第14話 乱闘! エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯!

「はあ? じゃねぇ! 逃げたゆーたんじゃッ!」


 考えたくはないとはいえ、危惧はしていたのだが……やはり、こーいうことになったか。


 メイはガキとはいえ、転んでもただじゃ起きないパンドラの女よ。

 そこらの小娘のように、悪人に泣き寝入りで喰われるようなタマではないのだ。


「はあ? せっかく助けに来てやったってのに、逃げただと? なんでだよ?」

「知るかァーッ! 今の交通事故のどさくさに紛れて、わしのキャンタマ蹴り飛ばして、どっか行っちまったよォーッ!」


 キャンタマがどーのこーのと、ぎゃーぎゃー騒ぎ散らしている豚オヤジの背後に、メイを見つけた。


「なんや知らんけど……とんでもないことになっとるやないか……」


 抜き足差し足をしているが、この騒ぎに乗じて逃げようとしているのだろうか?


「メイちゃん! 僕だよ! 逃げたんじゃなかったのかい?」

「フール!? どうして、ここにおるんやっ!?」


 メイはなんか良く分からんが、妙な厚化粧をして、こじゃれたドレスを着てやがる。

 格好だけは一応、立派な娼婦になってんのな。


「わからないかい、お姫様? 君の忠実なる騎士が『助けにきた』んだよ」


 適当に軽口を叩くなり、メイが「ふん!」とふてくされた。


「なにが『助けにきた』や! さらわれる前に、ちゃんと助けんかいっ!」

「それを言われると、まいっちゃうよね。助けてって言われる前に助けることはできないからさ」

「詐欺師みたいなこと言ってんちゃうぞっ! ほんまええ加減なやつやなぁっ!」


「でも、そんなところが好きなの」

「好きちゃうわっ! じゃかましやっ!」


 あ~、ダメだ。

 適当に話誤魔化しながらなだめるのは、無理みてーだ。

 このままだとキレ散らかされるだろうから、話を変えよう。


「それより、メイちゃん。娼婦の職業体験は、どうだったね?」

「そんなもんしてへんわ! 連れてこられるなり、無理矢理お風呂に入れられて、化粧されて、ドレス着させられたけど、今日はロリコンの客が来てないって言われて放置されとったわ! わしゃ、とんだ恥さらしやっ!」


 こういった商売においては、『買われることよりも買われないことの方が辛い』――。

 という話を聞いたことがある。


「お前は、いつも俺に『働け、働け』と苦行を強制するのだ。働くとは、どういうことかが、骨身に染みてわかっただろう?」

「はああああ~っ?」


「そう……『働くとは、耐え難い苦痛』だとなァーッ!」


 労働はあまりの苦しさと痛さから、人を下劣で醜悪な性格に変貌させる。

 他者との競争と騙し合い、および足の引っ張り合いに明け暮れるあまり、誰かの不幸を喜ぶ俗悪な人間になってしまう。


「働くことで人は最終的に、平然と他人を罠にはめて陥れ、見下して弱みを叩き、苦行を強要するような、無神経で残忍で邪悪な存在になり果ててしまうのだ……」

「んなもんになるかっ! なんやねん、お前は!? お前が居候のくせに働かないのが、あかんのじゃっ!」


 一方で、自分が見下されたり叩かれることを極端に恐れる卑劣な性格になる、と。


「そんなしょーもないことは、どーでもええねんっ! はよ『助けて』やっ!」

「言いやがったな。その言葉……」


 助けを求められた以上、助けてやらなきゃなんねぇ。


「死にかけで島に漂着してたおまはんを、うちが助けてやった時のことを忘れたんかっ!? ちゃんと『契約』を守れやーっ!」


 やれやれ……まったく、難儀なことだ。

 気の迷いとはいえ、ろくでもない『契約』をしちまったもんだよ……。


「みなまで言うな。なんだかんだで、ここにいるのだ。『契約』は守っている」

「みなまで言うわっ! お前がちゃんと『契約』を守らんから、こんな大事になっとるんやぞっ! 偉そうにすんなやーっ!」


 やだねぇ。キャンキャンうるさい小娘だよ。


「待て、待てーい! 私もいるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 唐突に割って入ってきた勇者が、大声で自己主張した。


