第15話 死闘! エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯!

「やったね、勇者様! 悪人どもを皆殺しだっ!」

「何を言っているのだ? 殺してなんていないぞ」


「マフィアどもは、とんでもない苦悶の表情でぶっ倒れてるけど?」

「しつこいやつだ。殺していないと言っているだろうがっ!」


 死屍累々にしか見えない用心棒たちだったが、よく見るとまだ生きていた。


「うぅ……痛てぇ……!」

「か……体が動かねぇ……」

「ぜ、全身の骨が折れてるぅ~……」


 とはいえ、一人残らず全員、虫の息だったが……。


「とはいえ、壊してはいないとは言っていないのだ」

「流石、異常殺人鬼……やることがエグイなぁ……」


 幾重にも重なる死の波から、刹那の生を掴み取って生き延びてきたのが、勇者だ。

 こいつの相手になるやつなんか、もやはこの世に存在しないのかもしれん……。


「ふん。口だけは達者なトーシロばかり、よく揃えたものだなっ!」


 用心棒どもをあっという間に片づけた勇者が、得意げな顔で偉そうなことを言う。


「アンジェリカちゃん! あんなによくしてやったのに、なんでそんな酷いことをするんだッ!?」


 豚オヤジは情けない顔をすると、おもむろに懐から金貨を取り出した。


「ほら、これやるよ! アンジェリカちゃん、お金に困ってるんだろ? この金をやるから、今日はもう手を引いてくれ」


 あーあ、命乞いかよ。だっせーなぁ。


「悪人の金などいらぬっ! 私が欲しいのは、その少女だっ! 無駄なあがきなどせずに、大人しく成敗されろっ!」


 バカかつ正義感全開の勇者に、そんなものが通用するわけないだろ。


「待て、待てッ! これで足りないなら、欲しいだけ金をやる! その金で、またわしに雇われろ。そして、そこのフールを殺してくれェェェーッ!」


 あっ……これは、ちょっとヤバいかもなぁ~。

 俺を敵視している勇者の心変わりは、十分にあり得る。


 とりあえず、警戒して身構えておこう――。


「断るっ!」


 おや? 意外だな。


「誰かを傷つけてお金を貰うなど、人の道にもとる! ましてや殺すなど、どんなに金を積まれても断ああああああああああああああああああああああああああるっ!」

「いや! お前、魔族殺しまくってた殺戮者だよなぁっ!? 何言ってんだよ!」


 ここまでふざけ倒されたら、流石にツッコまざるを得なかった。


「魔族はいいのだっ!」

「よくねーよ!」


 なんだ、こいつ!? 頭おかしいんじゃねぇのか!?


「なにをキレているのだ? 憎き宿敵である貴様を殺せてお金まで手に入る最高の提案を断ったのに、なんでキレられなければならないのだっ!?」


 勇者は俺に逆ギレをかましてくると、おもむろに豚オヤジに向き直った。


「覚悟しろっ! いたいけな女の子を無理矢理さらって娼婦にするような悪人は、正義の味方に倒されるのだーっ!」


 勇者が威勢のいいことを言うなり、豚オヤジがくるりと踵を返して逃げ出した!


「なーにが正義の味方じゃ、ボケがァーッ! 勝手にやってろ!」

「わあああああー! フール! たすけてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


「メイ!」


 クソ! メイがさらわれた!

 バカ勇者に絡まれたせいで、メイを回収し損ねちまったぞ!


「あっ! 待てええええええいーっ!」


 勇者が豚オヤジを追って、娼館の奥に入っていく。


「正義の味方が悪人を倒せるのは、物語のなかだけよッ! 悪は勝あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああつッ!」


「そんなわけないだろう! なにせ、私は魔王を討伐したのだっ! なあ、魔王?」

「してねぇよ! つか、友達みたいに接してくんなっ!」


 先走る勇者を追って、俺も娼館の奥に進んでいく――。


「娼館なんて初めてきたのだ。魔王は、よく来るのか?」

「来るわけないだろ。俺は、純情派だぞ。女を金で買うような卑劣なことなどするか」


 などと、強がってみてはいる俺だったが……。

 初めての娼館訪問に際して、性に目覚めたての初心な少年のようにワクワク☆ドキドキな心持ちであることは……否定できない。


「あのキラキラしたカーテンの奥かっ! 行くぞ、魔王っ!」

「ちょっ、やだ! 待って、まだ心の準備が……っ!」


 などとやりながら、廊下の先にぶら下げられた薄手のカーテンを開けるなり――。

 むわっとした白い蒸気が、視界いっぱいに広がった!


