第12話 悲報! 魔王なのに、なぜか勇者の仲間にさせられた件!?

「魔王! 成敗だあああああああああああああああああああああああああああっ!」


 メイと豚オヤジたちが店から出て行くと同時に、勇者が襲いかかってきた!


「いい加減にしろッ! 魔王の俺は、もう死んだんだよ! お前に殺されたんだッ!」

「貴様を成敗し! 戦場で散っていった仲間たちの無念を晴らしてやるーっ!」


「うるせぇ! 人の話を聞けッ! このバカたれがよォーッ!」


 うぜぇ! 独善に酔った狂信者め、ちっとも人の話を聞きやしねェッ!


「テメーがどんなことをしようが、死んでいった人間は生き返らないし、終戦しちまった事実も変わらねぇ! そして、自らが仕える王を殺した大罪人のお前は、もう二度と決して! 『みんなに尊敬される勇者様には戻れない』んだよッ!」


「ほ……ほざけえええええええええええええええええええええええええええーっ!」


 固く握られた勇者の拳が、俺の鼻先をかすめる。


「この俺の穏やかな隠居生活の邪魔をするなッ! 静かに暮らさせろッ!」


「黙れっ! 魔王たる者、己の信念を最後まで貫き通せっ! 世界を滅ぼしてもいないうちから、隠居生活など送るなっ! 混沌を産み、動乱を起こし、殺戮を繰り広げて、世界を破滅させろっ! こんのぉバカ者がああああああああああああーっ!」


 身勝手が過ぎる価値観を押し付けてくるクソ迷惑な勇者だった。

 つか、仮にも勇者が、世界の破滅を望んでんじゃねぇよッ!


「お前の言う『魔王』って、なんなんだよッ!? 魔王ってのは、蒙昧な衆愚を導く王の名であって、お前の『勇者』みたいに、殺戮者を綺麗に語るような雑で軽薄な肩書じゃねぇんだよッ!」

「なにをぉーっ!? 勇者を愚弄するなあああああああああああああああああーっ!」


 突風のような勇者の回し蹴りが、俺の顎下をかすめる。


 なんなの、こいつ!?

 さっきから、全力かつ確実に急所を狙ってくるのが、マジで怖いッ!


「ってゆーかさぁ! 勇者の信念を貫き通したせいで、とんでもない勢いで人生が破綻したってのに! いつまで勇者の肩書にこだわってんだッ!? 冷静に人生を考え直せッ! このぼけなすがッ!」


「ぐぬぬぬぬぬ~っ!」


 俺の鋭い指摘が痛い所を突いたのだろう。

 勇者が苦し気にうめいて、動きを止めた。


「お前の『勇者ごっこ遊び』には、もう付き合えん。俺は、お前の存在理由を強化してやるための登場人物じゃねぇんだよ。クソ迷惑だから、マジでどっかいけッ!」


 俺の人生の邪魔ばかりするバカ勇者を強めに追っ払う。


「遊びでやっているわけがないだろうがああああああああああああああああーっ!」


 すると、勇者が拳を握りしめ、つぶらな青い目にうるうると涙を浮かべた。


「この私はぁっ! 勇者アンジェリカはぁっ! 『世界を救う』という崇高な使命で魂を燃やし、体を突き動かしているのだっ! 私は、誰がなんと言おうと! 『勇者』なんだーっ! お前のことなど、知ったことではなあああああああああいっ!」


 泣きじゃくる勇者が、唐突に感情を爆発させた!?


「魔王カルナイン! お前を倒してっ! 私は、勇者に返り咲くんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!」


 その姿は、聞き分けのないだだっ子のごとし!


「うるせぇ! こっちは、お前のくっそ下らねぇ使命感のせいで、したくもねぇ臨死体験してんだよ! 肉体をバラバラにされて、出血と激痛に苦しみ抜いたんだぞッ! あと一秒でも蘇生の魔法の発動が遅ければ、すべてが終わる所だったんだぞッ!」


「復活などするなっ! 大人しく死んでいろおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


「ドあほうが! 俺が完全に死のうものなら、残存している魔族が完全に好き放題して、今頃は世界自体が終わっていたのだぞッ! 理解しておるのかッ!? いわば、この俺が『お前を助けてやった』のだッ! わかるか! なにが『勇者に返り咲く』だ、バカたれがッ! 貴様は、もう少しでこの世界を滅ぼすところだったのだぞッ! 猛省しろッ!」


 感情が高まるあまり、思わず説教してしまった。


「なにぃ~っ!? 戯言をほざくなっ!」

「黙れ! 俺は、もううんざりなんだよ。殺したり、殺されたりなんてのはな……どうせ命張るなら、自分の思ったように生きる」


「世界を支配するつもりだろっ!」

「そんなことはしねぇんだよ。今の俺は、蒙昧なる衆愚を導いてやる王じゃねぇ。これからは誰かのためじゃなく、自分のためだけに生きるんだ」


 魔王として民のために生きてきた半生とはいえ、もうそれは終わったのだ。

 過去は捨て去り、この世界の果ての街で気ままに生きていくのさ。


「いいか、愚かなる勇者よ……世の中には、国一つとその民すべてを失っても、健気に場末のスナックで働いている魔王もいるのだ。お前も、勇者という重苦しい肩書を捨てて、第二の人生を前向きに生きてくことはできねぇのか?」