「え……? なんでここに、お店で暴れとった変なおねぇちゃんがおるん?」


 勇者の存在に気付いたメイが、当然のように困惑する。

 そりゃそうだ。完全に意味がわからんもの。


「私がここにいるのは、お店で君の料理を食べて、おいしかったからだっ!」

「はあ? なんて?」


 メイちゃん、困惑。


「私がここにいるのは! お店で君の料理を食べて! おいしかったからだーっ!」

「いや、二回言われても……別に、聞き逃したわけちゃうて、言葉の意味がわからんのやけど……?」


 勇者はバカ過ぎて、メイと意志の疎通ができないようだ。


「お店で! 君の料理を食べて! おいしかったからだあああああああああーっ!」

「いや、なんやねん。急に大声出して……意味わからんし、こわいわっ!」


 勇者の奇行に対して、メイは完全にドン引いていた。


「その異常大声女は、メイちゃんの料理に感銘を受けて、『もう一度食いたいから助けにきたらしい』。よかったな、お前の料理は、そいつにとって危険を冒してまで食いたいものらしいぞ」


 話が一向に進まないので、仕方なく通訳してやる。


「あら、ほんまなんっ!?」

「本当だっ! 君の料理には、私が命を懸けて助けるだけの価値があるっ!」

「わあっ!? 嬉しいこと言ってくれるやんっ!」


 清々しいまでのベタ褒めだな。バカゆえに素直なんだろう。


「盛り上がってるみたいだけどよォッ! たった二人で何ができるってんだッ!」


 豚オヤジが合図するなり、娼館の奥から屈強な男達がぞろぞろと姿を現した。


「……いつもの手下どもより強そうだな」


 俺がメイを取り戻しに来ると思って、あらかじめ用心棒を雇ってたな。


「いきなり、店の入り口ぶっ壊しやがって! なに考えてんだ、テメーらッ!?」


「ええっ!? 隠居魔王&罪人勇者の最強アゲアゲコンビをご存じでない!? アンタ、この街のモグリですやん!」


 などと茶化しながら、用心棒の顔面にパンチを叩き込む!


「ぐはァァァーッ!」


 一撃で気を失った軟弱な用心棒が、白目を剥いて床にぶっ倒れる。


「おい、もやしっ子。体を鍛えろ、それじゃ仕事にならねぇだろ」


 もやしっ子を倒し終わったので、おもむろに娼館のなかをぐるりと見回す――。


 肌が透けて見える薄手の下着を着た色気むんむんの娼婦たちが、肉や野菜を片手にこちらを驚きの眼差しで見ている。

 娼婦たちは姿こそ煽情的だが、ノーパンしゃぶしゃぶのせいでバカにしか見えない。


「なーにが、『エロエロノーパンしゃぶしゃぶスーパー銭湯』じゃ。名前で期待させやがって、いる女がどいつもこいつも外れ感のあるブスばっかじゃねぇか!」

「うるせぇッ! 女の子を貶すな! うちは『質より人情』でやってんだよッ!」


 俺が率直な意見を述べるなり、豚オヤジが生意気に反論してきた。


「娼館に人情もくそもあるか。エロと劣情だけありゃいいんだよ」

「うっるせぇーい! 一階は格安だからブ……個性が強い子ばっかなの! 課金して上に行くにつれ、美人になってくの! 欲情を掻き立てる魅惑のエロエロシステムになってるのっ!」


 豚オヤジの娼館には、ムカつく課金制度が導入されていた。


「お前、ふざけんなよ! それ、うちが『ブスの安い女』ってことやないかっ!」

「残酷な社会の仕組みはいつだって、人を傷つけるんだなぁ……メイちゃん、現実を受け入れたまえ」

「じゃかしゃあっ!」


 それはそれとして。

 腹も減ってきたし、さっさとメイを回収して帰ろう。

 そして、家でゆっくりと酒でも飲みながら夕飯を食うのだ。


「おい、豚オヤジ。一通りはしゃいで、もう気が済んだだろ? メイを返せ」

「はあ? 返すわけないだろ! 返して欲しかったら、金持ってこんかいッ!」


「金は出せんが、代わりに女をくれてやる」

「はあ? 女ぁぁぁ~?」


 訝し気な顔をする豚オヤジに、俺は勇者を差し出した。


「こいつを持っていけェーいッ!」

「なにぃーっ!? どういうことだっ!?」


 勇者が目を丸くして驚愕するが、無視して話を続ける。


「そいつ、元勇者で王殺しの大罪人だろ! いろいろ調べたが、冒険者ギルド以外にも『魔王討伐軍』の刺客にも追われてるじゃねぇかッ! 危なくて手元になんか置けねぇよッ!」

