぁ……なんで俺は、こうも凡愚にダルがらみされるのだ……?


「おい、勇者……こいつら、しばき倒せ」


 不幸体質にげんなりするあまり、体に力が入らない……。

 面倒事は勇者にやらせよう。面倒事には面倒なやつをぶつけるに限る。


「自分でやれっ! 先輩ぶって、後輩の私になんでも押し付けるなっ!」

「言うこと聞いたら、飯をおごってやる。当然、デザートもだ」


 偉大なる魔王様が、凡愚ごときに頭を悩ませるのは間違っている。


「なにっ!? それは本当かっ!?」

「魔王、嘘つかない」


 俺が言い終わるとほぼ同時ぐらいの素早さで、勇者が行動を起こす!


「お前たちには悪いが、ごはんのために成敗させてもらうぞっ!」


「「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああーッ!」」


 そして、脅威の戦闘力を発揮して、五秒くらいでチンピラどもを叩きのめした。


「終わった! 魔王、ごはんっ!」


 勇者は嘘偽りなきバカ娘だが……俺を殺すほどの戦闘力の持ち主だ。

 チンピラどもを成敗することなど、こいつにとってみれば蚊を叩き潰すのとさほどかわらん手間なのだろう。

 かつての最強の敵は、今や最強の後輩――誰よりも頼りになる勇者様だ。


「終わった! 魔王、ごはんっ!」

「やめろ。二度も言わんでいい」


 とはいえ、著しいバカだから、いちいちムカつくのだが……。


「そんなっ!? グリフォンや吸血鬼の退治ができる上級冒険者のこいつらを一瞬で叩きのめしたのッ!? あ、ありえないわ……ッ!」


 勇者の腕っぷしの強さを目の当たりにして、ドン引きする逆ナン女だった。


「う、嘘でしょ……ありえないわよ……ッ!? 勇者アンジェリカって手負いなんじゃなかったの……?」


 ここまでビビってたら、適当に脅し文句ふっかけるだけで追っ払えそうだな。


「おい! お前もこういう風になりたくなかったら、財布置いて帰りなッ!」


 魔王家家訓! 上から目線で人を舐め切った態度をとってくる性格の悪い無礼者に対しては、相手より更に不敵な態度で接するべしッ!


「魔王、やめろっ! 息を吸うようにカツアゲするなっ!」

「うるせぇ。カツアゲじゃねぇ、正式な迷惑料と慰謝料の徴収だよ」


「また、しょうもない詭弁を……あっ! 逃げたのだっ!」


 などとやっていた隙を突かれて、逆ナン女を逃がしてしまった。


「行ってしまった……あの女は、結局なんだったのだ?」

「知るかよ。ただのめーわくな逆ナン……いや、悪質な美人局だろ」


 んなことより、店で喧嘩したせいで面倒なことになりそうだ。

 客も店員も揃ってこっちを見てざわついてるし、さっさと帰ろう。


「さて……面倒事は終わったみてーだし、帰るか」

「待て、魔王! ごはんっ! ごはんがまだだぞーっ!」


「逆ナン女から財布を回収し損ねたから、おごりの話はなしだ」


 平穏な昼飯を邪魔する厄介者を追っ払い、速やかに帰路に着く。


「こら、待てぃ! 約束が違うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 勇者が俺を追って店を出てきたのを見計らって、何者かが襲いかかってきたッ!


「ほぎゃあああーっ!」


 何者かの体当たりを喰らった勇者が、地面に押し倒される。


「おいおい、なにやってんだよ?」


 俺が振り返ると同時に、勇者に襲いかかった変なやつが、拳で勇者を撲殺する!


「……勇者アンジェリカ、眠っていろッ!」


「なにっ! 誰か知らんが、よくやったッ!」


 ――と思った瞬間、何者かに肩を乱暴に掴まれた。


「おい、あんた。これは連帯責任だ、恨むなよ」


 俺の肩を掴んだのは、さっき勇者にしばかれていた生意気そうなガキだった。


「そーそー。みーんな、あんたが悪いんだからね」


 隣には、さっきの逆ナン女もいる。


「なんだお前、気安く触るな。その手をどけ――ぐはッ!」


 言い終わるより先に、後頭部に激痛と衝撃が走った!

 勇者を殴っていた奴が、俺まで殴ってきやがったッ!?


「……騒がれると面倒でな。悪いが、眠っていてもらうぞ」


 勇者を殴っていたやつが吐き捨てると同時に、視界が暗く――。


 ――――――。


 ――――。


 ――。


 ―。

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