「むっ! なんだ、このお色気感に満ちた空気はっ!?」

「お色気感って……そりゃ、エロいだろうよ。ここは、娼館なんだから」


 キラキラと光るシャンデリア。月明かりを乱反射させるステンドグラスの天井。色とりどりのタイル張りの床に、たっぷりと湯が張られたクソデカい湯船――。

 そして、ふんわりと甘い匂いのする白い湯気の向こうには……。


 薄いタオルだけを身にまとった色気むんむんの娼婦たち!


「さっきより美人だし、乳もデカい! 豚オヤジの言ったことは本当だったんや! 本当に『エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯』はあったんだっ!」


 思いがけない嬉し恥ずかしな光景を目の当たりするなり、俺は伝説の天空の城を見つけた少年のように胸を高鳴らせてしまった。


「な、なんだあれはーっ! 半裸のお姉さんが『湯船のお湯で、お肉をしゃぶしゃぶしている』ぞっ!」

「おねぇさん! この僕にも、お肉をしゃぶしゃぶしてはいただけませんかっ!?」

「おい! 魔王、肉を食おうとするな! お前、正気かっ!?」


 ……あれ? 俺ってば、なにしにここに来たんだっけ?


「なんなのだ、この常識を全力で無視して突っ走る異常性癖全開空間はっ! そして、なにより……この恐怖と同時に湧き起る、不謹慎な胸の高鳴りは……なんなのっ!?」


「フール! きゃんたまバタつかせて、エロエロギャルを見てる場合かよッ!?」


 銭湯部分を見下ろすバルコニーに、豚オヤジがいた。

 やたらデカくて物騒な回転式機関砲を構えてッ!?


「「なんだそりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」」


 とんでもない殺戮兵器が登場するなり、俺と勇者が同時におったまげる。


「なんだ、あの銃はっ!? あんな物騒なもの、見たことが無いぞっ!」

「そりゃそうだ。パンドラは、外とは違った文明が発展してるからな」


 世界の果ての島『パンドラ』には、外の世界から様々なモノが流れつく――。


 外界とは違い、戦乱による文化の停滞および滅亡を回避した都合上、パンドラは文明発展の発育不全が生じなかった。

 その状況で、外から流れ着く知識や技術、物品を貪欲に吸収して、ただただ欲望のまま真っ直ぐに進化を続けた。


 そして出来上がったのが――魔法及び蒸気機関を利用した特異な文明だ。


 それが生みだしたものの一つが、豚オヤジが得意げに構える魔法の火を用いた蒸気機関搭載の回転式機関砲だったりする。


「ビビったか! こいつは、蒸気機関と魔女が魔力を込めた魔鉱石を原動力にして、一分間に三千発発射を可能にしてる『魔導蒸気機関式多銃身回転機関銃』だァーッ!」


「げぇー! とんでもない兵器なのだーっ!」

「げぇー! 自分が優位になったら、急に早口ーっ!」


 豚オヤジの合図で、奴の部下達が蒸気輸送ホースを機関銃の基部に差し込んだ。


「ちなみに、原動力の蒸気は! エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯の湯を沸かしているやつを、もったいない精神で利用しているッ!」

「意外にしっかり者なのだっ!」

「その豆知識いらねぇよッ!」


 俺たちのツッコミをかき消すように、「ガチャン!」と機関銃とホースの連結部の鉄がぶつかる重い金属音がした。

 次いで、蒸気の注入される「シューッ!」という甲高い音が、娼館全体に響き渡る。


「わしのエロと夢の城で好き勝手暴れやがってェッ! テメーらみてーなクズどものクソ迷惑な乱暴狼藉も、ここでおしまいだァァァーッ!」


 鈍く光る機関銃の無数の銃口が、俺達に向けられた!