「心配無用だ。手足を切るなり、ヤク漬けにするなりすれば、無力化できる。その後は、娼館で商売させてから、エドムの王の国に突き出せ」


「なにぃっ!? 魔王、邪悪な計画を企ておって! 成敗してくれるっ!」


 勇者が鼻息荒くなんか言ってくるが、無視する。


「そうすれば、一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ! メイの借金なんか比べものにならないくらいの金だ!」


 俺が素晴らしい知恵を授けてやるなり、豚オヤジが欲深げに笑った。


「フール君! いけすかない無職のくせに、たまにはいいこと言うなぁ~っ!」


 偉大なる魔王である俺の素晴らしい提案を聞いた豚オヤジが、キャン玉袋をばたつかせておおはしゃぎする。


「でも、こいつヤリマン顔だから病気持ってるはずだ。扱いには気を付けろよ」

「おい! 魔王、貴様ぁっ! 誰がヤリマン顔だっ! 私は穢れ無き乙女だぞっ!」


 バカ勇者が大声で騒ぎ出した。

 その瞬間、この場にいる全員の視線が勇者に集まる。


「隙ありッ!」


 俺は近くの花瓶を手に取って、そのまま豚オヤジに投げつけた!


「ぐはァァァーッ!?」

「敵の前で隙を見せたらいかんでしょ?」


 隠居生活が続いているから、闘争の勘が鈍っていたかと思ったが……。


「先手必勝! ここは地獄の一丁目、狂った奴が一等賞☆ ってなぁっ!」


 やはり、この俺は生まれついての魔王……勝利の方程式が体に染みついている!


「唐突に戦闘力を発揮しおって……なにをしているのだ、魔王っ!?」

「なにをしているって? マフィアの店に乗り込んで、喧嘩もせずに帰れるわけねぇだろ? やられる前にやるんだよォッ!」


「「「この無職がッ! ぶっ殺してやるーッ!」」」


 俺が気合を入れるなり、用心棒共が武器を手に襲いかかってきたッ!


「わはは、勇者! ぼーっとしてると、やられてしまうぞ!」

「この私が、暴力慣れしているだけの『一般人ごとき』に、遅れを取るわけないだろ」


 などと偉そうなことをほざく勇者だった。


「どりゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 だが、言葉の通り――。


「「「ぐわああああああああああああああああああああああああああああッ!」」」


 勇者は、武器持ちの用心棒を次々にしばき倒していく。

 さも当然のように、素手で!


「どうした、だらしがないぞ! お前ら、マフィアなのだろう? もっとマシな戦争をしろっ! 私を殺す気がないのかっ!?」

「うわぁ……やっぱり、こいつは未だに戦時中だよ。こっわいなぁ~」


 常在戦場の精神の勇者はバカだが、とにかく異様に強い。

 そしてなにより、危険だ。

 死線を幾度も潜り抜けてきた猛者ゆえに、すべての暴力の動きに無駄がない。


「遊びでやっているのかっ! そんな動きでは、私に触れることすらできないぞっ!」


 攻撃に一切の躊躇いがないし、なにより慈悲がない。

 確実に急所を狙って全力を叩き込み――。

 必ず一撃で沈めていく!


「ちょっとちょっと、マフィアのお兄さんたちっ! 無力な一般人相手に、一方的ないじめもどきの喧嘩しかやったことないお前らって、実はクソ雑魚だったの~? 元勇者様とはいえ『小娘』を殴るどころか、おさわりすらできないって、マ~ジっ!?」


 自分で言っておいてあれだけど、勇者は普通にヤバいやつだ。

 こんな戦闘狂と戦う羽目になろうものなら、魔王様でも思わず逃げ出すね。


「な……なんや、アンジェリカちゃん……むっちゃ強いやん……っ!? まさか、本物の『勇者アンジェリカ』なのかい……?」


 豚オヤジ……すっとぼけやがって、俺の話を信じてなかったのか?


「バカめ。この俺の話を疑ってかかるから、その身に災いが降りかかったのだ」


 などと適当言っている間に、勇者は用心棒を全員倒してしまっていた。


「悪人成敗、完了なのだっ!」


 全員しばき倒して、わんぱく喧嘩大会一等賞ってねっ!

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