 などと、飴と鞭の要領で優しく諭してやるなり――。

 なぜか、勇者が鋭い目つきで睨みつけてきた。


「できないっ! 生まれてこのかた、勇者になるために育ち、勇者になってからは魔王を倒すために生きてきたのだっ! 今更、生き方を変えられるかぁーっ!」

「うるせぇ! 甘えてんじゃねぇぞっ! 過去を捨てて現実を見ろーっ!」


 聞き分けのないバカ勇者に思わず、ガチビンタを叩き込んでしまった。


「痛ぁーっ!? なにをするんだぁーっ!」

「あいた、あいたーッスッ!?」


 はあああ~っ!? 速攻でやり返して来やがっただとォーッ!?

 しかも、往復ビンタッ!


「っていうか! お前が来るまでは、面倒ごともなくうまくやってたんだ。なのに、お前が来た瞬間、全部ダメになっちまった! 俺の平穏なる隠居生活をぶち壊しやがって、どーしてくれんだッ!?」


 ――そうだ。

 魔王をやめた後の隠居生活は、しょっぱく世知辛いながらも、それなりに楽しくやれていたんだ。

 なのに、ろくでもない厄介者のこいつが現れたせいでェ~……台無しだッ!


「人のせいにするなっ! 自業自得だ、貴様が積み重ねた悪行の因果が巡り巡ってきただけだろうがっ!」


 なんだ、こいつ!?

 好き勝手に暴れて迷惑だけをかけてきておいて、無礼過ぎるだろ!

 完全に頭がどうかしているとしか思えんッ!


「悪行だと? 俺が何をしたってんだよ?」

「世界を支配しようとしたっ!」


 バカじゃね? 何言ってんの?


「善政しかやったことのない俺が世界を支配していたら、豚オヤジみてーな小悪人はのさばらせてねぇよ。そもそも、メイのオヤジも借金抱えて失踪なんてしてねぇし、母親も死なずにすんだ。メイ自身も、児童労働なんかせずにいたよ」


 愛と勇気と優しさでできている魔王様は、いいこと言うなぁ~。


「だが、そうじゃない! なぜならば、『お前が、偉大な魔王様を殺したから』! なぜならば、『上手くやっていた俺とメイの間に、お前が入って来たから』!」

「ふん。必死で自分の悪行を自己弁護か、下らん! まったく、心に響かないなっ!」


 はあああああああああああああああああああああああああああああああああ~っ!?

 ぬぅわ~んだ!? この反省する気素振りすら見せない、傲岸不遜な態度はァーッ!?


「うるせぇッ! 今回の件に関しては、言い逃れができないぐらい全部! お前が悪いんだよッ! 『お前があの豚オヤジを連れて俺のところに来なけりゃ』、メイが捕まることもなかったんだッ! バカたれが、猛省して死ねッ!」


「ぐぬぬっ!」


 ぐうの音しか出ない正論を突き付けられた勇者が、悔しそうに唸る。


「好き勝手暴れて世界の秩序を滅茶苦茶にしただけに留まらず、この俺の隠居生活まで台無しにしやがって! 許さんぞッ!」

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 


 俺がキレると、勇者がいきなりテーブルを乱暴にひっくり返した!


「やめろ! 『俺の店』をこれ以上、壊すんじゃねェッ!」


 なんなんだよ、こいつは!? 疫病神感が異常だ!


「うるさああああああああああああああああああああああああああああああいっ!」

「うるせぇのは、お前じゃい!」


 もういい。

 こんなバカには、構っていられない。

 メイを『助け』に行かねばッ!


「待てぃっ! どこへ行くのだっ!?」

「今から、『お前のせいでさらわれた』雇い主を助けに行くんだよ」


「なにぃっ!? あの子がさらわれたのは、私のせいだと言いたいのかっ!」

「さっきから、ずっとそう言ってんだろッ! どんだけバカなんだよ!?」

「バカって言うほうが、バカなんだぞっ!」


 なんだこいつ、子供か……いや、バカなガキよ!


「そもそもお前は、豚オヤジと知り合いなんだろ? だったら、融通利かせてメイを救えよ! 勇者様のくせに、小娘一人助けられねぇのかッ!?」

「あの男に雇われたのは、ほんのちょっとだけ前の話だ。深い仲でも何でもない! 食事処の前で、食い逃げするべきか否かという『極限まで追い詰められた精神状態』だった時に声をかけられたから、悪人の誘いにうっかり乗ってしまっただけだっ!」


 なにぃぃぃ~ッ!?

