はち. せいいっぱいのSOS? ~呼んだつもりはないけど、呼んでいましたか?~

はち. 1


「——…俺は…(動けない…)。…かたくなる…。石のように、かた…く…♪……」


 遠巻きに自分を凝視している夢の主を強く意識しながら、身を崩したコウが、その場にうずくまる。


 なぜか、夕姫ゆきの幻影に、背後から抱きしめられていた。


 自分に貼りついている者が、どうゆう姿勢になっているのか、わからなかった(からんでいる腕のあり方が軟体的で、二本にとどまらず…、人間のものとは思えなかった)が、上腕ごと彼を拘束する腕は離れない――


「そういえば、白いね…。石膏像みたい…」


 夢の主が、一歩、二歩とまろび寄ると、彼を拘束していた腕と背後の気配が消えた。


「ハ…ァ、そう…だ。だから、かたく。

 血も止まる。生きたまま石に…、

 …で、脱落♪」


「だつらく…?」


「…。君は…、進まなければ…——。

 …俺とは二度とあえない…。

 さよなら…♪」


「さよなら…」


「ほら、夕姫ゆきが動きだす…。

 君は、逃げる…。逃げ♩…だろ…」


 彼の前まで来た珠理じゅりが、まぢかに見た紫紺の瞳…。


 足もとの彼は、その場に膝を屈し、うつむいていたが――彼女は、こちらを見てもいないそのまなざしが、自分の目とおなじ高さの至近距離にあるように感じていた。


 ゆっくりと彼女を言いきかせるように動く青白い唇――涼しげな流れを見せていた栗色の頭髪――彼が身につけている衣類。

 その身から流れ出る赤い血液…。


 そのすべてが、白く染まりはじめ…。


 頼りにしていた男の端整なおもざしが、若い皮膚の柔軟さを失い硬くしまりだすと、珠里じゅりは「うそ…」と、小さくつぶやいた。


 そして、すぐそばに立ちつくしていた夕姫ゆきめた視線に気づいたことで、ひっと、声をあげ、あとずさりする。


 ザッ……コツ…カッカッ…カッ……


 小さくなってゆく足音。


 この精神領域の支配者が、遠ざかっていく。


 肩甲骨の下…背中にナタがささったまま、硬質化したかたちでのこされたコウは、意識まで停止しようとするなかに、ぼんやり考えていた。


(——…うまく…いったか…?

 もう俺を、登場させてくれるなよ…。

 ——…に、しても…、これだと、あの子が俺を忘れてくれるまで、動けない…な……。

 …まったく、ヘマやっ…た……——。…)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る