「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーッ!」


 醜い豚面を怒りで歪ませた豚オヤジが怒声を張り上げる。


 すると、奴の激情に呼応したかのように、機関銃の蒸気機関から白い蒸気が勢いよく吹き上がった。


 刹那、機関銃が火を吹くッ!


 聞いたことも無いような爆音が轟き、無数の鉛の銃弾が俺達に襲いかかるッ!


「あぶねえええええええええええええええええええええええええええええええッ!」

「はぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺と勇者は、発射前に思いっきり横に飛ぶことで間一髪、射殺を免れた!

 ギリギリで銃弾を避けるなり、そのまま転がるようにして物陰に身を隠す!


「避けるんじゃねええええええええええええええええええええええええええッ!」


 俺達を見失った豚オヤジが、娼館を手あたり次第、機関銃で撃つ!


 半裸の女の子たちが悲鳴を上げて逃げ惑う! タオルが脱げて宙を舞う!

 シャンデリアが手荒く撃ち抜かれ、床の上で砕け散る!

 皿がガシャンと割れて、野菜と肉が乱れ飛ぶッ!

 跳弾した銃弾が、天井のステンドグラスをぶち壊す!

 キラキラと光を乱反射するステンドグラスが、頭上から雨あられと降ってくる!


「ひええええええええええええええええ! 魔王、もっと奥につめるのだーっ!」

「勇者、こっちくんじゃねぇ! あっちで撃たれてろッ!」


 手元に飛んできた桶で、勇者の頭をパコンと叩く!


「ふざけるなっ! なんで、私が撃たれなければならないのだーっ!」

「お前は、『勇者』だろ! あんなもん喰らったぐらいじゃ、なんともないだろッ!」

「なんともあるわっ! 勇者をなんだと思っているのだっ!?」


 タイル張りの床が、色鮮やかな花柄の壁が、銃弾に抉られズタボロに蹂躙される!

 大理石の彫刻が派手に砕け散り、動物のはく製が木っ端みじんに弾け飛ぶ!

 豪華絢爛だった娼館が、銃弾によってみるみるうちに廃墟に変わっていく!


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええええええええええええええーいッ!」


 自分の娼館が無惨に破壊されるのもおかまい無しに、豚オヤジは狂ったように機関銃から弾丸をぶっ放すッ!


「……正気を失っている。どうやら、本気で我々を殺しにきているようだぞっ!」

「おいおい、マジかよ!? なんだこれ、俺は今、どこにいるんだよッ! また戦場に戻って来ちまったのかッ!?」


 わくわくドキドキのエロスあふれる娼館にいたと思ったら、突如として怒号と銃弾飛び交う戦場に放り込まれちまったッ!


「最悪だァーッ! こういうのが嫌だから、隠居してるっつーのによぉーッ!」

「魔王っ! 弾幕がすご過ぎて動けないぞっ! どうするのだっ!?」


 勇者が、まるで仲間のように振舞ってくる。

 だが、いちいちツッコんでいる余裕はなかった。


「弾切れまで待て! 弾倉を交換する時に、一気に――」

「逃げるのかっ!」


「違う! ぶっ殺すッ!」

「なにぃーっ!?」


「この俺の平穏なる隠居生活の邪魔をする奴は、誰であろうと……」


 空気を揺るがす機関銃の咆哮が、永遠に思える長さで続く。


「ぶっ殺すッ!」


 吹き荒れる嵐のような銃撃が終わるころには、ものの見事に娼館の全てを蹂躙し破壊し尽くしていた――。


「これだけやれば、ケツについた下痢便みたいにしぶといフールでも生きてないだろうなァッ!」


 豚オヤジが、くそ下品なことを耳障りな声でほざいて、高笑いする。


「ダァーッハハハ!」


 豚オヤジに笑い声に呼応するかのように、すべての銃弾を吐き出した機関銃の砲身が、白い蒸気を噴き上げてカラカラと空回りする。


「フール! やられてまったんかっ!? 無事なら返事してーなっ!」


 メイが、泣きそうな声で呼びかけてきた。


 声がやたらと遠くに聞こえる――。


 魔王様は死んでしまったのかもしれない……。

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