 このバカ娘はガキの使い的な感じで、俺に襲いかかってきたというのくぅわッ!?


「ざけやがってェ~ッ! 知恵無き獣にすらも劣る凡愚がッ! その存在を恥じて、今すぐに首を吊って死ねェェェーッ!」


 俺がキレるなり、なぜか勇者が無言で厨房に入っていった……。


「はあ?」


 それから発狂した勇者が、包丁を振り下ろしてきたァーッ!?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 乱暴に振り下ろされた包丁の刃を、両手で『パシンッ!』と挟み込むッ!


「お前の剣は、戦争が終わっても変わらず『殺すための剣』なんだなッ!」


 間一髪で、真剣白刃取りができた!

 一瞬でも遅れていたら……死んでたねぇ、これッ!


「なんだとぉぉぉーっ!?」

「剣ってのはなぁ、敵を殺すために振るうもんじゃねぇ。誰かを守るために振るうんだ。お前みたいに誰彼かまわず斬りかかるってのは、殺人鬼のすることなんだよッ!」


「ぐぬぅ!」


 俺の言葉を聞いて一瞬、怯んだ勇者が包丁に力を込めてきた!


「う、うるさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいっ!」


「けっ。うるさいのはどっちだよ」


 体をひねって、包丁ごと勇者を投げ飛ばす!


「ぎゃぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 投げ飛ばされた勇者が、バカな声を出してゴロゴロと床を転がる。


「じゃあな、クソ迷惑勇者。二度と俺に関わるな、俺は忙しいんだ」


 多忙な魔王様は、バカに構っている暇はないのだ。


「さっさとメイを助けなければ、夕飯の時間が遅くなってしまう!」

「夕飯……だと……っ!?」


 店を出て行こうとするなり、勇者がむくりと立ち上がった。


「おい、魔王……一つ質問をしていいか……?」

「あん?」


 急に勇者が真顔で話しかけてきた。


「このお店で私が食べた料理を作ったのは、先ほど連れ去られた娘か……?」


 濃厚な殺気みたいなもんを纏って、圧力をかけてくる……。

 こえーな……急になんなの……?


「そうだけど……それが、なんだよ……?」


 俺が恐る恐る返答するなり――。

 無駄に深刻な顔をしていた勇者が、突然目をキラキラと輝かせた!?


「それを早く言うのだっ! あの料理は、素晴らしく美味だったぞ! 荒野を放浪する生活を始めて以来、初めて食べた人間の食事だったのだっ! 私は、あれが食べたかったのだああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 え、やだ。なに……なんなのっ!?

 宝物を見つけたわんぱく冒険少年のような、とびっきりの真っ直ぐな瞳はっ!?


「今から助けに行って帰ってくる頃には、ちょうど夕ご飯時か……うむっ! あの娘の救出活動は、腹ごなしにちょうどいい運動になるなっ!」


「おい……さっきから何を言っているのだ……?」


 異常な大声の独り言とか、普通に怖いのだけれども……?


「おい、魔王っ! 私は決めたぞっ!」

「決めた……? なにをだよ……?」


 恐怖に慄く俺を無視して語り続ける勇者が、唐突になぞの決意を見せてきた。


「今から、悪人に連れ去られたスナック店主の少女を取り戻すっ! そして、そのお礼として夕飯をごちそうになああああああああああああああああああああーるっ!」


 大胆バカ宣言――炸裂!


「魔王っ! この私『勇者アンジェリカ』が力を貸してやる! 感謝するのだっ!」


 自らの罪を勢いとノリで誤魔化しつつ、俺を道連れにするという無法の荒業!

 このバカ勇者、普通のバカじゃない……異次元のバカだッ!


「こんな得体の知れない絡まれ方するとは思わなかったよ~っ! 魔王城に帰りたいなぁ~、もうっ!」


 最悪な状況のせいで、魔王とは思えないほどの情けない声が出てしまった。


「さぁ行くぞ、魔王っ! 捕らわれの少女を悪人の手から助け出すのだーっ!」


 真剣な眼差しの勇者に、『バチーン!』と力強く肩を叩かれた。


 ふええーっ!?

 なぁに、この『これから戦場に向かう勇者とその仲間感』~ッ!?


「気安く触れるな、痴れ者がッ! 余は貴様の下についた覚えはないッ!」


 動揺を振り払おうとするあまり、魔王時代の口調になっちまった。


「上も下もない、人類みな平等――それが人の道理だ。魔族が人に混じって生きていくのならば、覚えておくのだ」

「うるせぇ! なんでお前が、人生の先輩風を吹かせてんだよッ!?」


 嗚呼……なんで、こんなことに……。


 なぜ、勇者のバカがここにいるの? とか。

 なんで、いつの間にか仲間になってるの? とか。

 そんなことは、どーでもいい!


 ただ、俺が知りたいのは――


「俺の平穏なる隠居生活は、確実におかしくなり始めているんじゃないのかい!? ってことッ!」


「そんなことより、出陣だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

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