第32話 怒れるロリエルフと無職の錬金術師

「よーし! お前ら、喧嘩の時間だぞッ!」


 無駄に殺気立つ豚オヤジが、太い指をパチンと鳴らして合図する。

 すると、奴の背後から、荒くれ者どもがしゃしゃり出てきやがった。


「ヒャッハーッ! 皆殺しだ、皆殺しだ、皆殺しだァーッ!」

「フール! 今日は、武器持ってきたからよォッ! この前の借りを返すぜェッ!」

「俺っち、巨乳ちゃんもらっちゃっていいっスかァーッ!?」


 人数は……イキリ系のバカが十人。

 武器は……ナイフやら手斧が主なもので、本格的な兵器は無し。

 防具は……革製の鎧を着こんでるやつが何人かいるが、それ以外は、ただの普段着。

 とりあえず、魔法ないし機械仕込みの武具みてーな厄介なもんはなさそうだ。


「うるせぇやつらだな。ほんと、クソみてーなやつで溢れたクソな街だぜ」


 ――などと、魔王に喧嘩を売ってきたバカどもを眺めていたら、バカその一が口を開いた。


「おい! ぼんくら無職! 死にたくなきゃ、十秒以内にボスに詫び入れなッ!」

「知るか。五秒以内に口を閉じろ。閉じねぇなら、前歯を全部へし折るぞ」


 バカの要求に対しては毅然とした拒絶をする――という攻めの姿勢は大事だ。


「ガチャガチャうっさいんじゃい! フール! パンドラ一の美男子と言われたわしの顔に消えない傷をつけた大罪! この場で死んで償わんかいッ! こんボケナスがあああああああああああああああああああああああああああああああああーッ!」


 やれやれ。言い争いなんてめんどくせぇ……。

 喧嘩は、拳で黙らせたもん勝ちだッ!


「新人ホステスよ。店を壊したうえ、従業員を殺そうとしてくるとんでもなく質の悪い客が来たらどうする――って教えた?」


「問答無用でボコボコにする! と教わったのだっ!」


『スナックメイちゃん』のホステスとしての自覚と戦闘力を発揮した勇者が、豚オヤジどもに襲いかかるッ!


「あいたーっ! なんでホステスが、こんなに強いんだっ!?」

「まさか、『元勇者』っていうのは、マジだったのかッ!?」

「このホステス、おっぱいがデカいだけじゃないぞっ!?」


 場末のスナックで悪質な酔客相手に鍛えた荒業を駆使する勇者が、豚オヤジ以下の迷惑野郎どもを手あたり次第にしばき倒していくッ!


「観念するのだ! 迷惑な悪人どもっ!」


「ったく、今日はこんぐらいにしといたらぁっ! 今度、舐めた真似したら、ほんまぶっ殺すからなぁーっ!」


 勇者にボコボコにされた豚オヤジは情けない啖呵を切るなり、即座に逃げ出した。


「最後にアンジェリカちゃんのおっぱい揉んだるわあああああああああああーっ!」


 逃げ出したはずの豚オヤジが、最後っ屁と言わんばかりに勇者にセクハラを働く。


「たくましいなあ、豚オヤジ……」


 などと思いながら、次の展開をなんとなく予想する。


「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せ!」


 次の瞬間、勇者のバカが魔法を発動させやがった!


「だよな」


 予想通りの展開に、あきれてしまった。


「『天聖光明剣』!」


 勇者の両手から、目が眩むような黄金の光が噴き出す!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「やめろ! 店の前で人を殺すなっつたろッ!」


 豚オヤジが勇者にぶっ殺されるのはどうでもいいのだが、店内および店の前で殺しをされると、後々面倒なので止めなくてはならない!


「殺さない! 半殺しにするだけだっ!」

「え? そうなの?」

「そうだっ!」


 手に負えない殺人狂の勇者も、俺に教育を施されて世俗にまみれたことで、多少はモノの分別が付くようになったみたいだ。


「じゃあ、いいよ」

「よくないじゃろッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 獣よりも凶暴だった勇者に理性を芽生えさせるとは、さすがは魔王様だ。

 異常暴力少女の更生教育をさせても、超一流!


「テメーら! なーにやってんじゃ、おらあああああああああああああああーっ!」


 耳をつんざかんばかりのクソデカ声を張り上げるちっさい何かが、いきなり突撃してきたッ!?


「うちのお店で交通事故起こしたのは、てめーかああああああああああああーっ!?」


 買い出しから戻ってきたメイが、半壊した店を見てブチキレる。

 そして、すぐさま犯人を見つけて、豚オヤジをしばき倒す。


「このやろーっ! 豚オヤジ、お前が犯人やろーっ!」


 全速力で駆け寄って、そのまま……。


「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 ガチビンタッ!


「ぐはああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 決まったァーッ! 名探偵メイちゃんご自慢の『推理からの即懲罰』!


「テメー、豚オヤジぃーっ! 『借金はもう払い終わった』のに、ぬぅわ~んでいやがらせしてくんのじゃあーっ!?」

「終わっとらんわッ! なにしれっと終わらせとんじゃ、貸した金返せよッ!」


「終わったわ! うちが涙を呑んで、『借金のかたに娼婦として働いて』、きっちり返済したやろがーっ!」

「あほ抜かせ! わしの店で暴れただけだろうがッ! しかも、新築ピカピカの店をぶっ壊しやがって! 男の夢と浪漫をぶち壊しやがって、許さんぞッ!」


 どっちも正論なのかもしれないが……。

 どっちも間違っている。人として。


「な~んか大騒ぎしてっけどさぁ~。そんなに騒ぐなら、憲兵どもに泣きつけよ。泣きつけないってことは、『やましいことがある』からだろ?」

「フン。なにが悲しくて裏社会の人間が、カタギとの揉め事で憲兵に泣きつかなきゃならんのじゃいッ!」


「ふーん……メイの借金って『実は違法』だから、『表ざたにして訴えるとお前のほうが捕まっちゃう』みたいな話じゃないの~?」

「さて、ね……」


 うざっ。はぐらかしやがった。


「まあ、憲兵が出てこないなら、ちょうどいいや。借金の件は、豚オヤジをここで始末してケリをつけちまおうぜ」


 と、俺が名案を口にするやいなや――


「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 メイが手に持った箒を、豚オヤジの脳天に振り下ろおおおおおおおおおすーッ!


「じゃかましゃあっ! な~にが男の夢と浪漫じゃ! 乙女の夢と浪漫をぶち壊したくせに、いちびとんちゃうぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 危険なほどにブチキレまくっているメイは、豚オヤジのみならず目に付くやつを片っ端からしばき倒していくッ!


 バチコーン!

 バッチコオオオオオオーン!

 バッチコオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 物騒な打撃音がひとしきり鳴り終わって、静けさに包まれる頃には……。


「「「死~ん……」」」


 スナックの店の前は、真っ赤な血で染まっていたのであった――。


「どあほうどもがっ! うちの子どもの頃からの夢をぶち壊しやがってよぉっ! 殺されても文句は言えへんぞぉっ!」


 子供の夢を壊した悪い大人たちは、血にまみれた悪夢を見せられていた。


「メイ殿は、いつも明るくて優しい女の子だけど、一度キレるとゾッとするほどおそろしいのだ……」

「やつの体に流れる『魔女とエルフの血』が、掛けわせの妙とかなんとかで必要以上に暴力性を発揮させているのかもしれんな」


 メイの暴れっぷりに、身を震わせて慄く勇者と魔王様だった。


「あんたら、しょーもないこと言っとる暇あったら、憲兵さん呼びーやっ!」

「は、はいっ!」


 勇者の奴はメイの凶暴性に慄きすぎて、魔法で豚オヤジをぶっ殺すことをすっかり忘れちまったようだ。


「それはそれとして……バカどもから迷惑料を徴収しよう」


 一方、しっかり者の俺は、速やかに豚オヤジとその部下の財布を回収した。


「「「う……ぅ~ん……」」」


 メイにしばき倒されて気絶している豚オヤジたちは、抵抗しないので仕事が早く済んでよかった。


「なぞが解けたのだっ! 魔王が働いてないくせに、なぜかお金を持っているのは……こうやって地道なカツアゲ活動に精を出していたからだったのだなっ!」


「ふっ。働かずに無から金を錬成する――これぞ、まさに錬金術よ!」


 よく、『世の中、金が全てだ!』などと、身も蓋もない主張を声高にするやつがいるが、そういうやつから無慈悲に金を奪うのが一番気持ちがいいってワケ!


「無職の錬金術師が、なにをイキっとんねん。悪びれるどころか、得意げにすなっ!」

「うるせぇなぁ。悪びれるもなにも、悪人からは、いくらでも巻き上げていいんだよ」


 俺は、痛みを感じたり苦しんだりせずに、平和で穏やかな生活を送りたいのだ。

 それにもかかわらず、ことあるごとにバカどもが邪魔をしてきやがる。


 ならば、迷惑野郎どもから慰謝料を徴収してもいいはずだ。

 それこそが、因果応報よ。


「だいたい、こっちは店を壊されている立派な被害者だぞ? 迷惑料のみならず、賠償金だの弁償代だの修繕費だのもろもろ徴収せねばならんのだ」

「まぁ……そう言われれば、そうやなぁ……」


「さて、臨時収入が手に入ったし、飯でも食い行くか!」


 今日も今日とて、厄介な面倒ごとを上手く利用して賢く生きていく魔王様だったとさ。

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